第6話 普通のボーイミーツガール

「改めまして、湯巳璃の神と申します」


「ああ、これはご丁寧に……」


 初めての経験だ。十八年間生きてきて……いや、今は死んでいるのか。兎に角、名刺を渡される初体験。受け取った名刺には、湯巳璃の神と印刷されている。印刷? 印刷なのだろうか。


「気軽に私の事はユミルと呼んで下さいね、江川さん。それとも、真澄さんの方が良いでしょうか?」


「ああ……どちらでも構いません」


「それでは、親しみも込めて真澄さんとお呼びしますね!」


 テーブルを挟んで俺の対面に正座するユミルは、眩い笑顔で言う。俺の十八年で、異性からこんな笑顔は向けられた事がない! ああ、なにか心の中で融解していく感覚がある!


「うう……人との出会いってやっぱこうだよなあ。人の温かみってなあ……」


「ええ! なんで泣いているんですか!?」


「ユミルさんは悪くないんだ。あんたの前が最悪だっただけの話。俺は今感動している、人との繋がり、温かみ、心通わせる崇高さに」


「なんか宗教くさくて怖いですね」


「神様がそれ言う!?」


「ふふ、冗談ですよ」


 俺のツッコミに微笑む彼女。なんだこれ、なんの時間なんだ。リラリと居る時とは大違いだ! なんて普通のボーイミーツガール! これこそプロローグに相応しい!


「それで、そろそろ本題なんですが……その、私、真澄さんの事を第三十七回のドラフト会議で指名しようと思っているんです」


 ユミルさんは、笑顔を消して真っ直ぐな瞳で俺を見る。切り替えがしっかりしている、これは真面目な話なのだろう。


 リラリとの語り口の違いに、感心という言葉では足らない深い深い感動が俺を襲う。それが返す言葉に困窮した様に見えたのか、ユミルさんが続ける。


「あ……すみません。ドラフトとかの事、まだ知らないですよね?」


「あ、いやいや違う違う。今ちょっと感動して黙ってたの、ごめん。ドラフトの事は知ってるよ! 大丈夫!」


「そ、そうですよね。受付で貰った紙読みました?」


 言われて、リラリがくしゃくしゃに丸めて持って帰った資料の事を思い出す。


「あー……まだ全部は読んでないけどって感じ」


「ですよね、沢山ありますし。あ、分からない事あったら私に聞いて下さい! これ、連絡先です!」


 言って、ユミルさんは青く透き通った石を渡してきた。


「なにこれ? 宝石?」


「この石に呼びかければ、私に声が届く様になってます! 取り込み中は応答出来ない事もあると思いますが、お困りの時は是非!」


「へえ、便利。流石神様」


「えへへ、褒めてもなにも出ませんよ~」


 頭を掻きながら照れ笑いを浮かべるユミルさん。可愛い、可愛いぞこの生物。


「それじゃあ、指名の意思もお伝えしましたし、私はこれで」


「あ、もう行くの?」


「はい。ドラフトに向けて他にも沢山やる事があるので!」


「そっかあ。頑張ってね」


「ありがとうございます! 転生先の調整が出来たら、それも合わせてお伝えしにまた来ますね!」


 ん? 転生先を、伝える?


 立ち上がったユミルさんに合わせて立ち上がるが、その言葉に身体が硬直する。脳内の思考に意識が向いた為だ。


「ちょっと待ってユミルさん。転生先って、教えて貰えるのか?」


「え、当然じゃないですか! 指名される人の権利ですよ。指名する予定の魂には、転生先の世界について詳しくお話します。だって、その後生きる事になる世界ですよ? それに、転生条件の事だってあるし——」


「ままま、待ってくれ!」


 思わずユミルさんを制止する。聞き慣れない言葉の羅列に、鼓動が早まる。


「なんだその転生条件って……転生先じゃなくて、その条件まであるのか?」


「ありますとも! 魂の持ち主の当然の権利です! 尊い命は保護されるべきなのですから、扱いは慎重に、大事に大事にです! それに、転生先や転生条件を聞かないと、転生を受け入れるか拒否するかも判断出来ないですし」


「拒否!? 拒否出来るのか!? 転生は拒否出来る!?」


「も、勿論です! だって、魂の持ち主が嫌がる先に行く必要なんてないじゃないですか」


 ユミルさんの言葉がぐるぐる頭を巡る。なんていうか、これはそうだ。凄く簡単。


 そんな話、聞いてない。


「あ、ごめんなさい。まだ貰った紙全部読んでいないんですよね? それなのに、私が矢継ぎ早に色々言うものだから——」


「違うんだユミルさん」


 そうではない。確かに、貰った資料には目を通していない。けれど、それは俺が文字を読むのが億劫だったのもあるが、持って行かれてしまった。


 それに、そういう話を聞く機会は幾らでもあったし、話すべきタイミングというのが俺には存在している。だって、死ねと言ったんだ。命を捨てろ、と。そう俺に言った。


 それなら、先程からユミルさんが口にしている諸々は、俺に伝えるべき事だろ。


 ユミルさんは魂の当然の権利と言った。そうだ、そりゃそうだ。この魂は他の誰でもない俺のものだ。だから、俺が行く末を決めるべきだ。


 それを、それなのに、その筈なのに。


「俺、ユミルさんの前に、神様に会ってるんだ」


「え!? 私の前にスカウトが来たんですか?」


『万が一誰かがあなたに接触して来ても、私と会った事は話さないで! それがお互いの為! 絶対だからね! その約束くらい守って!』


 リラリの台詞を回想する。けれど、疑念に溢れたその姿を思い返して、その言葉を実直に遂行するのは馬鹿らしい。


 約束は、お互いが信頼してこそ成立するのだから。


「リラリに、スカウトされてるんだよ」


 俺の魂は、俺のものだ。


「そして、リラリとユミルさんの話は、少し違う」


 俺は、歯車を自ら回し始めた。 

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