五将軍との緊急会議


 ラジオ放送終了後、すぐさま我が魔王軍司令部直下の五将軍達に召集を掛ける。

 将軍たちはすぐさま召集に応じて転移の魔法で魔王城の会議室に来ているらしい。

 彼らはすでにそれぞれの指定された椅子に座り、大魔王が来るのを待っている。

 我がユミルを伴って会議室の扉を開くと、五将軍の視線が我に注がれた。


「マオウ様、来ましたか」


「全く待ちくたびれましたぞ」


「大魔王が部下よりも早く来ては貫禄がなかろうが」


 我は笑いながら部屋の一番奥の立派な椅子に腰を下ろした。

 我に声を掛けた二人の将軍は魔王軍第一軍と第二軍の将軍、ゴルドとラルドである。彼らは双子の兄弟だが、その戦い方のスタイルは全く異なる。


 ゴルドはどのような攻撃であろうとも耐えきる程の、デモン鋼で作られた重厚な鎧を着て、生半可な攻撃は一切弾くドラゴンの頭でさえも一刀両断する大斧を振るう。巨人が扱う大振りな得物を、人間と同じような背丈の彼が軽々と振るうのはまさに常人から外れた膂力を持っているからこそである。

 

 対してラルドはゴルドとは対照的に、鎧の類は一切着ない。

 暗殺者が着るような漆黒の服を着用し、両手には虹色に煌めく曲刀を持ち、目にも止まらぬ早業で風のように相手の横をすり抜けると同時に幾多もの斬撃を加える。敵は斬られた事にすら気づかぬまま死ぬ。今はその曲刀も椅子の横に立てかけてある。

 二人とも戦いの質は全く異なるものの、我が魔王軍における物理攻撃のエキスパートである。


「やれやれ、散々マオウ様に進言していた事がとうとう現実となりましたか」


「だから早いうちに潰した方が良いと言っておりましたのにのう」


 テーブルをはさんでゴルド、ラルドの丁度向かい側の椅子に座っているのは第三軍と第四軍の将軍、魔術師のンシドゥムと僧侶のケルフィアである。


 ンシドゥムは黒のローブに身を包み、行儀悪く肘杖を突いている。その肉体は干からびて半ばミイラ化している。死霊術を最も得意とし、特にゾンビやスケルトンの探求に余念がない。アンデッドの種類が豊富なのは彼の研究の賜物である。勿論他の魔術にも長けているが。


 ケルフィアは地上の人間達が着るような修道士の服を着ているが、それもまた漆黒で染められている。彼は闇の僧侶であり、人心をかどわかす堕落の奇蹟を使いこなす。また死の言葉のエキスパートでもあり、この奇蹟を以って死に至らしめた人間は数えきれないほどである。

 ヤギと人間のハーフのような獣人の姿をしており、誰かを思い起こさせる。


 二人とも今回の事を受け、気だるそうな雰囲気を隠そうともしない。全く、魔術師や僧侶と言った人種は何故物事を楽しむ余裕がないのか。


「……」


 そして最後の5つ目の椅子に座るのは、我らがDJマオウのデッドオブナイトラジオのディレクターであり、遊撃部隊と補給を担当する宵闇の伯爵ことデュラン公である。彼は目を閉じて口を結び、腕組みをしながら何かを思案しているようにも見える。我は咳払いし、最初の一言を発する。


「先ほど、勇者たちが我々に向かって明確な宣戦布告を行ってきた」


 その言葉を聞き、にわかに将軍たちの顔色が変わる。

 ゴルドとラルドは待ちわびたと言わんばかりの表情に。ンシドゥムとケルフィアは額に皺を作り、難色を示す。デュランは未だ無表情のまま。


「ついにこの日が来ましたか! 1000年もの間、鍛錬のみで時を過ごすのは飽きましたからなあ! 存分にマオウ様の為に腕を振るえるいい機会ですぞ!」


「同感だ兄弟よ。彼奴らを深淵の仲間にしてやろう」


「いやいや少し待ちたまえよ馬鹿兄弟。わざわざこちらにまで危険の種を来させる必要はなかろうよ」


「その通りだ。魔王城に到達する前の山岳地帯や洞窟で罠を張って倒してしまえばよかろうが。マオウ様をわざわざ危険な目に遭わせるわけにはいかんだろうが」


 四人の言い分は異なるが、彼らの思惑は実に理解できる。

 戦士であり武人であるゴルド、ラルドは自らの力を示す良い機会である。

 逆に術師である二人はいかに安全に敵を排除するかを考えている。

 スタンスの違いこそあれ、全員が我が魔王軍の為に力を、知恵を尽くそうとしている。彼らの忠誠心は我が魔王軍にとっては最も有難いものだ。

 もっとも、これから我が言おうとしている事は、その彼らの想いをないがしろにするものではあるが。


「皆、少し静かにしてもらえないか」


 我が言うと、4人はあれだけの議論を交わしていたにも関わらず、ぴたりと黙り込んだ。


「皆の考えはよく理解した。その上で聞いてもらいたい」


 ごくりと誰かが固唾を呑み込む音がした。


「今回、将軍達の手を煩わせるつもりはない」


「と言いますと?」


 ゴルドが怪訝な表情で我に問う。


「我一人で勇者たちの相手をするつもりだ」


「……納得できませんね。何故そんな事をするのか、理由を聞きたいのですが」


 次いでラルドも口を開く。ゴルドと同じように理解できないと言った雰囲気だ。

 魔術師二人組は目を見開き、いったいどういうつもりなのだと困惑の色を隠せない。


「我がラジオをやっているのは諸君も知っての通りだろう。我が居城を脅かそうとしている勇者ハッシーがラジオに投稿をしていたことも」


「……それが一体何の関係があるのですか。そもそも、マオウ様はそのラジオとやらで軍の機密をべらべらしゃべったりとまるで益が無い事をなさっているでしょうが。俺はラジオなどという訳のわからない事を始める事自体まず反対だったのです。今回勇者がまんまと魔王城まで来れる事態になったのも、ラジオのせいでしょうが」


 ゴルドが元々抱えていた不満を爆発させる。ラルドも頷いて同調を示している。

 武人コンビが我のラジオにあまり良い感情を持っていない事は知っていたが、ここまで率直に言われるとは思っていなかった。


「だが、そのラジオのおかげで我々は勇者たちの弱点も知っているぞ」


 その一言を聞き、武人コンビの目が見開かれる。


「弱点? 一体それはなんですか?」


「それを知っているのはラジオのリスナーと我々関係者のみだ。リスナーではない諸君らには教えたくないな。知りたければラジオを聞け」


「……今更そんなものを聞く気にもなりませんな」


「全く堅物だな。まあ、それよりももっと重大な任務を君たちには授けようと我は思っているのだが」


 ンシドゥムが不思議だと言わんばかりに口を挟む。


「勇者の相手よりも重大な任務など、考えも及びませぬが一体何をさせるつもりですか」


「それについては私が答えよう」


 先ほどまでずっと沈黙を貫いていたデュランが口を開いた。

 四将軍の視線がデュランに注がれる。


「マオウ様も退屈しておられるのだよ。故に勇者の相手をしたい。退屈はお主らも同じことだろうがな。なあ、ゴルド、ラルドよ。訓練ばかりでは気も抜けようが」


「だからなんだというのだ。勇者の相手以上に血が滾る相手など居るのか?」


 デュランは笑みを作る。


「居るぞ。アゼル様だ」


 デュランがその人物の名前を言った時、ゴルドとラルドの表情がひきつった。


「アゼル様……? 一体何のために前王様を相手にせねばならんのだ?」


「勇者が来たる日、まず間違いなく我が父親も勇者の姿を一目見ようとするだろう。そして我一人で相手しようにも、絶対に横槍を入れてくる。容易に想像出来て腹が立つ。賭けにもならんよ」


 ゴルドとラルドは顔をお互いに見合わせる。

 そして魔術師二人組は明らかに怯えていた。

 彼ら五将軍は父さんが大魔王だった時代にも将軍職に就いており、父さんが最も苛烈な時代も知っている。

 それだけに腰が引けるのも仕方がないのかもしれない。

 デュランを除いては。


「何。アゼル様に勝とうだなんて私は一言も言っておらんよ」


 髭を撫でながらデュランが答える。我も頷く。


「その通りだ。要は我が勇者の相手をしている時の時間稼ぎをしてもらえばいい。勇者の相手が終わった後、我が父親の相手をする」


「して、その時間稼ぎとは如何ほどやればよろしいので?」


 用心深い僧侶のケルフィアが伺う。


「そうだな。一日もやってもらえれば十分だ」


 五将軍の誰もが額に皺をよせ、頭に手を当てている。


「難しいかな?」


 我が問うと、ンシドゥムが重苦しい雰囲気で一言つぶやく。


「マオウ様ほど我らは力を持っておりませんでな。まあ今から入念に準備をして、打ち合わせを何度もやって、その上で連携が上手く取れればまあ、今のアゼル様ならなんとか一日くらいの時間は捻出できるとは思いますが」


「しかし、まさかアゼル様に戦いを挑むとはな……。思えばあのお方とはまともに戦った事が無い。一度やってみたかった相手ではある」


 ゴルドとラルドは早くも闘志を燃やしているように見えた。


「まあ、そういう事ならば致し方ない。やれるだけやりましょう」


 腹を括ったかのようにケルフィアがつぶやいた。


「そうと決まれば早速準備に取り掛かろう。議題は以上ですかマオウ様」


「うむ」


「では解散! 後は各々打ち合わせなどを行って必要なものがあればユミルに連絡してくれ」


 デュランが言うと、他の将軍達は足早に会議室を去り、会議はあっけなく終了した。会議室に残されたのは我とデュラン、そしてユミルの三人のみだ。

 デュランが冷や汗を拭くためのハンカチを懐から取り出し、苦笑いを浮かべる。


「いやあ、しかし変なツッコミをされなくてよかったですよ」


「まさか勇者をラジオに出演させたいから、なんてあの四人の前では言えませんからね」


 ユミルも口を手で抑えて笑う。


「あくまで我の愉しみの為に、退屈しのぎのために相手にするのは間違いではない」


「その通りではございますが」


「我に意見をまともに言える者など、ろくにおらんからな。悲しい事ではあるが。しかしデュラン、ユミル。君ら二人は我にとっては得難き部下であるのは間違いない」


「光栄でございます。しかしアゼル様の相手ですか……。気が重いですね。本気になったアゼル様、本当に強いんだよな」


「お主ら五将軍が束になって掛かってもか?」

 

「我らが入念に準備して、作戦をキッチリ練って、神を打倒すべく秘匿していた武器防具、マジックアイテムを倉庫から引っ張り出してようやく一日時間稼ぎができるか、ですからね。全盛期なら一時間持てばいい方です」


 父の事はどうやら我は甘く見積もっていたようだ。

 というか、普段からケンカなりいがみ合ったりしているせいかイマイチ父の実力というものをよくわかってないのが実情である。

 まあ、父も我に対しては本気でかかってこないからというのもあるのだが。


「なんにせよ、次回のDJマオウラジオはデュラン達五将軍がどれだけ時間を稼げるかに番組の運命が掛かっていると言える。責任重大だぞ」


「心に刻んでおきます。では、私もそろそろ準備をせねばなりませんので失礼します。アゼル様の相手をするとなればいくら資材や時間があっても足りませんのでな」


 そう言い、宵闇の伯爵デュランも会議室を後にする。

 ユミルが我の顔を見て言った。


「それではマオウ様、次回のラジオの打ち合わせをしましょうか」


「そうだな。いったん下のブースに戻ろうか」


 様々な意味で、勇者が訪れる日が実に楽しみだ。

 1000年振りの勇者は一体どのような者であろうか。

 彼らパーティーの面々はどのような人物たちなのか。

 この心が躍るような気持ちは久しく味わっていなかった。

 我らも会議室を出てエレベーターに乗っていると、ユミルもなぜか笑顔を浮かべている。


「ユミルよ、何か楽しいのかね」


「マオウ様が楽しそうにしているからです」


「そうかな? 我の骨のような顔で表情なんかわからんだろうが」


「雰囲気でそれくらいわかりますよ。何年マオウ様のそばに居ると思っているんですか」


 なるほど。それは確かに。


「次の放送は今までで一番のものにしたいな」


「そうですね。絶対にそうしましょう」


 決意を胸に、我らはエレベーターで下へと降りていく。

 我らの巣穴へ。

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