イントロダクション@勇者とマオウの邂逅、後編

 我は待っている。

 ラジオブースを背後に、キャスター付きの椅子に座って勇者たちが来たるのを。

 水晶玉は地下666階の遥か上にある景色、魔王城2階の様子を映し出していた。

 今ちょうど、勇者が椅子のスイッチを押して床全てが開いて落下してきた所である。間もなく勇者たちはここに辿り着くだろう。


 落下音が聞こえてきた。勇者たちがとうとうここに来たのだ。落下の衝撃はあらかじめ落下点に浮遊魔術レビテイトを敷くことで緩和している。これも我の優しさという奴だ。

 

「なんなんだよ一体……。ん、あそこに居るのはもしかして」


 勇者が体に付着した埃を払いながら立ち上がる。

 何度となくイメージトレーニングしたセリフを喉元から我は絞り出す。

 

「ようこそ勇者諸君。我こそが本物のマオウである」


 なるだけ威厳を保ちながら言ってやった。完璧だ。勇者たちの表情が一層険しいものになっているのがその証拠だ。


「そして私がマオウ様の秘書であり助手のユミルです。なお、私は今回におきましてはただの傍観者です。勇者様ご一行は安心してマオウ様に立ち向かってください」


 傍らに佇むユミルは慇懃無礼なセリフを並べ立てる。内心は自分が露払いしたいと思っているだろうに、我のワガママに付き合ってくれるのは正直有難い。

 即座に臨戦態勢に入る勇者たち。

 我の力量に気づいているようで、一切の油断が無い。流石は数多の苦難を乗り越えてここまで辿り着いただけはある。なるべく平静を保ちつつ我は言う。


「すぐに剣を抜くとは全く、穏やかじゃないね。余裕が見られないな」


「全くその通りだよ。お前を見てすぐに分かった。間違いなく本物の魔王だ」


 勇者の額からは冷や汗が流れている。いや、パーティの誰からも。

 ふふふ、もっと恐れるがよいぞ。


「せっかくここまで来たのだ。少し我と遊んでもらえぬかな」


 我は立ち上がり、両手に闇の障壁を張った。これは武器にも防具にもなる便利なものであり、自由自在に変形もできる優れものだ。


「罪のない人々を苦しめる大魔王め。今ここでお前を闇の中に帰してやるぜ!」


 まずイリーナが突進してきたが、そこはそれ。既に我は弱点を把握している。


「まずひとり」


 我は突進してくるイリーナを躱し、顔に幻覚を見せる魔術を掛けた。するとイリーナは途端に顔を紅潮させて身悶えている。


「インキュバス、あとは任せたぞ」


 我の影からまごう事無きイケメンの男が現れ、イリーナをどこぞへと案内し始める。存分にやってくれたまえ。


「あん♡ ダメです勇者様♡ アタシはまだ心の準備が……♡」


 これで一丁上がりである。まったくイリーナは本当にちょろいな。


「貴様、イリーナに何をした!」


 モンクのヤンが我に問う。


「何、幻覚を見せてやっただけだ。イリーナが心の底から思っている願望をな。インキュバスはサービスだ」


「……やっぱりか」


 勇者は頭を抱えていた。うんうん、君がイリーナにどれだけアプローチを掛けられて苦しんでいたか我は知っているよ。


「ラジオへの情報提供、感謝しているよ勇者殿」


「恐ろしいほど簡単に引っかかるのもどうかとは思いますがね」


 ユミルが冷たい目でイリーナが運ばれていった方向を見ている。

 こうやって収集した弱点を突く事により、無駄な戦闘をせずに済む。リソースの節約という奴だ。


「そしてヤン君。君も堅物を気取ってはいるがその実、渦巻く欲望を抱えている事だって我は知っているのだ」


 我は手を振り上げる。それが合図だ。

 ヤンの背後にサキュバスとインキュバスのコンビが姿を現した。


「なっ! 何時の間に!?」


「簡単な事だ。君の人影の中に二人を潜ませておいたのだよ。……おい、彼に幸せな夢をしばらく見させてやれ」


 サキュバスとインキュバスは二人がかりで誘惑を掛けると、あっという間にヤンも床に倒れて身悶える。


「い、いかんぞ兄妹でこのような事は! お、弟までどうした、正気を失ったのか! ぬおおおお!」


 ロリショタコンの上に近親とかこいつの業はどれだけ深いんだよ。先ほどと同じようにヤンもどこぞへと運ばれていった。


「さて次だ。僧侶の君は確か……パウロとか言ったかな?」


 我が指をさすとパウロは肩をすくめて答える。


「やれやれ。あの二人は色欲に未だに囚われているからそうなっただけだ」


「君は違うとでも言うのかね? 我には同じようにしか見えぬが」


 我が問うと、パウロは指を振って否定する。


「全く違うさ。私は欲望はコントロールする為にあると思っていてね。適度に発散するのが一番なのだと心得ているよ。だからあのような手は私には通じない」


 なるほど、一見道理に聞こえる理屈だ。


「では違う方向からのアプローチをしてみるとしよう」


 我が懐から取り出した瓶を見て、パウロの目の色が変わる。


「そ、それは……! 数百年に一本できるかできないかとか言われるワインの銘柄、天使の雫じゃないか!! なんでお前が持っているんだ!?」


「我くらい財力があればこれくらいはなんてことはないのだよ。飲みたいか?」


「ググッ……」


「だが我は優しいからな、君にこれを飲ませるのもやぶさかではないよ」


 パウロの喉が生唾を飲み下す音が聞こえる。欲望をコントロールという文言が聞いてあきれるな。


「ワインには付け合わせが必要だ。ヴァルディア特産のチーズやアーロン王国の牛の肉の干物なんかも取り揃えてあるぞ。これで飲まずに居られるか? いやむしろ飲んで味を確かめるべきだと我は思うがね」


「ほ、ほ、本当に、いいのか?」


「遠慮はするな。どうせアレは我にとってはコレクションの一つにすぎぬ。存分に今宵は飲み明かすがよい」


 言うや否やパウロは我の手からワインの瓶をひったくるように取り、つまみが用意されているテーブルに向かい、手酌でワインを飲み始めた。

 そしてあっという間に酩酊し、パウロは倒れる。

 馬鹿め。あれは味こそは天使の雫とやらと同じだが、アルコール度数は遥かに高い奴だ。この土地で初めて醸されたワイン「悪魔の涙」の味はお気に召したかな?

 

「さて、残るは三人だ」


 我が振り返ると、勇者、ギデオン、エルケが三人の惨状を呆れながら見ていた。


「全くこれだから欲望に忠実な連中は駄目なんだ」


 ギデオンが一刀両断する。


「とはいえ、君だってパウロと似たようなものだろう」


 我が言うと、ギデオンは笑って切り捨てる。


「あんなのと一緒にされてはたまらんな」


「時にギデオン君。君は魔術の深遠を究めようとしているらしいじゃないか」


「それがどうした」


「我が書き記した魔術書に興味はないかね?」


 懐から我が一冊のハードカバーの本を取り出すと、ギデオンの目の色が変わった。

 

「それは本当なのか……。魔王直筆の魔術書だと?」


「君が来ると聞いてな、我は親切だからまとめたのだよ。君の為に綴った本だ。今まで魔族が使っていた魔術や我ら魔王のみが使う禁術を体系的に、エルフ語で書いたものだ」


 ギデオンの表情はまさに喉から手が出る程ほしいと言わんばかりの、悶絶したものになっている。そう、彼もパウロと何も変わらない。酒が魔術の知識に変わっただけだ。自らが欲するものを与えると言われて、誰が断る事などできようか?


「もし良かったら、我ら魔族の図書館にも後で案内しようと思うが如何かな? 今掲げている杖を下ろしてくれたらば」


「今すぐ降ろすからまずはその本を読ませてくれ!」


 我の元にギデオンが恐る恐る近づき、本を要求する。我がギデオンの手にそれを授けてやると、もう既にギデオンの瞳は少年のようにキラキラと輝いていた。


「なんなら机と椅子もこちらに用意したぞ。ゆっくりと読みたまえよ」


「う、うむ」


 ギデオンは我が進めるがままに、木製でがっしりとした作りの椅子に座り、本を机に置いてじっくりと読む姿勢に入った。こうなると、もう彼はしばらくは本にかじりついたまま離れないだろう。魔術を究める姿勢は見習いたいものだな。

 残るは二人。


「うん?」


 勇者だけ残して、あと一人忍者のエルケの姿が無い。何処へ行った?


「マオウ様、背後です!」

 

 ユミルの声ではない、男の声が聞こえて我は反射的に背後に障壁を張った。

 瞬間、金属を弾く音が聞こえ、次いで舌打ちが聞こえてくる。


「邪魔が入った」


 エルケは気配を消し、我の背後まで迫っていたのである。近くにいた筈のユミルすら気づかぬ隠密のスキル持ちとはやるではないか。

 察知された今は勇者の元へと戻り、忍び刀を改めて構え直した。しかしこのハーフフットの娘、珍しいな。普通の盗賊なら次に目指す職業はレンジャーか暗殺者だというのに忍者か。


「マオウ様」


 我の目の前に、すっと一つの影が浮かび上がる。先ほどの声の主だ。

 影から出てきたのは黒衣の忍者装束に身を包んだ、油断のない男。視線は冷徹に勇者たちを見据えている。


「なんだハンゾウ。我と勇者たちの戯れを邪魔するつもりか」


「命の危険がありました故」


「全く無粋な奴だ」


「我ら忍びは主君の命を守る事こそ第一です。いかにマオウ様のご命令と言えどもこれだけは聞けませぬ」


 ハンゾウが背中の鞘から忍び刀を取り出し、勇者たちに対して刀を向ける。


「勝負だ、勇者とやら……?」


 ハンゾウが刀を構えた所で異変に気付く。

 エルケの瞳が、先ほどのギデオンの様に輝いている事に。そしてハンゾウにあっという間に近づき、なにやら質問攻めを始めたのだ。


「すっげー! もしかしてアンタ、本物のハットリハンゾウか!?」


「あ、ああ、そうだが」


 エルケの純粋な憧れの様子にすっかり毒気を抜かれて困惑しているハンゾウ。


「もしかして、フウマのコタロウとかも居るのか!? 伊賀と甲賀の忍者も!?」


「……いるぞ」


「すげえ! すげえよ! ヒノモトノクニで聞いた伝説の忍者が今この目の前にいるなんて信じられない! なあ、ハンゾウさん。忍者の話、詳しく聞かせてくれない?」


 エルケはハンゾウにぐいぐいと体を密着する勢いで近寄り、ハンゾウは困惑するばかりである。すっかり困り果てて、視線をこちらに向けるハンゾウ。


「折角だから話をしてやれハンゾウ。忍者屋敷でゆっくりとな」


「承知いたした。ではエルケ殿。こちらへ」


 そしてエルケとハンゾウは奥へと消えていった。

 彼女に関しては情報が少なかったので、少しばかりガチで戦わなくてはいけないかと思っていたが、予想外な所で助け船があった。まあハーフフットは物好きが多いからな、さもありなんと言った所か。

 あとひとり。


「さて勇者殿、最後に残ったのはお主だけだがどうするね?」


「揃いも揃って、役に立たない奴らばっかりで本当に参るよ」

 

 と言いつつ、勇者は一人になっても戦意を失っていないのか剣に光属性のエンチャントを施し始めた。戦う気満々か。


「いいじゃないか。一対一の勝負、久しぶりにやってやろう」

 

 我も武闘家のように左手を前にした構えをとり、勇者が来るのを待つ。


「おおおおおおっ!」


 勇者は駆け出し、我に対して剣を横に薙ぎ払う。

 薙ぎ払いに対し、我は左手に展開した闇の障壁で防御する。

 剣はぐにゃりと障壁を捻じ曲げるが、それ以上刃が食い込むことはない。

 剣の一撃を障壁が受けると、そこから亡者たちが泣き喚きながら飛び出して勇者に向かっていく。


「な、なんだこいつら!」


 慌てて勇者は剣で亡者たちを斬り倒す。斬られた亡者はそのまま倒れ伏し、闇に溶けて消えた。


「我が闇の障壁の最大の利点よ。受ければ自動的にこうやって亡者が飛び出し、敵を襲ってくれる」


「くそ、変な防御手段持ちやがって。負けるものかよ!」


 勇者は踏み込み、今度は障壁を避けて我の体を縦一文字に切り裂こうと剣を下から振り上げる……が。


「まだまだ甘いな」


 力が入った剣の軌道は読みやすい。

 我はほんの少し体を後ろに移動させ、右手の指二本で剣の切っ先をつまんだ。


「なっ!?」


 驚いた勇者は我が指から逃れようと力を込めるが、剣は全く動かない。当たり前だ。我の純粋な腕力、もとい指の力を舐めてもらっては困る。見た目骸骨でもそこらのサイクロプスよりもはるかに我が力は強いのだ。流石にゴルドには負けるがな。

 そして密着せんとばかりに我と勇者の距離は近づいたので、せっかくだからまじまじと勇者の顔を眺めてみた。人間の顔、実は我にはあんまり区別がつかんのよな。

 どちらかと言えばその人物がまとっている雰囲気や魔力なんかで区別しているんだが……。


「おや? なんだかお前はどこかで会った気がするぞ」


「ボクはお前なんか見たことも無いぞ! 気のせいじゃないのか」


「いや確かに、この匂い……。12万年前のあの時、我が召喚された時の人物と同じ匂いだ。そう、確かハシモトユウスケとか言ったか」


「な、なぜボクのフルネームを知っている!?」


「ああ。そういえばその時はこの姿ではなかったな」


 我は一旦剣を離して距離を取り、姿を骸骨から人の何倍もの大きさの黒い狼に変えた。その姿を見て、勇者は驚愕し震える手でこちらを指さす。


「お、お前はロキトゥスとか言う大悪魔じゃないか! 何でこんなところで魔王なんかやってんだ?」


「いやいや、魔王こそが我が本職なのだよユウスケ君。まさか君が勇者ハッシーだとは思わなかったが」


 彼が勇者ハッシーと分かれば話は早い。我は障壁をしまい、体を纏っている敵意のオーラを発するのをやめて敵対的意思が無い事を示す。

 勇者、もといハシモトユウスケも我の意思を汲み取ってか剣を鞘にしまった。


「積もる話もしたい所だが、我は君と一緒にやりたいことがあるのだ」


「やりたいこと? それは一体」


「全く、君は我のラジオにハガキを投稿しているというのに察しが悪いな」


 勇者はしばらく顎に手を当ててて考え込み、やがて閃いたかのようにポンと手を叩いた。


「まさか、ラジオ放送?」


「その通りだよ。一緒にブースまで来てくれ。早速放送だ」


 我は勇者をブースに追いやり、無理やりマイクの前に座らせる。

 我とユミルはその向かい側に座った。ようやく心待ちにしていたゲストを迎えられて、我は心が躍っている。やるぞ。


「ええ、ちょっと待ってよ! まだ心の準備が!」

 

「マオウ様。準備OKです」

 

 さあ、これよりDJマオウのデッドオブナイトラジオ特別篇のはじまりだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る