そして、ぼくたちはサーバルちゃんと出会う

名田らい

そして、ぼくたちはサーバルちゃんと出会う


「あれ? ぼくは……?」


 小麦色で背の高い草が生い茂る中を、ぼくは歩いていました。

 ここはどこだろう?

 何故歩いているのだろう?

 そもそも、──ぼくは誰?


「帽子どろぼうなのだー! 帽子を返すのだ!」

「わあっ!?」


 声が聞こえたと思ったら、背中に大きな衝撃がはしります。

 耐え切れず、ぼくは前に倒れてしまいました。


「やっと捕まえたのだ! これはアライさんのものなのだ!」


 かぶっていた帽子の感触がなくなります。

 何が起きているのか分かりません。

 ぼくの背中に誰かが乗っていることだけは重さで分かります。

 もしかして、ぼくを食べようとしている!?


「た、食べないでください……!」


 勇気を振り絞って何とか言葉にしました。

 振り返ることは怖くてできません。


「アライさーん、ちょっと落ち着こうよー」

「フェネック! こいつは帽子どろぼうなのだ!」

「勘違いかもしれないよー?」

「かんちがいじゃないのだ! 確かに見たのだ! 今、帽子どろぼうを捕まえたのだ!」


 ぼくの背中に乗っている誰かと、今やってきたもう一人が何かを話しています。

 うぅ、怖い。

 何も理解できていないぼくは、顔を伏せて、震えながらジッとしていました。

 食べられないようにするためには、こうするのが一番だったような気がします。

 あれ? 違っていたかも……。


「ねー、キミは帽子どろぼうなのかなー?」


 のんびりとした声でした。

 やさしい響きに思えたので、ぼくは顔を上げて横を見ます。

 思わず目を惹かれたのは大きな耳です。

 女の子が、感情の分かりづらい視線でぼくを見つめていました。


「だれ、ですか……?」

「フェネックはフェネックなのだー!」


 大きな耳をした女の子からではなく、背中から答えが返ってきます。

 恐る恐る後ろを振り返ると、藍色の小柄な女の子がぼくの上に跨がっていました。


「この子はアライさんだよー。アライグマさん」

「あらいぐまさん……?」


 二人の女の子は、ぼくを食べてしまうような怖い人にはとても見えませんでした。




「気付いたら、さばんなちほーに居たんだねー」

「はい。……自分の縄張りも思い出せません」

「かわいそうなのだ」


 ぼくは何も覚えていないことを、フェネックさんとアライグマさんに話していました。

 二人とは向かい合って会話をすることができています。

 フェネックさんがアライグマさんを説得してくれたおかげです。

 自分自身の素性さえ分からないぼくに、二人は親切に説明してくれました。

 ぼくもフェネックさんたちもフレンズと呼ばれる生き物で、誰もが必ず縄張りという住み家を持っているということ。

 フレンズは動物にサンドスターがぶつかって生まれるということ。

 ぼくが盗んでしまった? 帽子を探すために、アライグマさんがぼくを追ってきたこと。

 アライグマさんを心配してフェネックさんが追いかけてきたこと。


「アライさん。この子が何のフレンズか心当たりはない?」

「とつぜん現れたので、アライさんにもよく分からないのだー!」

「突然、ですか?」

「そうなのだ。あの時、びっくりして転んでしまったのだ!」

「ご、ごめんなさい」

「もしかしたらー、小さな動物がフレンズ化したのかもしれないねー」


 ぼくは何の動物だったのだろう?

 それを知ることができれば、記憶も取り戻すことができるのかな?


「なわばりが分からないのは不便なのだ。こういう時はとしょかんに行くと良いのだ!」

「ハカセなら教えてくれそうだねー」

「図書館と博士ですか?」

「としょかんはすごいのだ! としょかんに行くとなんでも教えてもらえるのだ!」

「知りたいことがあるフレンズは図書館に行くんだよー」


 ぼくは自分のことを知りたい。初めて抱く明確な意思でした。

 何のフレンズで、どこの縄張りで暮らしていたのか。

 記憶を失っているぼくにはとても大切で、必要な情報です。

 図書館に行ってみたい、そう強く思います。


「あの、図書館はどこにあるのでしょうか?」

「としょかんはあっちなのだ!」

「あっち、ですか?」

「アライさーん、それじゃあ分からないよ」


 アライグマさんが指さした方角を見ると、小麦色の草原が大きく広がっていました。

 今居るここも同じ景色です。

 目印になるものが見当たらないため、すぐに迷ってしまうと思います。

 うぅ、どうしよう……。


「……アライさん。私、この子と一緒に図書館へ行ってくるねー」

「え?」


 フェネックさんの言葉に、ぼくは思わずポカンとしてしまいます。


「フェネックが行くなら、アライさんも付き合うのだ!」

「ええっ!?」


 アライグマさんまでそんなことを言い出しました。


「それじゃあ、行こうかー。ええと……アライさん、この子の名前はどうしよう?」

「かばんを背負っているから、かばんでいいのだー」

「いいのかなー? かばんさんって呼んでも大丈夫?」

「は、はい。大丈夫です、けど……」


 お言葉に甘えて良いのだろうか?

 自分のために図書館までつき合わせてしまって良いのだろうか?

 こんなよく分からないぼくが、やさしくしてもらっても良いのだろうか?

 疑問ばかりが浮かびますが上手く言葉になりません。

 オドオドしているうちに、話はまとまってしまったようです。


「しゅっぱつなのだー!」

「おー!」

「え? え? い、良いのかなぁ……?」


 ぼくは、戸惑いながらもフェネックさんとアライグマさんと一緒に歩いていきます。


 少し進むだけで息を切らしてしまうぼくを、その度にフェネックさんは何も言わず待ってくれました。

 アライグマさんも先に進んでは戻って来てくれます。

 ……ぼくは歩くのが苦手なフレンズだったのかな?

 自分に落ち込んでしまいますが、そんな光景を繰り返して、やさしい二人に支えられながらぼくは一歩ずつ進んで行きます。


 ふと、前を歩いていたフェネックさんの大きな耳がピクリと震えました。


「かばんさーん、誰かやって来たよ? 狩りごっこのつもりかもしれないねー」

「狩りごっこ!? アライさんの出番なのだ!」


 二人がぼくの後ろを見ています。

 つられてぼくも振り返りました。

 二人のものとは違う、楽しげな笑い声が徐々に近づいているようです。




 ──こうして、ぼくたちの旅は始まりました。




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そして、ぼくたちはサーバルちゃんと出会う 名田らい @natarai

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