白猫

友人以外に私を支えてくれたのは一匹の猫だった。


その猫は我が家で生まれ、友人が名前をつけてくれた。

ちょっとだけ柄の入った白い雄猫で、雲一つない澄んだ青空のような瞳がとても美しかった。

驚くほど人懐っこい猫は私が歩けば後ろをついて歩き、私が立っていれば飛びついて抱っこをせがみ、座っていれば膝の上で寝るといった甘えん坊だ。

私もそんな猫が可愛くて仕方なく、夜は同じ布団に入り腕枕をして眠りにつく日々だった。


そんな白猫の少し変わったエピソードがある。


その頃、私が住んでいた家には一本の果物の木が植えられていた。

木は家の二階に届きそうな大きさで、春に薄紅の花を咲かせ、夏に果物が成った。

母も私も果物は好きだったが、手入れをしていなかったためあまり実をつけず、気が向いたら摘んで食べる程度にしていた。


ある日のこと、そろそろ摘み頃かと庭の木を見たのだが例年より実が成っていない。

その時は別段仕方ないくらいにしか思わず気にも止めていなかったのだが、別日に庭掃除をしていた際、犯人というか犯猫を目撃した。


白猫が木の上に悠々と座り、重く垂れ下がる果物をもぐもぐと食べていたのである。


思いがけない犯人発覚と猫が果物をもしゃもしゃ食べる姿に思わず大笑いしてしまった私を、白猫は木の上から見下ろして『面白いことでもあった?』と青い瞳で見つめてきた。

そのあと木から降りてきた白猫を抱き上げると果物のいい香りがして更に笑ってしまったのだが、そんな私を意に介さず白猫はゴロゴロと喉を鳴らして甘えてきた。


ある時は、我が家に電気工事に来たお兄さんが「可愛い猫ですね~」と言った瞬間に背中に飛び乗り、ゴロゴロと喉を鳴らして箱座りした。


またある時は、スーパーで買物した袋をそのまま玄関に置いて目を離したら、肉には目もくれず大根に齧り付いていたりもした。


そんな突拍子もない行動を度々起こす白猫が、何時頃からかある行動を起こすようになった。


私が父に抱かれていたある日、投げ出していた指先にふと暖かくて柔らかな感触が触れた。

そういうことをしているにも関わらず何も感じていなかった私は、不思議に思い視線を指先に落として原因を探ろうとした。

すると、白猫が私の指が届くギリギリの側に伏せて大人しくしていた。

何時もみたいににゃあにゃあ鳴いて撫でろと急かすわけでもなく、すりすりと擦り寄って甘えるでもなく、ただじっと伏せてそこにいた。


そもそも我が家に居た歴代の猫達は、自分から父に近づいて行く子は少数だった。

父が大声を上げて怒鳴ったり突然暴れたりするので、猫も怖かったのだろう。

父が動くとさっと隠れてしまい、かなり時間をかけてから様子を見に来るような猫がほとんどだった。


それなのに白猫は、私が父から性的虐待を受けている時に側にいるようになったのである。


口淫している時でも、抱かれている時でも、父の見えない位置で私の指が届く範囲で伏せるようになった。

勿論父が動くとさっと逃げてしまうのだが、しばらくすると戻ってきてまた側に伏せるのである。

指先に触れる柔らかな毛並みとその体温が心地よくて、父にバレてしまわないように白猫をそっと撫でる事もあった。

父が私との行為に満足していなくなると、白猫は私の側にそっと寄り添いゴロゴロと喉を鳴らしてくれる。

そうやって白猫は、私が父から開放されるまで何年も側に居てくれた。


白猫は私にとって心が通じる一番の家族だった。


仕事にかかりっきりで忙しい母よりも長い時間を一緒に過ごし、テレビに向かって文句を言う父よりもずっと話を聞いてくれた。

私が学校に行くときは廊下で見守って、私が学校から帰ると真っ先に出迎えてくれた。

悲しいことや辛いことがあって泣いている時は大人しく側に座り、鳴きもせずに一緒に居てくれた。

誰よりも側に居てくれた白猫の存在が、私の冷えた心を温め、寂しさで空いた穴を塞いでくれていたように思う。


白猫という家族と出会えたことが、私の幸運の1つだ。

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