第3話 魔物っておいしい!

 村についた私は、さながら英雄扱いだった。

 助けた村人の家族に代わる代わるお礼を言われ、狩の分け前だと大量の肉を渡されそうになったけれど、そんなには食べきれないのでと固辞したら、ならせめてものお礼にとごちそうを振舞われた。


 あまりの歓待ぶりに戸惑いつつ、散々魔法を使って消耗の激しかった私は、魔力と体力が回復するまでの少しの間、村で休ませて貰う事にする。


 家に置いてきたアンナリーザの事が気がかりだったけれど、家には一応数日分の食糧もあるし、家の周りには魔物はおろか人さえも入れない結界が張ってあるので、敷地内にいればまず問題は無いだろう。


「私はこの村の村長のフィルマンと申します。この度は魔物に襲われていた村人を助けるだけではなく、これ程の食糧を村に運んでくださって、村を代表して心よりお礼申し上げます」

 村の人に食事を振舞われていると、この村の村長だというおじいさんが私にお礼を言いに来た。


「いえ、私も偶然通りすがっただけですから……」

「おかげさまで今日、森に行っていた人間は全員無事に村に戻る事が出来ました」

「それは良かったです」

 村長の言葉に、私は心底ホッとした。

 それなら皆、これから森に入る事は控えるだろうし、これ以上被害者が出ないならそれに越した事は無い。


「あの、お名前をお伺いしても……?」

「ああ、失礼しました。レティシアと申します」

 村長に名前を尋ねられて、私は現在冒険者として登録している名前を答えた。


 冒険者という職業は、ギルドに登録さえすれば、当たり前に仕事が受けられ、その働き振りによってはランクも上がってより稼げる仕事を受けられたりと、とても便利だ。


 依頼を受けるかどうかは自分で選べるし、しばらく仕事をしなくても特に咎められる事は無い。

 更に偽名でも問題なく登録できるので、地元を離れてレーナ・フィオーレという名前を名乗らなければ、誰も私が私だなんて気づかない。


 ある程度冒険者としてのランクを上げてしまえば、たまに”割の良い”仕事をするだけで資金に事欠かず、人里離れた場所で主義主張を押し付けられることなく、存分に研究が出来るのだ。

 冒険者ギルドとその制度は、本当に素晴らしい。

 ……さて、話を戻そう。


「しかし、持ち帰られた魔物を拝見しましたが、この村に六十年以上暮らしてきて、あんな魔物は今まで見たことがありません……」

 手を体の前で組んで、私の前の席に座る村長は深刻な顔で言う。


 そりゃ、ある日突然こんな事が起こったら原因が気になりますよねー……。


「私もあの森の奥に住んでいるのですが、実は昨日の夜から妙に森が騒がしくてずっと気になっていたんです……」

「そうなんですか……?」


 深刻そうな顔を作って私が言えば、村長も真剣な顔になって聞き返してくる。

 ついでに犯行時刻もずらしておく。


「はい。それで今日森の様子を見に行ったら魔物に襲われている人を見つけて……もしかしたらあの森で何か、良くない事が起きているのかも知れません……」

 容疑をかけられる前に別の見立てをして捜査をかく乱しつつ、私もこの事態を問題視しているように言えば、村長は息を飲んだ。


「良くない事とは、一体なんなのでしょう……」

「わかりません……ただ、今あの森は危険です。魔物の出る範囲がどこまでなのかもわかりませんが、魔力が回復したらすぐにでも森の周辺に魔物が森の外に出られないよう結界を張ろうと考えています」 


 私がそう提案すれば、

「なにからなにまで、本当にありがとうございます」

 と、深々と私に頭を下げて村長が言った。


 やめてください、そんなんじゃないんです。

 この事件の原因は全部私の娘なんです……!


「いえ、私もあの森に住んでいて他人事ではありませんから……」

 だけど、そんな事は言える訳も無い。


「しかし、森に結界を張って魔物が出てこないようにしていただけるのは本当にありがたい。狩での肉はあれば嬉しいものですが、畑を荒らされては皆飢えるしかありませんからね」

 胸をなで下ろしながら村長が言う。

 どうやら、この村の主要産業は狩猟ではなく農耕のようだ。


「それでも、森に入れないのは不便だよ。これからどうするの?」

 隣で給仕をしてくれていた、先程森で助けた女の子が村長に尋ねる。


「冒険者ギルドに駆除を依頼するより他無いだろうな。魔物の数がわからない以上、いくらかかるかもわからんが……」

 途端に村長の顔が曇る。


「……その費用って、今後森に入る時は必ず魔物避けのお香焚くのとどっちが安いの?」

「魔物避けのお香を炊いた所で、効果の無い種類の魔物には襲われる。森にどんな魔物がいるかわからない以上、仕方ないだろう」

 確かに、どんな魔物がいるかわからない以上、警戒するに越した事はないだろう。

 実際、アンナリーザの召喚した魔物の中には魔物避けのお香の匂いを嫌がらない魔物もいたはずだ。


「あの森には高値で売れる薬草ときのこが季節ごとに生えるのに……」

 口惜しそうに女の子が言う。


 うんうん、わかるよ。

 あの森、店で買ったら結構な値段になる薬草やきのこがいっぱい生えてるもんね。

 そしてその薬草やきのこで作った薬って需要が高くてかなり高値で売れるから、おかげでうちの家計もかなり助けられているもの。


「魔物に森が完全に荒らされる前になんとかしたいところだが、そればっかりはなあ……今若い奴に町のギルドまで依頼を出しに行かせているから、今日から明日まで募集して人集めて、討伐は明後日からだな……」

 村長が腕を組みながら女の子と話す。


 討伐開始が明後日。

 集まる人数にもよるけれど、アンナリーザの呼び出した魔物の数を考えれば、数日もすれば狩り尽くせそうなものだけれど……。


 問題はその数日でどれだけ魔物が増えるかだ。

 けれど、そればっかりは家に帰ってアンナリーザの呼び出した魔物を全て特定して、それぞれの特性を調べないとわからない。


 しばらく休んで、大分回復した私は帰りにせめてこれだけでもと、村の人から魔物の肉や畑で取れた野菜、いくらかの保存食を持たされた。

 最初はお金を渡されそうになって、これから必要になるだろうからと断ったら、現物支給になった。


 村の人の感謝の気持ちがただひたすらに後ろめたい。

 帰りに森の周辺に結界を張って魔物が森から出られないようにしてから家に帰る頃にはすっかり日は暮れていた。


 家のドアを開けた瞬間、アンナリーザはいきなり抱きついてきたかと思ったら泣き出した。

「ママもう帰ってこないかと思ったああああああ」

 どうやらあの緊迫した状態で一人家に残されて心細かったらしい。


「ごめんね、寂しかったわね。でも、おみやげもあるのよ? 助けた村の人がお肉や野菜を分けてくれたの。今夜はごちそうよ」

 抱きついてくるアンナリーザの頭をなでながら私が言えば、

「ごちそう?」

 途端に目を輝かせながらこちらを見上げてくる。


「そうよ。ご飯の準備手伝ってくれる?」

「うん!」

 私が尋ねれば、アンナリーザは元気良く頷く。


 その日の夕食は、新鮮な肉と野菜を使った、いつもよりも少しだけ豪華なものになった。

「このお肉おいしいね! なんのお肉なの?」

「アンナリーザが呼び出した熊の魔物のお肉よ。どこの肉かはわからないけど、村の人が特に美味しそうな所を分けてくれたの。柔らかくて美味しいわね」


 アンナリーザはうっとりした様子で肉を頬張る。

「魔物のお肉っておいしいんだね!」

「そうね。このお肉は美味しいわね。でも、他の魔物のお肉が美味しいとは限らないわよ」

「そうなの?」

「そうよ」


 私が答えれば、ふーん、とアンナリーザは香草と一緒に焼かれた魔物肉のステーキを見た。

 思えばこの時、随分と魔物の肉に感動した様子だったアンナリーザに、もっと注意していれば、と今なら思う。

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