名探偵退場

そして新たな幕が開く

「――さよなら」


 眩しい朝陽が降り注ぐなかに、そんな声を聞いた気がして、ナマケモノは目を覚ましました。

「ふぁ~ぁ」

 大欠伸して、辺りを見廻します。

「……あれ?」

 周囲には誰もいません。

 まあいいか、と二度寝をしようと思い――。

「……いや」

 思い直して地面に降りました。

 落ち葉を踏み、林のなか、ゆっくりと歩を進めていきます。所々に残る足跡や、枝葉の折れた跡を辿って行くと、すぐにそこへ着きました。


「わっ」

 突然の眩しさに、思わず片手を翳し、顔をそむけます。

 薄目を開けて見ると、きらきらした光が彼女の顔を照らしていました。

「……あぁ」

 手を下ろし、納得したように頷きます。

 目の前に広がるのは、

 海。

 碧い海が、朝陽を反射して煌めいています。

 気持ちのいい朝の風景を、彼女がなんとはなしに眺めていると、

「ん?」

 海を前にして、佇む影がひとつ。

 こちらに背を向け、冷たい潮風に、その髪とマフラーを揺らしています。


 名前を呼ばれたような気がして、アミメキリンは振り返りました。

「……ナマケモノ」

「どうしたのキリン、こんな朝早く……」

 砂浜に足跡を残して、ナマケモノがのんびりした仕草でやってきます。

「ま、ちょっとね」

「……ふぅん」

 ふたりは並んで、腰を下ろしました。

 寄せては返す波の音だけが耳朶を打ちます。

 しばらくの沈黙の後、ふいにナマケモノが口を開きました。

「ルーシー、どうしてるかなぁ」

「さあ……。変なことしないといいけど」

 名探偵でも解けない謎を作る、と息巻いて、突然飛び出していった彼女のことを思い出し、ふたりはすこし笑いました。


「……これからどうしようか、わたしたち」

 つぶやいて、ナマケモノは膝の上に頭を乗せます。

「私は名探偵を続けるけど……、ナマケモノはどうする?」

 キリンは軽く首を傾けます。

「どうしよう……」

 名探偵と、探偵。思えば、随分長い付き合いのような気がします。

 あの日ぶつかって、それが始まりでした。

 返事を迷っていると、突然キリンが耳を動かし、勢いよく立ち上がりました。

「私はひとりでも行くわよ! パーク中にこの名が轟く、その日まで!」

 キリンの姿を、ナマケモノは眩しそうに見上げました。

 そして、小さく微笑みます。

「うん、わたしも行くよ」

「……そう」

 続けてなにかを言い掛けて、キリンは口を閉じました。

 代わりに海を指差して叫びます。

「それなら、来たわよナマケモノ!」

「……なにが?」

 首を傾げて指の先を追うと、海のなかを、白波を立て、何者かがこちらへやって来ます。

「……あれは」

 滑るように海を泳ぐ影は、あっという間に大きくなりました。

「ふーっ」

 ざばりと海から上がり、姿を現した彼女に、名探偵は胸を張って訊ねます。

「話は聞いてるわ――あなたが、新しい依頼人ね?」


 依頼人がやって来た、朝凪の水面――。

 生まれた波紋が、やがて広がり、消えてゆく。

 ナマケモノはその様を、じっと見つめていました。




 おわり

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

名探偵アミメキリン @udon_CO

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ