それぞれが目指す場所

「じゃあ、私たちは行くわね」

 キリンの言葉に、シバ、ヒクイドリ、トラは、微笑んで応じました。

「ああ、達者でな」

「気をつけて」

「……アイツに会えたら、文句のひとつくらい、伝えといてね」

 力強く頷き、キリンはオアシス4を跡にします。小さくなっていく彼女の背中に揺すられて、ナマケモノが思い出したように振り向き、手を振りました。

 振り返しながら、シバが口を開きます。

「――ところでトラ。さっきの話だが」

「さっきの話って?」

「ハンターの話だ。オアシス4を人知れず見守っていたのだろう? やはりおぬしも、ハンターに加わらぬか? その力、その想い、間違いなくトップ・ハンターの座を狙える逸材と思うが」

 トラは呆れたように、一度首を振りました。

「それこそ、さっき断った通りだよ。アタシは群れるなんて趣味じゃないの。ひとりでのんびりやってるのが、性に合ってるのさ」

「しかし――」

「はいはい、この話は終わり終わり」

 ぱんぱんと手を打って、トラはどこへともなく歩きだします。

「待てトラよ。何処いずこへ赴く」

「べつにどこでも良いでしょ? ……随いてきたら、引っ掻いてやるから」

 なおも食い下がろうとするシバを、ヒクイドリが止めました。

「まあ本人がああ言っているんだし、諦めたらどうだ?」

「だがな……」

「…………」

 ふとトラはふたりを振り返り、なにか言い淀むような仕草を見せました。

 シバたちが言葉を待っていると、またトラはぷいっと前を向き、小さくつぶやきました。

「ま、まあ、アンタたちがピンチの時は、協力してやってもいい、かな」

「……まことか!」

 シバが言うと、彼女は手をひらひらと振って、今度こそ去って行きます。


 オアシス4に戻り、セルリアンの狩り残しがいないか、シバとヒクイドリは確認していきます。今回の騒動を報告すれば、晴れてふたりとも、一人前のハンターとして認められるでしょう。そのためにも、丹念に調べる必要がありました。

 ふたりが調査を終えた頃には、すっかり陽も傾き、砂漠の大地はオレンジ色に輝いていました。

「ふむ……、我々の任も、そろそろ終わりか」

「そうだな」

 ふたりはしばし、眩しい太陽を眺めていました。

 ふとヒクイドリが、口をひらきました。

「……なあ、ひとつ訊いていいか?」

「何なりと問い給え」

 彼女が鷹揚に頷くのを見て、ヒクイドリは額に手を翳しました。

「シバは、どうしてハンターになろうと思ったんだ? 行き会っただけの私まで誘って……」

「なんだ、言っていなかったか?」

 意外そうに眉を上げて、シバはつぶやきました。

「――迷っていたのだ」

「え?」

 驚いて彼女の顔を見ると、シバは静かな微笑みを湛えた顔で、夕陽を見つめていました。

「我が名――シバテリウムは、『シヴァの獣』という意味だそうだ。博士たちが言っていた」

「シヴァ……?」

 首を傾げたヒクイドリを見て、シバはうむ、と頷きます。

「我にもよくわからぬのだが、とにかく大層な意味であるらしい。だがまあ、それを聞かされ、困ってしまったのだ。なにしろ、我はそんな大層な存在ではないからな。名前負け、というやつだ」

「そんなこと、ないだろう。シバはいつも落ち着いていて、ハンターとしても……」

 言い掛けたヒクイドリを、片手を挙げて留めます。

「ありがとう、ヒクイドリ。……今でこそハンターとして活動してはいるが、当時の我は何者でもなかったのだ。そも、『シバテリウム』なる獣がなんであるか、ようわからなんだ」

 言って、シバは自嘲気味に口を歪めました。

「故にひとまずは、ハンターとなってみることにした。それだけの話よ」

「……私を誘ったのは?」

「なに、ひとりで入るのは心細かったからな」

「なるほど……」

「…………」

 陽は沈んでしまいましたが、まだ周囲は明るいままです。

 しばらく黙っていたヒクイドリが、また口を開きました。

「……ハンターになったことを、後悔していないか?」

「後悔?」

 意外そうに眉をひそめ、シバは首を振りました。

「いやいや、ハンターになってからは、実に充実しているのだ、これが……。おぬしにも会えたしな。ハンターになって良かった、と思っている。それに……」

「それに?」

「あの、キリンと云う者……」

「名探偵と、なにか因縁が?」

 ヒクイドリが首を傾げると、シバはふっと微笑みました。

「いや、会ったのは初めてだったが……。なんというかな、彼女を見ていると、妙な感慨が湧いてきたのだ。これは……、駄目だ。上手くは言えぬ。だが……」

 無意識のうちに、彼女の手は、首に巻いたマフラーを握っていました。

「……うむ。とにかく会えて良かったと思う」

「そうか」

 つぶやいて、ヒクイドリは立ち上がりました。

「さて、後は周囲のフレンズたちに、事態の解決を知らせないとな。報告に行くのは、それからだ」

「左様。次の任地も、おぬしと同じだと良いが……」

 夜の砂漠で、ハンターは再び活動をはじめます。


「……それで、この後はどこへ行くの? ヤギの痕跡は途切れちゃったけど」

「え? そ、そうね……、とりあえず、まだ訊き込みをしていない地方へ行くしかないわね」

 大きな樹の陰で休みながら、キリンとナマケモノは、今後の方針について話し合います。

「まあ、それしかないかー」

 言って、ナマケモノは眠そうに眼を擦りました。

「まったく、いつになったらあの子を見つけられるのかしら……。えっと、あと行っていない地方といえば――」

「けっこうばらけてるような……」

 頭にパークの地図を思い浮かべつつ、ナマケモノがつぶやくと、

「あ、そうだ! 雪山! 雪山地方で訊き込みしましょう!」

 キリンが手を打って言いました。

「え、雪山……? いいけど、どうして?」

「それは……、そ、そう! 私、雪山には温泉があるって聞いたのよ! すごく気持ちいいらしいから、ヤギも行っているんじゃないかしら!」

「…………」

「え、えっと……」

 じとーっとした眼で見つめられて、キリンは俯きます。

 やがて、ナマケモノは溜息をつきました。

「まあ、あてがあったわけじゃないから、いいけど……。キリン、温泉に行きたかったの?」

「それは、まあ、その」

 もじもじと言いにくそうにするキリンを見て、ナマケモノは微笑みました。

「……わかったよ。次は雪山に行こう」

「ほ、本当?」

 ぱあっと顔を輝かせて、キリンが言いました。

 ナマケモノは頷いた後、ふと真剣な顔を浮かべました。

「……でも、気をつけていこうね。今回のオアシスの事件、なにか厭な予感がするから」

 しかし彼女の言葉は、

「うわぁ、温泉かぁ……。私、入ってみたかったのよね……。あ、ナマケモノ、なにか言ったかしら?」

 とくに届いていませんでした。

「…………」

 頭に手を当て、ナマケモノはう~ん、と呻ります。しばらくそうしてから、彼女は欠伸をひとつしました。

「まぁ、いいか」

「いいわよね! 温泉! 話によると――」

 キリンの話を聞いているうち、ナマケモノはうつらうつらし、寝入ってしまいました。それに気づかず、キリンは熱弁をふるいます。

 しかしやがて話し疲れ、彼女もすこし目を瞑り、休むことにしました。



 彼女たちの背後、黒々とした、大きな山がそびえたっています。サンドスターを噴き出す、神秘の山が……。

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