第3話 穴

「おーおー……話がなんとなく見えて来たぞ!」


 リラリが鳴らした指の音に続いて、俺はぽんと膝を打った。


「あら、ボサボサ頭のくそ眼鏡の分際で察しの良い事」


「思い出した様に中傷してくるんじゃねえ!」


「あなたに言われた数々の暴言を今思い出したの。隙は見逃さない」


 俺は空になったシャーベットの容器を投げ付けたが、恐らく超常的な力によって空中で止められてしまった。今はさほどそれに驚きがないが、むしろそれを冷静に受け止める自分に驚いている。


 才能の有無、転生、異世界。ここまでリラリの話を聞いて、方向性が見えて来た。


「成程……才能を持っていても、それがその世界で意味のないものだったら宝の持ち腐れ」


「意味がないよりもっと悲惨。その世界には魔法を行使する為の環境が存在していないから、それは役立たず以下の能力。本来の転生作業からしたら、世界を間違えるのは大きなミスだし、今でも発覚していないだけでそれは起こっていた事象だったかもしれない。けれど、その偶然の組み合わせによってミスは発覚し、そして一つの革新が起きる」


「異世界への転生か」


 リラリが、ビンゴと口にしながら指を鳴らす。こういう時にも出る癖なのか。


「才能は魂に付随する情報。だから、その事件以降、自分の管轄する世界での転生時、才能を調べてそれを活かせる世界への転生が行われる様になった」


「全容が見えたよ。けど、それじゃあなんでリラリがここに居るんだ? リラリは俺の住むこの世界の管理者じゃないんだろ? なら、関係がない筈だ」


「確かにそれで話が終わるならね。けれど、話はここでは終わらなかった。そうやって世界の管理は以前より複雑になり、その代わり安定を与える。けれど、それでもどうしようもない世界の消滅は存在した。圧倒的な才能でも防げない危機、もしくは、危機脱却の為に必要な才能を持った魂の不在。そんな不運を幾つか越えて、とある発案がなされる」


 この世界の管理者ではないリラリの登場。そしてここまでの話。先は想像するに容易だった。


「さっき、真澄はこの世界にも管理者が居るのかって話で、特殊な事情があるって言ったよね?」


「ああ、それと関係があるの?」


「大あり。神様が管理している世界ってのはね、管理が必要な世界なの。つまり、危機に直面する可能性が高い。けれど、そうじゃない世界がある。非常に長い期間安定しており、急転直下のバッドエンドとは程遠い世界。例えば、あなたの住むこの世界もそう。そういう世界には管理者が居ないの」


「なんだよそれ危ないな。意外と神様ってのは適当なんだな」


「正確に言えば居るのだけれど、数があまりにも膨大だから、定期的な管理と検査しかしていないの。その中で危険が発見されれば、誰かの管理下にいく。つまり、フリーの世界が存在する」


「ふうん。この世界に管理者は居ないのか。で、とある発案ってのは?」


「転生の対象を、自分の管轄外の世界にまで広げる。管理者不在の安定した世界で死亡した魂を全ての神で共有して、転生出来る様にした。この提案は実に合理的で、才能の持ち腐れを防ぎかつ、分母を広げる事で危険に瀕した世界を救う才能の発見率を飛躍的に高めた」


「当然の話だな。その神様が管理している世界が百くらいだっけ? 神様が何人居るか知らないけど、その中でやりくりするより、膨大だっていうフリーの世界も含めてやりくりした方が効率は上がる」


「そう。革新的な発案により、私達が管理する世界は安定した。同様に、これまた管理は複雑になったけれどね。しかし、今度は別の問題が発生した」


 俺はリラリを真似て指を大袈裟に鳴らしてみた。こればかりは馬鹿でも分かる。当然の帰結。カーと鳴いてツーと鳴く様に連動して噛み合い発生する問題だ。


「神の間で、魂の取り合いが発生した、だろ」


 やり返す様に、リラリが指を鳴らした。


「そう。魂の情報を共有した事で、今度は奪い合いが起きてしまった。溢れる才能のある魂、似た様な世界環境に必要な魂が被ってしまう。そういった事情により、同一の魂を欲する神々が争い、諍いが発生した。仲裁の為に、消滅させざるを得なかった魂まで存在する程に」


「酷い話だな。その魂は浮かばれない」


「ええ、けれど、そうでもしないといけない程に事態は切迫した。この魂の奪い合いは大問題となり、同一の魂を発見したのはどちらが先だと水掛け論。それはもう女子会中にトイレに立った人の悪口を言い始める時にも劣る空気が神々の間に流れてた。またはサークルクラッシャーによって半壊した人間関係を傍観する無関係のブサイクの心境」


「分かり辛いよ!」


「そう? ああ、あなた友達居ないものね。そういうの分からないか」


「なんで友達居ないの知ってんだよ!?」


「神様だもの」


 これ以上ない説得力のある返しに口籠る。不本意だ。


「で、その問題を解決する為に生み出されたのが、異世界転生ドラフト制度って訳」


「って訳、じゃなくて、それが意味分からないんだよ。ドラフトってなんだっけ、選抜って意味だっけか」


「その通り選抜で合ってる。要は魂の選抜にルールを設けた」


「ルール?」


「そう。奪い合いが起きるのなら、その奪い合いにルールを設ければいい。無法地帯と化した魂の共有に、共通の規律を作った。それが異世界ドラフト制度」


「ふうん。して、それはどんなもの?」


「簡単簡単。皆で一斉にどの魂が欲しいか決めるの。一堂に会した神々は、同じタイミングで欲しい魂を指名する。それだけで大分公平性が増した」


「被ったら?」


「被ったらくじ引き」


「子供か!」


「だって、それが公平なんだもん」


「でも、それじゃあくじ運の強い神様有利だな。それに、確立の偏りだってある。納得しない神も居そうだけど」


「その為のルール。くじを外した神は、残った魂から優先的に指名出来るの」


「ん? どういう事?」


「指名には順番があってね。まず、最初に皆で一斉に魂を指名する。ドラフト会議で行われる最初の指名を一巡目とする。その中で被りのなかった神はその魂を獲得し、被った神同士はくじ引きを行う。この時、外れを引いた神は、残った魂から欲しいものを選ぶ。そして全員が魂を指名し終わったら、今度は二巡目。同様に魂を選び、指名被りがなければ獲得。被ればくじ引き。それに外れれば残った魂から指名って具合」


「ああ、成程。ターン制にする事で、獲得数の偏りをなくした訳か。魂の獲得機会の均一化」


「そう。魂を獲得する機会数はみんな共通。けれど、どの魂から獲得するかの優先度は、それぞれ自由。だから、質の良い魂から選ばれていく。例えば、私と真澄でドラフトをしたとして、最高に良質な魂Aと、それに次いで優秀な魂Bがあるとする。私も真澄も一巡目でAを指名し、くじ引きは私の勝ち。これによって私はAを獲得出来る。けれど、真澄は真澄で魂の獲得機会が残っているので、誰にも邪魔されずに魂Bを獲得出来る訳」


 成程。これならば誰も彼もが魂に対して公平だ。


「これを、あなたの世界時間でいうところの約一ヵ月毎に一度行っている。次で三十七回目ね」


「まだ出来て三年か。めっちゃ最近じゃんか」


「そうよ。出来たばかりの新法案。だからもうみんなてんやわんやで大変。勿論、私も含めてね」


 両手を広げながら、リラリは大袈裟にジェスチャーをする。


「死亡した魂は一ヵ月単位で括られる。その後、この世界でいう約一週間の間に魂について情報を調べ、指名会議が行われて転生する。その一週間も含めた次の一ヵ月に死亡した魂は、次の会議へって感じ」


「指名されなかった魂はどうなるんだ?」


「最初に言った通り。基本的には元居た世界で転生するようになっているから、記憶が消えて元の世界に転生する。一ヵ月毎にね」


「ふうん……それで、俺を指名したいって事か。なんか俺才能あるんだ」


「ええ、この世界ではただ漠然と生きているだけの役立たずのごみ虫にも、他の世界で活かせる才能がある」


「あんたどっかの世界を救う為に俺指名するんだろお!? もう少し気を遣え!?」


「転生させてあげるのは私なんだから、そこに上下関係はない。勘違いしないでボサダボごみ眼鏡虫」


「悪口の進化が止まらないな」


「先に進む事を止めたら魂が腐る。常に前進がモットーだから」


 腕を組みながらドヤ顔を放つリラリ。組んだ腕にその巨大な胸が搭載されるけれど、今はそれが気にならない。

 別に大した名言を口にした訳ではないが、この女が尊大である事だけは理解出来る。やっぱり苦手なタイプだ。


「……ん? ちょっと……ちょっと待て!」


 そこで重要な事に気付く。システムの事、世界の仕組み、神々のルール、それ等はなんとなく理解出来たが、その大前提に気付き思わず声を上げる。だってそうだ、誰だってそうなる。


「俺、死ぬのか!? 俺の魂を二カ月後に指名するって言ったよな!? って事は、俺死ぬって事か!?」


 命の期限に気付いて、平静でいられる人間は居ないだろう。俺も多聞に漏れず声を上げ、嫌な汗が滲み出る。


 突き付けられた宣告には、やたらと信憑性がある。ここまでリラリに見せられた超常的なそれが、俺に納得の二文字を押し付ける。


 焦燥と絶望に駆られ息の上がる俺を他所に、リラリはいやらしく口角を釣り上げる。この女、笑っていやがる!


「あんた! なに笑ってんだよ! 笑い事じゃないぞ!」


「だって、在りもしない事で焦ってるからおかしくって。ほーんと馬鹿、浅はかで情けがない。命がなくなる程度の事でそんなに取り乱して。ぶら下がってるそれは飾り?」


 言いながら俺の股間を指差す。


「いきなりB級映画のやられ役台詞を吐くな! なんだよそれ! どっち!? 俺死なないの!? 死ぬの!? 二か月後に死ぬのか!? 神様だから俺の寿命が分かるのか? 事故? 病気? 他殺? 絞首? 刺殺? 出来れば公園で遊んでいた少年が道路に飛び出したのを救って死にたい!」


「五月蠅いなあ。あなたの寿命なんて知らないよ。自分の管理する世界でさえ、特定の魂が迎える寿命なんて分からない。運命は私達神様にだって分からない。それが掌の上なら、世界は終わる訳ないでしょ?」


「あ……」


 確かにそうだ。運命というものに介入出来るのであれば、世界は消滅しない。神様の超常的な力にも限度が存在するのか。そして、人の生き死には不介入の領域にある。


「じゃ、じゃあ、どうやって俺を指名するんだよ? 二カ月後にあるドラフト会議までに死んでなければいけな——」


 気付く。気付いてしまった。


 リラリと最初に出会った瞬間の言葉。灼熱の太陽光に中てられたアスファルトの上、鼻腔が焼き焦げそうな熱気に包まれて耳に届いた台詞が、脳内を巡る。


『ねえねえ、悪い話じゃないからさ、死なない?』


 回想した台詞に、俺は生唾を飲み込む。リラリはそんな俺を見て、相変わらず厭らしそうに笑っていた。


「私は、このシステムの穴を見つけた。どいつもこいつも馬鹿みたいに死んだ魂から宝探しをしている中、笑って独り勝ちする方法を見つけた。私は、ドラフトの候補を生きている魂にまで広げた」


 目の前に居るのは、神様らしかったが、その発想は悪魔のそれ。


「後は、ドラフト対象になる様、死んで貰えればいい」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る