第17話 フィナグルの法則

 確かにこの国の大統領は、敵対するぼう国と裏で繋がっているに違いない。しかし、それを裏付ける証拠は何処にもない。

 俺はその秘密をあばこうと、密かに大統領の身辺へと潜入した・・・


 『カシャ、カシャ、カシャ』

 続けざまにシャッターを切る。


 大統領の日常に密着していた俺は、ひょんなことから彼の思想とは正反対にあたる政党の、若き女性党首との密会場面に遭遇した。それも白昼堂々と二人でホテルへと入って行く姿をである。

 もちろん俺は、それを夢中でカメラに収めた。

 つまりは、大統領にとっての浮気現場というやつだ。まさにこの国がひっくり返るようなスキャンダルである。


 ファインダー越しに映る二人を見て俺は思う。

 (俺が知り得た情報は、確かにその国民のみならず、世界中があっと驚くような情報である。しかし、本当に俺が欲しいのはこんな情報ではない・・・)


 「スクープしたところで、所詮しょせんは大統領を支持する政府の役人らによって、闇へとほうむられるだけであろう」

 俺は呟くように、その画像をデリートした。


 次の日からも、俺の諜報ちょうほう活動は続いた。

 その甲斐あってか、次第に大統領と某国との不適切な関係が明らかになってきた。つまりは、大統領の側近と某国のスパイとが取り引きしている場面に幾度となく遭遇したからである。そのうえ、今ではその決定的な証拠となる写真も押さえてある。


 (これだ! 俺が本当に欲しかった情報というのは・・・)


 俺はそう心の中で囁きながら、もう一度カメラのファインダーをのぞき込む。と、次の瞬間、後頭部に激痛が走る。

 その鈍い音と共に、倒れ込んだ俺の頬にはアスファルトの冷たい感覚だけが微かに記憶の隅に残った。



 どのくらいの時間が経過したのだろうか?・・・

 目を覚ますと、俺は薄暗い部屋の中に転がされていた。首の付け根辺りがまだ痛い。

 (なるほど・・・ おそらくは大統領の息が掛かった組織に狙われ、ここへと連れ込まれたのであろう)

 当然そこには、手にしていたカメラもない。


 ゆっくりと振り返ってみる。その部屋は呼吸する分の空気の他は、まったくもって閑散としている。

 首をもたげて眺める視野の中には家具はおろか、壁にあるはずの窓さえもない。

 あるのはただひとつ、すさんだ緑色に塗られたドアーだけである。その微かな隙間から、外側の光がわずかに見えている。


 俺は後ろ手に縛られた身体をうようにして、そのドアーの元へと寄せた。

 (何とかこの縄を切るための物があればよいのだが・・・)

 期待を込めて、もう一度部屋の隅々までに目をらす。


 やはり、何も無いようである。

 気を取り直して、今度はドアーに耳を当てる。

 部屋の外からは数人の男の声が・・・


 「大統領は奴をどうするつもりなんだろうか?・・・」

 「秘密を知られてしまったからにはしかたあるまい」

 「まさか、奴を殺すっ・・・」

 「しっ!・・・」


 しばしの沈黙の後、その男達の足音が近づいてくる。

 (くそっ! せっかく俺が欲しいと望んだ情報を手に入れることができたのに、こうなってはその情報も、もう必要無いというわけか・・・)

 なおも足音が近づく。


 今、俺に必要なのは大統領のスキャンダルでもなければ某国との黒い関係のスクープでもない。

 この縄を解くためにはどんな方法があるのかと言うことと、この部屋から無事に抜け出すためには、どうすればよいのかという確かな情報だけである。


 (何でそんなことが分からないんだ!・・・)


 男達の気配が部屋のドアーの前で立ち止まる。

 「しかたあるまい・・・」


 男の声と同時に、カチリっというピストルの撃鉄を引く音が聞こえる。ドアーが鈍い音を立てながら静かに開けられる。

 部屋の中には眩しいくらいの光が雪崩なだれ込んできた。


 (どうやら俺が本当に必要な情報だけは、手に入らないようだな・・・)



【フィグナルの法則】

「1.私たちが持っている情報は、私たちが欲しい情報ではない」

「2.私たちが欲しい情報は、私たちが必要な情報ではない」

「3.私たちが必要な情報は、私たちの手には入らない」

      


 

 

 

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