第2話 レーナは虫の息

「な、なに……?」

 アンナリーザはまだ状況がわかっていないようで、不安そうに私の後ろに隠れる。


 けれど、時は一刻を争う。

 とにかく今、森で襲われている人を助けなくては。

 右手をかざして愛用のロッドを召喚し、飛行魔法をかけて飛び乗る。


「ママはちょっと様子を見てくるからアンは家の中で待ってなさい」

 アンナリーザにそれだけ言うと、私は先程、鳴き声が聞えた方へと向かう。


「待ってよママ!」

 後ろでアンナリーザのぐずる声が聞えたけれど、急がなくては。

 多少の怪我なら回復魔法で治せるけれど、一度死んでしまった人間を元通りに治す魔法は無いのだから。


 鳴き声のした方向にしばらく飛んでいると、すぐに目的の人物は見つかった。

「いやああああああ!!! 来るな! 来るな! 来るな!」

 という叫び声が聞えたからだ。


 声のする方に飛んで行けば、十四、五歳くらいの女の子が巨大な熊のような魔物に襲われていた。

 女の子は熊と対峙しながら猟銃を構えて後ずさるけれど、魔物は獲物を追い詰めるようにじりじりと彼女に近づいていく。


 すぐさま私は氷結魔法で魔物を氷付けにして、地面に降りるついでにそれを粉々に粉砕する。


「大丈夫? 怪我はない!?」

「えっ、あ、はい。さっき転んで擦りむいたくらいです……」

 私が尋ねれば、女の子はポカンとした様子で答えた。


「そう、大した怪我が無くて良かったわ。治癒魔法で治すから傷口を見せてくれる?」

「は、はい……」

 女の子が素直に腕や足の擦り傷を見せてくれたので、私はすぐに彼女の怪我を治療する事が出来た。


「あ、ありがとうございます……」

「いいのよ、困った時はお互い様だものね」

 少し戸惑ったようにお礼を言ってくる女の子に、私はにっこりと笑って返す。


 さっきこの子を襲ってた魔物もアンナリーザが呼び出した魔物なので、そもそもアンナリーザが魔物を召喚しなければ、この子は怪我も怖い思いもしなくて済んだのだけれど……。

 そんな事は言えないので、私は通りすがりの善良な魔術師を装う事にする。


「あの! あっちの方に私だけじゃなくて一緒に狩りに来た他の人もいるんです!」

 焦ったように女の子が言う。

 他にも同行してきた人がいたらしい。

 せめて、まだ生きていてくれたらいいのだけれど。


「わかったわ、案内してちょうだい」

 女の子に案内してもらって後を着いていけば、木に激突して泡を噴いていたおじいさんと、重症で虫の息ではあるものの、まだ意識のある中年の男の人がそれぞれ離れた場所に倒れていた。


 幸い二人共まだ息はあったので、重症な方から治癒魔法で治療していく。

「ありがとうございます。本当に助かりましたよ」

「突然熊に襲われたと思ったら、こんな美人に助けていただけるとは人生何が起こるかわからないものですな! 本当にありがたいことです」

 おじさん達に口々にお礼を言われて、なんだかとても居たたまれない気分になる。


「それにしても、せっかくの大物だったのに、もったいないのう……」

「いや、でもこの肉塊の部分を持って帰ればいけるだろ、氷が溶ければ皮もはげるだろうし……まあ、運ぶのは手間だな」

 そして、さっき私が粉々にした魔物を見ながら、たくましい事を言っている。


 あなた達さっきその魔物に殺されかけてたんだけど!?


「あの、魔術師様、あの魔物の死骸、魔法で運んでもらう事はできるでしょうか?」

 今度は女の子が期待に満ちた目で私を見てくる。

「ま、まあ浮遊魔法を使えば可能ですが……」

 キラキラ輝く瞳になんとなく気圧されつつ私が答えれば、女の子の後ろの二人の目も変わった。


 その後どうなったかと言えば、なぜか私は浮遊魔法で魔物の死骸を三人と村まで運搬する事になった。 しかも途中、同じように魔物に襲われている村人を何人か助けたせいで、運搬する荷物は増え、しかもそれと平行して治癒魔法や戦闘魔法を使ったせいで村に着く頃には私が虫の息だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る