第1章 理由

織田信長……尾張国古渡城主で戦国時代最強の武将であります。

天正10年。全国制覇を目前にして、家臣・明智光秀に京都・本能寺にて討たれました。

これを「本能寺の変」と呼びますのは、皆さんご承知の通り。


しかし、この史実は表向きのお話…。


信長は「闇」の力を操り、「魔王」として全国を統一しようとしていたのです。


西洋魔術の研究にも熱心で、宣教師ではなく「悪魔神官」を異国より招いては、悪魔召喚も積極的に取り入れている始末でした。

信長の有名な側近「森蘭丸もりらんまる」も闇の力を巧みに操り、信長の力はより強大・凶悪なものになっておりました。


対抗した比叡山の対魔僧兵団たいまそうへいだんも敗れ、各国の武将も次々と力尽き、もう日本も終わりか…と思われた時、言霊師「天海てんかい」と彼の最強の「管狐くだぎつね」・金色九尾こんごうきゅうびが京都にて、信長と蘭丸を倒したのでございます。


この天海が明智光秀、

金色九尾の狐が玉藻御前たまもごぜんでございました。

その後光秀は、豊臣秀吉らにすべてを託し、闇の力が蘇らぬよう身を呈して封印に努めたとのことです。



外はもう陽が明けたのでしょう。

小鳥のさえずりが時折聞こえるようになりました。

今日もよい天気になりそうですが、この部屋の空気は重苦しく、まるで夜明け前から時が止まっているかのようでした。


「天海様の封印が解けた…ということですか?」


芭蕉が呟くように口を開きました。光圀もこの空気に耐えきれなかったのか、少し口調を柔らかに芭蕉の呟きに答えました。

「先月、比叡山が襲われてな…。賊は西洋の漆黒のフードをはおっていたそうだ。」

「?」

「森蘭丸……だ。」


「間違いないのですか?」

「これがな…、わざわざ自ら名乗ったそうじゃ!声高々に『我があるじ、信長様を復活させる』…とな。」

光圀は悔しそうな顔をしていました。

「森蘭丸はなぜ復活できたのですか?」

「わからん…。だが奴は信長とは違う。宣教師に言わせると「堕天使」というそうじゃ…。」

またポリポリと頭を掻きながら、光圀は話を続けます。

「闇の力が溢れて、そこらの魑魅魍魎ちみもうりょうまで力をつけておる…。情けないことに御殿おんとの綱吉公は、対策として犬を江戸中に離しおったわ。」

恥ずかしそうに話す光秀の様子と話の内容に、芭蕉は苦笑してしまいました。

「それで…あの御触おふれでございましたか…。」

太古より犬の鳴き声には対魔の力があると信じられておりました。

蘇った闇の力に対抗しようと幕府が行ったのが「生類憐しょうるいあわれみの令」。な御触れが闇の力の防衛策というわけです。


「笑うてくれるな宗房殿。殿もあれで必死じゃ。」

言った光圀が笑ってしまいましたが、おほん!と咳払いをして持ち返しました。

芭蕉も笑うのをやめました。

「芭蕉で結構でございます。……で、森蘭丸の行方は?」

「襲われた時、対魔のかなめ『不滅のともしび』が破壊されてしまったらしい。…ところがあれが、もう一つあるのは知っておるか……?」

不滅の灯とは、比叡山で長年絶やさずに守ってきた対魔の炎…信長と蘭丸を倒すため本能寺にも放った炎でありました。

「たしか…出羽でわ山寺立石寺やまでらりっしゃくじ…!」

「さすがじゃな。それに出羽には信長の実弟が治める国があるのだ。」

「それは…間違いありませんね。」

信長血筋・直系がいれば、その者を媒体にして、転生が可能なのです。

普段はひょうひょうとしている芭蕉でさえ、話の詳細が掴めてくるたび、事態の重さを感じ得ずにはおられませんでした。


「……行ってくれるな?」

光圀はあらためて、芭蕉に問いました。

一呼吸置き、身を正した芭蕉が深々と頭を下げました。


「松尾芭蕉、この件…お引き受けいたしましょう。」


光圀も、お付きのお武家様2人も、軽くため息を吐いて安堵しました。

「では早急に各関所オールフリーの手形を準備させよう。助三郎すけざぶろう、後で届けるように。」

細身のお武家様が「はっ!」と、お辞儀をしました。


未知奥みちのくは、独眼竜どくがんりゅう正宗公のご子孫が「龍脈りゅうみゃく」をり、北の地と人々を護っておられるはず…。まずは白河の関を越えて仙台に向かうがよい。」

「わかりました。」

「それから未知奥には「対魔のアイテム」が多く封印されておるはずじゃ。必要とあらば各地を尋ねてみよ。格之進かくのしん、後でリストを作ってお渡しせよ。」

四角い顔のお武家様が、返事をして頭を下げました。


「頼んだぞ!芭蕉殿!!」


今度は光圀が頭を下げました。

天下の副将軍が頭を下げてまで願い出る……。

芭蕉も覚悟を決めて、返事をいたしました。


御意ぎょい!」


そして………


(さぁて…ソラさんに何て言って説得しましょうか…)

と、ぼんやり考えておりました。

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おくのほそ道異聞録 浅尾 真可 @yamagata_dungeon

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