第二章・その2

「じゃあ課題集める前に、編入生の紹介するぞー。じゃあ加藤くん、前に」

 担任の松林に指名され、教壇の上に翼は立つ。

「加藤翼です。前は東京に住んでいました。これからよろしくお願いします」

「東京の、どこ高校だったんですかー?」

「武蔵野南高校という、都立の学校です」

「どこ住みですかー!」

「今は、久屋大通駅ってところの近くに一人で住んでます」

「質問があれば、後は個別に聞いてくれ。じゃあ課題集めるぞー」

 翼は席に戻り、自分の課題を提出する準備を始めた。編入前に夏の課題については電話で連絡を受けていたため、ぬかりはない。

 教科ごとに後ろから前へ、課題を解いたノートを集めていく。全教科のノートが揃ったところで

「じゃあ、あと降星祭について実行委員よろしくなー」

 課題の山を抱えて、松林は教室を去る。

「はいはいー、ではでは夏休み中に決まったことについてお知らせするよー!」

 教壇に上がったのは翠。実行委員は彼女らしい。

「うちのクラスは『銀河鉄道の夜』を演劇化するということを夏休み前に決めたけど、セーラちゃんが三日で書き上げてくれました! 拍手!」

 翠の誘導で教室全体に拍手が起こった。

「休み中にラインでも伝えたけど、台本刷ったからもらってない人は一冊ずつ持っていってね! そしてー、舞台造形班の班長から報告!」

 男子生徒が一人立ち上がる。

「舞台背景の星空は夏休み中に完成させました。今は銀河鉄道の窓部分を製作中です」

「はい次演出班!」

 別の女子生徒が立ち上がり、音楽プレーヤーを掲げた。

「音楽については大体の詰めが終わっているので、この後聞いていただきたいと思います」

「海部さん、コウセイサイって何なんだ?」

 小声で翼は隣のセーラに聞く。

「簡単に言えば文化祭よ。二年C組では宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』を基にした演劇をするの」

「なんで、コウセイサイって言うんだ?」

「元々『星ヶ丘』という地名が、『星にもっとも近く、輝く星の美しい丘』という意味を込められて付けられたのよ。それにあやかって星が降る祭り、降星祭と名付けたんじゃないかしら」

「はいはい次は案内宣伝班!」

「ポスターと整理券のデザイン作りました。教室の後方に貼っておくので、問題なければこのまま印刷します。何かあれば火曜日までにお願いします」

「よしあとはアクターの読み合わせと音楽選定ね! まず音楽の選定、どうぞ!」

 音楽の選定が多数決で決まった後、降星祭の準備作業へと自然に移っていった。では自分は何をすればいいのだろう、と翼が考えていると翠が声をかけてくる。

「翼くんはカムパネルラ役でいい?」

「カムパネルラって、主人公だっけ」

 中学二年生の頃に読んだ微かな記憶が、翼にはあった。

「ジョバンニの親友で、確かに第二の主人公とは言えるかも。重要な役だね」

「そんな大役、僕がやっても……?」

「ちょうど欠けがあったからね、編入生の翼くんに是非って感じで! あ、劇自体は複数のチームに分かれて回してくから、翼くんはセーラちゃんとこのチームで読み合わせよろしく!」

 台本を押し付けて、翠は「さて次は案内班への声かけ!」と走ってゆく。

「読み合わせ始めるわよ。早く来て?」

 セーラが微笑みながら、翼を引っ張った。


   * * *


「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です」

 「銀河鉄道の夜」の物語も中盤。途中で乗り込んで来た鳥捕りが窓の外を示す。鳥捕り役は金城聡。背が高めで髪の毛もパーマがかっており、衣装を合わせたら歴戦の猟師にも見えるかもしれない、と翼は見ていて思う。

「あれは、水の速さをはかる器械です。水も──」

「切符を拝見いたします」

 銀河鉄道の車掌役はセーラ。冷ややかな声で、台詞を読む。

 ボタンを直す仕草をしたり、ポケットの中を探ったりしているのが松木潤。この劇の主役とも言えるジョバンニ役を担当する。

「切符をこちらへ」

 セーラが手のひらを向け、切符を要求する仕草をすると、それに応えるように松木が何かを渡す仕草を返す。

「これは三次空間の方からお持ちになったのですか」

 少し驚きの様子を声に乗せ、セーラが言う。

「何だかわかりません」

 一方、松木は半笑い気味に。もちろん台本のト書きの指定通りである。

「よろしゅうございます。サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります」

 セーラが何かを渡すような仕草。台本には「車掌、ジョバンニに紙を返す。」との記述があった。

「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どころじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈でさぁ、あなた方大したもんですね」

 すでに読み込んで演技を考えているのか、金城はおおげさなくらいの驚きを含めて台詞を語る。

「何だかわかりません」

 ジョバンニ役の松木が紙をしまう仕草をし、鳥捕り役の金城がちらちらと松木の方を見始めたところで、カムパネルラ役の翼の台詞である。

「もうじき鷲の停車場だよ」

 この翼の台詞をきっかけに、鳥捕りは舞台から退場する。退場の間をあけ、再び翼の台詞。

「あの人どこへ行ったろう」

「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕はどうしても少しあの人に物を言わなかったろう」

「ああ、僕もそう思っているよ」

「僕はあの人が邪魔なような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい」

 ジョバンニとカムパネルラの掛け合いで、この場面は終わる。

 読み合わせは進んでいき、サウザンクロスを過ぎてカムパネルラとジョバンニが二人きりになる場面へと移っていく。

「カムパネルラ、また僕たち二人きりになったねえ、どこまでもどこまでも一緒に行こう。僕はもうあのさそりのようにほんとうにみんなの幸いのためならば僕のからだなんか百べん灼いてもかまわない」

「うん。僕だってそうだ」

「けれでもほんとうのさいわいは一体何だろう」

「僕わからない」

「僕たちしっかりやろうねえ」

 「銀河鉄道の夜」のクライマックスとも言える場面。翼と金城、二人の演技力が最も試される場面でもある。

「あ、あすこ石炭袋だよ。そらの孔だよ」

 光輝く天の川の中にぽっかりと空く、一つの大きな孔。科学的にはブラックホールとでも分析されるのだろうか。宮沢賢治はそこに、何を見出したのだろうか。翼は想像しながら、カムパネルラへと自分なりになりきって台詞を読み上げた。

「僕もうあんな大きな暗の中だってこわくない。きっとみんなのほんとうのさいわいをさがしに行く。どこまでもどこまでも僕たち一緒に進んで行こう」

「ああきっと行くよ。ああ、あすこの野原はなんてきれいだろう。みんな集ってるねえ。あすこがほんとうの天上なんだ。あっ、あすこにいるのぼくのお母さんだよ」

 この台詞の後、静かにカムパネルラは退場する。残されたジョバンニは、消えたカムパネルラを確認して、何を想うか。翼はその悲しみを想像する。

「カムパネルラ、僕たち一緒に行こうねえ」

 そう言って、ジョバンニは初めてカムパネルラの不在に気づくのだ。届かない言葉。ジョバンニは窓の外に向かって叫び、泣き始めたところで場面は終わる。

 セット転換の指示後、カムパネルラが川に落ちたことを知るシーンを経て劇は終わりとなった。

「さて、細かい演技づけをおこなっていくわよ」

 演出は、車掌役でもあったセーラが中心になって行うようだ。ここはこういうシーン、それぞれの登場人物はこういうことを思ってこういうことを言う、と解説を加えながら細かく場面を分けていく。ああこれは長くなるな、と翼は諦めることにした。

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