きっかけ

新しく迎えた中学校生活は、思った以上に充実したものとなった。


入学したばかりの頃はいじめられるかもしれないという不安もあったが、先生にもクラスメイトにも恵まれて、いじめという現場に遭遇することもなかった。

勿論、みんながみんな出来た人間ばかりではないためある程度の衝突や諍いはあったが、何だかんだで大事になることはなく、クラスの雰囲気はアットホームな感じだった。


私も友人を作るために勇気を出した。

いじめられていた事もあり自分から声をかけることはかなりハードルが高かったが、それでも鞄の中にあの本があると考えるだけで前向きにチャレンジできた。

その結果、何人か仲のいい友人ができ、学校生活は想像していたものよりずっと楽しい日々となった。


思い出深い出来事がいくつかあるが、長くなりすぎるのもいけないので2つだけ紹介したいと思う。


1つは体育の授業で持久走をした際の出来事である。


その頃の私は色々なことをやってみたいと考えていたため、先生にお願いして持久走の授業を受けさせてもらっていた。

持病があるため無理はしない事と時間外になりそうなら途中で戻ってくる事を約束して走ってはいたが、必ずと言って最後尾になる。

そんな自分が恥ずかしかったのだが、それでも出来る限り走るようにしていた。


ある日のこと、いつも通り最後尾を走っていると前から友人が走ってきた。

その子は持久走や徒競走では先頭集団に混じってゴールするような運動神経のいい活発な女の子で、私が彼女にスポーツで勝てたことは一度もないくらいだ。

だからこそ、学校で何かあったのかなと不思議に思いつつ声をかけると、その子は笑顔でこう答えた。


「○○ちゃんと一緒に走りたくて戻ってきた!」


一度ゴールした上で先生に許可をもらい、わざわざ私の所まで戻って来てくれたのだ。

走ることで精一杯の私の隣で、急かすわけでもなく、私のペースに合わせて走ってくれる友人の優しさに涙が出そうになった。


その日以降、友人はゴールした後で私と一緒に走ってくれるようになった。

申し訳ないという気持ちを伝えたこともあるが、友人は「身体を鍛えるついでだから○○ちゃんが気にすることじゃないよ」と言ってくれた。


人を思いやることを教えてくれた、優しい友人との思い出だ。


もう1つは病院での思い出だ。


友人たちとボランティア活動をしてみたいという話になり、学校の先生に相談した所、大きな病院に話をつけてくれた。

ボランティアの内容は小児病棟でのレクリエーションのお手伝いで、一緒に遊んだり、準備や後片付けの手助けをするという簡単なものだ。


その中で、同年代くらいの少女と友人になった。


とても重い病気のため自分で身体を動かすことは殆どできず、車椅子を誰かに押してもらうことでやっとレクリエーションに参加できていた。

上手に話すことはできない子だったが、楽しい時、嬉しい時はくるくると表情が変わり、満面の笑顔を見せてくれた。


ボランティア活動で出会って以降、学校が休みで空いている日には彼女のお見舞いに行くようになった。

彼女は私が本を読んであげる時、学校の話をする時、じっと耳を傾けきらきらした瞳で私を見つめてくれた。


そのうち、彼女は自分の病気について教えてくれた。

病気はその当時の医学では完治しないこと、そしてあまり長生きができないことを教えてくれたのだ。

当時の私は驚いて言葉に詰まったが、彼女は悲観しているとか、諦めているとかそういった表情は見せず、何時だって笑顔で出迎えてくれた。

苦しいことも辛いこともいっぱいあるだろうに、それを微塵も感じさせず、毎日を大切に生きていた。


私は彼女に、生きるということの一つの形を教わった。


この2つの思い出は、私にとって中学校生活で特に思い出深いものだ。


自分で閉じていた目を開いてみたら、沢山のもので世界は溢れ、様々な彩りを放っていることに気付けた。

それに気付いたからと言って父からの性的虐待がなくなったわけではなかったが、私自身が誰かに優しくできる人間になりたいと思えるようになった。


毎日死にたいと思っていた自分が急に変わるわけはなかったが、体験と実感は確かに私に変化をもたらし、外へ目を向けるきっかけをくれた。

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