キャプテン・ヘラジカ

木野座間

 本編

「皆、準備はいいか?」


 もう何度目になるだろうか。今日もライオンたちとの戦いの日である。へいげんちほーを舞台とする、幾度にも及ぶヘラジカたちとライオンたちの縄張り合戦。ヘラジカはライオン達が占拠する城を手に入れるため、幾度も戦いを挑んでいる。


 この日の昼ごろ、ヘラジカは今までの戦いのときと同じように仲間を集め、自軍の出撃予定時間まで仲間の様子を見回っていた。ところが、今回はいつもと様子が違った。


「む?カメレオンの姿が見えないな……」


 パンサーカメレオンは自分の優秀な部下のうちの1人である。彼女は時間にルーズではなく、合戦を面倒臭がってサボるようなこともない。ましてや戦いの前に逃げ出すような小心者ではなかった。他の仲間たちと比べると気弱な性格の彼女だが、どの可能性も考えられなかった。


 それでは彼女はどこへ行ってしまったのだろうか。彼女がどこにいるか、仲間のフレンズに聞いてみたが、先ほどから見ていないという。しばらく彼女を探しながら歩き回り、縄張りの端までたどり着いた。そこで何気なくライオン達の城の方角を見たとき、ふと、ヘラジカの脳裏に嫌な予感がよぎった。


「まさか…ライオンたちの元へ1人で向かったのか!?」


 普段はおどおどしているが、いつも一緒に戦ってくれる彼女の事だ。きっとそうに違いない。ヘラジカはすぐさま、ライオン達の城の方角へと一目散に走った。







「懲りずにまた来たのか!」


 大急ぎで自軍の陣地を飛び出してきたヘラジカの前に立ちはだかったのは、それぞれが大きなツノを持つ2人のフレンズ。オーロックスとアラビアオリックスだ。


「1人で来るとはな!いつも通り蹴散らしてやる」


 ヘラジカは彼女らをみとめるなり辺りを見渡したが、パンサーカメレオンの姿は確認できない。いつも前線に出てくる目の前の2人が健在ということは、もしかして彼女はライオン達に捕まってしまったのだろうか。早く相手を蹴散らして、救出に向かわなければなるまい。ヘラジカは2人にしゃにむに飛びかかった。


「先に散っていったカメレオンのためにも……覚悟ぉ!」


「こいつ、何の話をしてるんだ?」


 いつにも増して険しい表情のヘラジカを前に、オーロックスは当惑した様子で呟いた。


 力自慢のヘラジカは、単純なパワーにおいて誰にも引けを取らない自信があった。

だが、チームプレーの得意なけものを2人も相手にするのはいささか分が悪かった。2つの方向からの巧みな連携攻撃は、かわすだけで精一杯で、反撃の機会を得ることができず、体力だけを次第に消耗していった。このままではらちが明かず、やられてしまうかもしれない。


 というか、焦って飛び出してきたが、よく考えてみれば、残ってる仲間も引き連れてくればよかったのではないか?それに気付いたヘラジカは、一旦態勢を立て直すことに決めた。進んできた後方に一瞥いちべつをくれると、相手の2人から素早く距離を取った。


「やむを得ん、一時撤退!」


 そのまま踵を返すと、即座に振り向きながら、


「すぐにここへ優秀な仲間を連れてくるぞ!覚えていろ~!」


 と叫び、自分の陣地へと駆け出していった。


「一体なんだったんだ?」


「さあ?」


 オーロックスとアラビアオリックスは収まりが悪いといった風に互いの顔を見合わると、小さくなっていくヘラジカの背中を呆然と見送った。そして、どこか様子のおかしかったヘラジカに戸惑いを覚えつつも、取りあえずその場で警戒しつつ待ってみることにした。





 ヘラジカたちの縄張りでは、フレンズたちがやっと異変に気付き始めていた。


「ところで、ヘラジカさまはどこに行ったの?」


 オオアルマジロは仲間のフレンズのうち、誰にというのでもなく尋ねた。


「そういえばさっき、カメレオンを見てないかって聞いてきてから、姿を見てませんわ」


 と、シロサイ。その様子を見ていたハシビロコウがもしかして、と呟く。


「ライオン達のところまで、1人で探しに行ったのかも」


 その発言を聞いて、確かにその時から見てないな、それってまずくないか、なんでそんな無茶なことを、などと、フレンズが口々にざわつきだす。そのどよめきに、気の抜けた声が1人。


「ふぁぁ……あれ?みんなどうしたでござるか?」


 フレンズたちのすぐ近くに、大きなあくびをしたカメレオンがいた。


「「えー!?」」


 カメレオン以外の、その場の全員が驚く。


「寝てただけみたいですわね……」


 とシロサイが呆れ気味に言った。



「合戦の前に透明化の練習をしてたら、疲れてそのままうっかり……。それにしても、みんなどうしたでござるか?」


「カメレオンがライオン達のところへ向かったと思って、1人で合戦に行っちゃったんだよ!」


 オオアルマジロは答え、直後にたぶん、と付け加えた。


「ええ!?ど、どうしよう……」


 今度はパンサーカメレオンが驚いた。顔面蒼白がんめんそうはくといった様子で、目の焦点が覚束おぼつかなくなる。



 そのとき、こちらへ向かってくる人影に、アフリカタテガミヤマアラシがいち早く気付いた。


「あっ!ヘラジカさまが帰ってきたです!」


 その場にいた者が一斉に顔を向けた。

 おかえり、無事だったの、と歓迎の声を飛ばす顔の中に、ヘラジカはパンサーカメレオンの顔を見つけ、そして言った。


「なんだ!カメレオンは帰ってきてたのか!」


 ヘラジカは安堵あんどした様子で大声で笑った。パンサーカメレオンはライオンの顔をうかがいながら、恐る恐る尋ねた。


「お、怒ってないでござるか……?」


「なんで怒る必要があるんだ?カメレオンが無事で何よりだ」


 ヘラジカはパンサーカメレオンに微笑んだ。そして、フレンズ1人1人の顔を見ると、なんとも愉悦ゆえつそうに言った。


「それより、皆揃ったことだし、お祝いに皆でご飯にでもするか!」


「「おおー!!」」


 フレンズ達は、力いっぱい賛成の声を上げるのだった。






 その日の夕方。

 へいげんちほーの中央で、手持ち無沙汰ぶさたな様子で佇む2人に、後ろから話しかける人影が1人。


「ねーえ、もう終わった?ご飯にするからいい加減帰ろうよ」


「ああ、ニホンツキノワグマか」


 2人は彼女を見とめると、元向いていた方向へ顔を戻した。ツキノワグマは怪訝けげんそうに尋ねた。


「どうしたの?」


「合戦の約束が……」


 オーロックスとアラビアオリックスは、ヘラジカが去っていった方向を見つめ、途方に暮れていたのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

キャプテン・ヘラジカ 木野座間 @pank_bank_man

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ