千客万来

 ここはロッジアリツカ。

 オーナーであるアリツカゲラは、ロビーに集まったフレンズの数を見て、目を回していました。

「えっと、しゅ、宿泊の方ですか? そちらも、そちらの方も?」

 それなりの広さがあるロビーでしたが、一堂に会したフレンズたちが、ばらばらに返答するので、なにを言っているのだかわかりません。

「ええっとぉ……」

 困惑する彼女の前に、ひとりのフレンズが進み出ました。

「すこし静かにして! 私が代表で話すわ!」

 ロビーは水を打ったように静まり返りました。

「ソーリ―、驚かせてしまってごめんなさいね。ちょっとばかり、訊ねたいことがあるんだけれど」

 そう言ったのは、白い髪に大きな翼をもつ――キャプテンでした。

「はい、なんでしょうか?」

「アミメキリンがいまどこにいるか、ご存知ないかしら?」

 その言葉に、背後に立ち並ぶフレンズたちが、一斉に首を縦に振りました。

「えっと……、どういうことでしょうか?」



 すこし時間は戻ります。

「はぁ、キリン殿……、でありますか? 謎を解く?」

 プレーリーは、怪訝な顔でクララを見上げました。

「そうよ……。奇々怪々な事件も、彼女ならきっと解けるはず……。知らないの……?」

「いえ、知っていることは知っているでありますが……」

 プレーリーは困惑して、ビーバーの顔を見ます。

「しかしキリン殿は、そんな方だったでありましょうか……?」

「俺っちも知らないっす。たしかに名探偵と名乗っていたのは聞いたっすが……」

 ビーバーは首を振りました。

 少なくとも彼女たちの記憶にあるキリンは、複雑な謎を解けるような人物ではありませんでした。しかしクララが嘘を言うとも考えにくく……。

「その……、キリン殿であったら、この湖の水が消えた謎も解ける、と?」

 プレーリーが呼びかけると、クララは当然のように頷きました。

「そうなの……。呼んできてあげましょうか?」

「まぁ、謎が解けるならありがたいでありますが……」

「わかった……。じゃあ、行ってくるね……」

 つぶやいて、クララはすぐさま空へ飛びあがります。

「うわぁ!」

 ふたりが驚く前で、彼女は振り返りもせず、ばっさばっさと翼をはばたかせました。小さくなる彼女の後姿に、思わずプレーリーが叫びます。

「あのぉー! キリン殿がいまどこにいるか、わかるんでありますかぁー?」

「…………」

 声が聴こえなかったのか、なにも応えず、クララは飛び去ってしまいました。

 その姿が見えなくなったころ、ふとプレーリーが口を開きました。

「……しかし、今後どうするでありますか、ビーバー殿?」

「え? ああ……」

 ビーバーは辺りを見て、ううん、と考えます。ビーバーは水辺の近くを棲家とするので、水のなくなった湖に住み続けることは難しいのです。

 しばらく考えて、彼女は気軽な口調で言いました。

「うーん、キリンさんが解決してくれたら、また水が溜まるのを待つか……、そうでなければ、また別の所に新しい家を建てるっすかね」

「なるほどぉ……」

 感心したようにプレーリーは頷きました。

「しかしクララ殿、どこまでキリン殿を呼びに行くのでありましょうか……」


 セルリアンの包囲を突破し、トラ、シバ、ヒクイドリ、クロテンの四人は、森のなかを慎重に進んでいました。

「しかしどうする?」

 ヒクイドリが声を潜めました。

「トラの話によれば、パーク全土でこんな騒ぎが起きているそうじゃないか。どこかのセルリアンにかかりきりになっては、被害が拡大するかもしれない……。なにか考えはあるか、シバ?」

「ふむ……」

 シバは片目を瞑り、思案を巡らせます。しかし、この異常事態にどう対処すべきか、なかなか良い案は浮かびません。

「パーク全土?」

 ふいにクロテンが声を上げました。

「ん、どうした、クロテン?」

 ヒクイドリが訊ねると、いえ、と彼女は小首を傾げました。

「トラさんは、パーク全体を回っていらしたんですの? そのどこにもセルリアンが?」

「え? いや、べつにそういうわけでもないかな……。アタシはサバンナ地方にいたんだけど、そこでは特にセルリアンは見なかったような」

 トラは腕を組んで、斜め上へ視線を向けます。

「うん、群を見るようになったのは、遊園地を超えたあたり――だったかな?」

「ほう……、つまり、ある程度地域を絞り込んで、戦力を集中させることは可能……ということか」

 頷いて、シバはおや、とつぶやきました。

「しかしトラよ、何故なにゆえおぬし、サバンナ地方から此方こなたまで来たのだ? そんな危険に首を突っ込むような真似を……」

「いや、それはべつに……。な、なんでもいいじゃない⁉」

「まあおぬしがそう言うなら追及はせぬが……」

「ふんっ」

 トラは横を向いてしまいました。

 サバンナ地方にいたら、セルリアンに追われたフレンズが逃げてきて、助けるとまた別のフレンズが現れて――、救出を続けているうちにここまで来た、なんて。

 とてもじゃないけど、言えません。

「不可解な事態だな――」

 何とはなしにそう言って、シバは思わず吹き出しました。見ると、ヒクイドリも同様に笑っています。

「シバも同じ考えか?」

「恐らくは」

「? どういう意味?」

 トラが首を傾げてみせると、シバは笑って答えます。

「トラよ、我々には、頼もしい知り合いがいるではないか。こんな事件を颯爽と解決する――」

「ああ!」

 手を打って、トラは大きく頷きました。そしてそれは、クロテンにしても同じことです。

「もしかして皆さま、キリンさんのことを仰られているんですの?」

「なんだ、クロテンも知り合いだったのか?」

 ヒクイドリが片眉を上げました。

「ええ、まあ、ちょっとしたご縁がありまして……」

「しかしシバ、キリンがどこにいるか、心当たりがあるのか?」

 トラが訊ねると、シバは曖昧に首肯しました。

「まあ、あそこへ行けば、手掛かりくらいはあると思うが――」


 キャプテンとピューマは、涼しい風を顔に受け、空を進みます。

「へえ、じゃああなたも、名探偵のことを知っているの?」

「う、うん。まあね……」

 ピューマは俯いて答えます。

「……でも、キャプテン。き、キリンがどこにいるか、知ってるの?」

「知らないわよ」

「えっ」

「そんな心配そうな顔しなくても大丈夫だって! あなたも名探偵と会ったなら、散々聞かされたでしょう?」

 キャプテンは抱えたピューマを見下ろして、片目を瞑りました。

「彼女の憧れの存在を、ね?」

「あ――ああ! そういえばそう!」

 ピューマは膝を打とうとして、いまはできないことを思い出しました。

「じゃあ、いまはそこに向かって?」

 そうよ、とキャプテンは得意気に頷きます。

「ロッジアリツカに、彼女の尊敬する漫画家先生――オオカミがいるんでしょう? きっとなにか手掛かりがあるはずよ」

「なるほど……」

「ところでピューマ、さっき上から見てたけど、あなた結構強いわよね?」

「い、いや、べつにそんなことは……」

 突然話題が変わり、ピューマは混乱します。というか、さっきセルリアンを倒したのはまぐれで、自分の実力とは無関係。そう言おうとしたものの、先制して口を開いたのはキャプテンでした。

「良かったら私と――合体必殺技を作らない?」

「が、え、なに?」

「合体必殺技は合体必殺技よ! そうね、例えば――」

 ふと眼下にセルリアンが見えて、キャプテンは眉をひそめました。



「なるほど、そういうことでしたか……」

 事情を聞いたアリツカゲラは、ロビーを見渡しました。騒ぎを聞きつけてか、後ろの方にラオ様とオオカミも顔を覗かせています。

「それで、名探偵の居場所について、なにか知っていることはない? もしくは、それを知っている子を知らないかしら?」

 キャプテンが目を輝かせて訊ねると、アリツカゲラは「それが……」と目を伏せました。

「……どうしたの?」

「…………」

「アリツカゲラ?」

「アミメキリンは――、セルリアンに食べられたわ。ナマケモノも、一緒に」

 そう言ったのは、アリツカゲラではありません。

 ロビー中の注目が、声のした方――階段の上に向かいます。

「――ギンギツネ、キタキツネ」

「久しぶり、キャプテン」

 ふたりは、疲労困憊の体で、ゆっくりと階段を下りて来ました。

「だ、駄目ですよ、ふたりとも! まだ寝ていないと――」

 アリツカゲラが慌ててふたりを止めにかかりますが、いいの、と断られます。

「食べられた――とは、どういう意味かしら」

 キャプテンは階段を下りてきたふたりを見据えました。

「……そのままの意味よ」

「それは――」

 なお訊ねようとするキャプテンの前に、アリツカゲラが立ち塞がりました。

「おふたりは、皆さんが到着する前、ぼろぼろに消耗してこのロッジへ来られたんです! どうやら、キリンさん、ナマケモノさんと温泉にいたところを、セルリアンの群れに襲われたらしく……」

 ざわざわ、と皆は顔を見合わせます。

 アリツカゲラの背中から、キタキツネが言いました。

「キリンとナマケモノは、その途中で、セルリアンに……」

 小さな声は、しかし部屋中にはっきり響きました。

 静まり返るロビー。

「――し、信じないぞ! 我は信じない!」

 響いた叫び声の方に、視線が集まります。

「……ラオ様」

 ピューマがつぶやきました。

「あ、あの名探偵と探偵が、そう簡単に倒されるものか! 我との決着もつけずに……」

 オオカミが、後ろから彼女の肩に手を乗せました。

「お、オオカミ……、きさま……!」

 黙って首を振るオオカミ。

「うっ……、そんな、そんなことは……」

「…………」

 悲痛な沈黙が場を充たしました。考えていることは皆同じ――。

 続々と現れるセルリアンの群れ――消えた湖と図書館――行方不明になったフレンズたち――こんなにも多くの謎を、彼女を措いて誰が解決できるでしょうか?


「――あれ、みんな集まって、どうしたの?」

 ふいに、ロッジの入口から、暢気な声がしました。

「……なにかあった?」

 次いで、別ののんびりした声。

 はっと皆が顔を上げ、入口に立つその姿を目に映します。

 なにを言うこともできず、ただ、じっと彼女を見つめます。

「えーっと……」

 彼女は困惑したように辺りを見廻し、最後にこのロッジのオーナーに、説明を求めるような視線を向けました。

 アリツカゲラは自らの仕事を思い出したように、慌てて頭を下げました。

「……あ、いらっしゃいませ、キリンさん、ナマケモノさん」

 ロッジアリツカ、本日最後のお客がやって来たのです。

 

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