第2話 指パッチン

 異世界? 転生? ドラフト会議?

 リラリが並べたてた言葉に覚えがなく、クエスチョンマークが頭部をぐるぐると周回する。


「ごめん、ちょっとなに言ってるか分からないんだけど」


「物分かりの悪い……あなたなにか一つでもパッとする事ないの?」


「説明不足はそっちに非があるだろ。それとも、物分かりが悪いから説明出来ないか?」


「きい-! ああ言えばこう言う! 本当五月蠅い!」


「物分かりのついでに口も悪いんだよ」


 激昂したテンションをぶつけ合い、嫌味を放つ。


「ま、だからこそここに来たんだけどね」


 その終わりに、リラリは小さく呟いた。


「いや、意味分からないから、もう少し説明を求む」


「仕方がない。ならば跪き教えを乞うがいい。今までの私に対する生意気な口の利き方を反省しなさい」


「今までの行いを反省し叱咤を真摯に受け止めますのでどうかご説明を」


「プライドないの!?」


「俺はプライドを捨てたのではなく、意地を張っていないだけだ。誇り守る事と意地を張る事は同義じゃないからな。俺は今説明を欲している。現状の説明という行為を水に例えるなら、今俺は砂漠の中心でバームクーヘンを食べさせられている状態なんだ」


「例える必要あった?」


「俺がプライドをかなぐり捨てるに足る状態であると理解させるのに分かり易いかなあ、と」


「あなたさっきプライドを捨てた訳じゃないとか言ってなかった?」


「忘れろ」


「あなた滅茶苦茶ね」


「あんたの登場程じゃあない」


 話の切り替えにリラリは溜息を大きく吐いた。空虚な部屋ではそれがやたら五月蠅く聞こえる。


「それじゃあまず前提として、私が神ってのは信じた?」


「納得はしていないが理解はした。神ないし超常的な力を使役する存在という事を」


「よろしい。概ね私はあなた達人間が神様と定義する存在。ただ、それは好き勝手に世界に存在して気まぐれに人間に試練を与える様なものではない。私達神は、幾つかの世界を司る管理者としての役割を持っているの」


「ふうむ。異世界云々という事は……リラリは俺の住むこの世界ではない世界の管理者って事か?」


「ご名答。私はあなたの住むこの世界ではない世界を管理している」


「じゃあ、俺の住むこの世界の管理者は別に居る訳だ」


「ちょっとそれは特殊で事情が違うのだけれど、後で説明する。私達神は平均して一人百程の世界を管理している。その世界の数は即ち神の力。故に、世界がなくなる事は神の力を失う事と同義」


「世界がなくなるってのは?」


「例えば戦争による星の消滅。例えば自然災害によるその世界の主となる生物の絶滅。定義は沢山あるけれど、主だったところではそんなところね。それにより、私達は力が弱まる」


「そんなの、神様が介入して守ればいいじゃんか」


「神が世界に介入出来る程度が決まっているの。今私がシャーベットを元に戻したり、エアコンを創造するのは比較的世界に影響を及ぼさない事象。けれど、世界の運命を動かす程の介入は出来ない様になっているの。だから、管理する」


「管理?」


「その世界を危険にさらす種族が住み辛い自然環境に少しずつ変えていくとか、その世界に革新をもたらしそうな発明家が宝くじに当たって研究に没頭出来るとか。神が介入出来る範囲で世界を良い方に導く事」


「なんか休みなさそうだな」


「ブラックだよ」


「ブラックか。有給は?」


「休んでいる間に世界が滅んで良いなら取り放題」


「選択肢なしか」


 どこの世界も世知辛いのは同じみたいだ。


「そして、話はここから。この管理の中に、魂の再利用っていうのがあるの」


「魂の再利用?」


「天寿……これも細かい定義があるのだけれど、生を全うできなかった魂は、もう一度その世界で生まれ変わる。天寿を全うした魂は浄化されて再構成……ゼロから作り直しされるのだけれど、そうではない魂は、元の魂の性能を持ったまま転生する。生まれ変わりとか前世と呼ばれるもの」


「ああ、眉唾だと思ってたけど、それってガチなんだ」


「それを管理する事も私達の仕事に含まれている。そして、その仕事のミスで私達に革新が起こる。とある神が、自分の管理している世界で転生先を間違えた。基本的には自動的に死亡した世界で転生するようになっているのだけれど、Aという世界で天寿を全うできなかった男が、Bという世界に転生してしまったの」


「なんでまたそんなミスを」


「その時その神は、Bという世界にかかりっきりだった。頭の中はBの世界でいっぱいいっぱい。Bについてなにかを設定している時に、間違えてしまった。後に原因をそう釈明した。どうしてBにかかりっきりだったか分かる?」


「Bという世界が危機に直面していた?」


「正解。中々冴えてるじゃない」


「導線がくっきりと引かれていたからな。で、それがどうしたんだよ。そんなに困る事か?」


「その逆。困るどころか助かってしまった。故にミスが発覚し、ドラフト制度が出来上がるに至る」


 リラリはパチンと指を大きく鳴らす。なんだ、なんのタメだ?


「間違ってBの世界に転生した男が、とんでもない才能でもってBの世界を救済したの。それはもう、世界のバランスを崩す程。神がかかりっきりだった事から分かる通り、Bの世界はもう手立て無し、後は滅びるのを待つばかりの背水の陣。そこから起死回生し、世界を救ってしまった」


「へええ、とんでもない話があるもんだ。その男は随分と優秀だったんだな。Aの世界で死んだ時はさぞ惜しまれたろう。そんな男が天寿を全う出来ずに死んだんだから」


「それがそうでもない。男はAの世界でどうやって死んだと思う?」


「皆目分からない」


「もう少し考えたら?」


「問答より今は話に頷く方が効率が良い」


「つまらない男。まあいい。その男は、Aの世界で自殺したの」


「はあ? どうして? そんなに才能溢れる男が、どうして自ら命を絶たなければいけないんだ。のっぴきならない理由でも?」


「逆。男には、一切の才能がなかった。男は、Aの世界で生きる自分の無力さに絶望して、自ら命を絶った」


 リラリの言葉に首を傾げる。話の前後がてんでバラバラだ。整合性を失った話は、辻褄がひたすらに合わない。


「リラリ、言ってる事が違うぞ。じゃあ男はどうやってBの世界を救ったんだよ?」


「さっき言ったでしょ? その溢れる才能で世界を救った」


「んん? どういう……あー、分かった分かった。そういう事か。Aの世界では、その才能を発揮する場所がなかったのか。埋もれていた才能は、Bの世界で見出されて開花した。そういう事か」


「んー! 惜しい! 言っている事は正解だけれど、多分真澄が思っている事と違う」


「どういう事?」


「正確に言うなら、その男の才能は、Aの世界では役立たずだった。実例を元に説明するなら。男は魔法使いとしての才能が突出していた。それは世界を揺るがす程。世界消滅を薄皮一枚のところで救い出し、大逆転を決める程に」


「そうか、世界って、そういうところから違うのか。今リラリが俺に見せてくれた様に、魔法が存在する世界も存在しているのか。で、その男はAの世界では魔法の才能が開花しなかった」


「惜しい、更に惜しい。もっともっと根本的な話。これは、私達の前提を覆した話だから」


「勿体ぶるなよ。なにが惜しいんださっきから」


 リラリは少し笑って、また指をパチンと鳴らした。


「だから、前提よ前提。根本的な話、Aという世界には真澄が住むこの世界同様、魔法そのものが存在していなかった」


 どうやらリラリが指を鳴らすそれは、話の決めのタイミングで使うらしかった。

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