第18話 3Bの法則

 「今度のうちの商品なんだが、『これまでには無いお煎餅せんべい』というキャッチフレーズにしようと思っているんだ」

 「と、言いますと?」

 企画部長の鼻息に、宣伝部長が聞き返す。


 「つまりは、和の煎餅と洋のクッキーを合わせたような食感というか・・・」

 「クッキーのような食感?・・・」

 宣伝部長は、想像がつかないといったような顔をする。


 「もっと若者にも食べてもらえるようなお洒落しゃれな・・・」

 「煎餅なのに、お洒落ですか?」

 「実は、しょうゆ味煎餅の隠し味には、バルサミコ酢を使っているのだよ・・・」

 「バルサミコって・・・ でも、所詮しょせんは煎餅なんでしょ!」


 企画部長の意気込みとは反対に、宣伝部長はいたって冷静な面持ちでその絵コンテにペンを走らせている。すなわち、今度の新商品のコマーシャルの素案を立てているというわけである。


 「なんかこう、女性がバッグの中からそっとわが社のお煎餅を取り出す姿を使うとか・・・」

 隣で企画部長がそのまねをして見せる。

 「美しい女性ねえ・・・」


 「または若いお母さんがを抱きながら、気軽に我が社のお煎餅をおやつ代わりにまむとか・・・」

 お煎餅が入った袋を赤ちゃんに見立てて、宣伝部長の方を振り返る。

 「赤ちゃんにお煎餅ですか・・・」


 「んじゃなんだ、こう可愛いでも画面いっぱいに映して、その背景から我が社のお煎餅が現れて来るとか・・・」

 「猫が煎餅食いますかね?・・・」

 企画部長の提案に、どれも宣伝部長は苦い顔をする。


 「好感度抜群だと思うんだがな。この我が社の新商品には、まさにうってつけのコマーシャルだと・・・」

 隣の宣伝部長の手が止まる。おそらくは、コマーシャルの素案が出来上がったのであろう。

 

 彼は企画部長の顔をチラリと見ながら静かに話し始める。

 「画面の冒頭には、何処のどかな田園風景が広がっていて、その中でしわくちゃ顔のお婆さんが幸せそうにその煎餅を食べている・・・」

 「ば、婆さんが?・・・」

 思わず声を荒げる企画部長。


 「そう、いかにも日本のお母さんというようなねえ。煎餅を強調させるためにも、むしろしおれた感じの顔の方が受けが良いかもなあ」

 「食べ物の宣伝だぞ・・・」

 企画部長がそうなげくのをよそに、さらに続ける。


 「そのお婆さんの口元から、噛みそこねた煎餅のかけらが足元にと落ちるんだ。よく見ると、美味しさのあまり、そのかけらにもアリたちが群がってくるという映像で締めくくるんだ」

 「最後は虫かよ・・・」

 頭を抱える企画部長。


 果たしてこの新商品は、消費者に受け入れられることができるのであろうか? それだけが心配である・・・



【3Bの法則】

「美人(Beauty)」「赤ちゃん(Baby)」「動物(Beast)」というように、3つのB(頭文字)を起用した広告(コマーシャル)は人の目に留まりやすく、好感を待たれやすいと言うこと。

同じBでも、「ス」「ばあ」「虫(Bug)」では、果たしてどうなることやら・・・



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