魔王END

グラタファトナ

魔王END

|~勇者死す

 これは勇者が五日間を失敗した後のストーリー。

 

 かつて俺は魔王ギールを死闘の末、打ち倒した。

 しかし同時に俺も死んでしまい、それを憐れんだ神様とやらが俺を五日間だけ生き返らせてくれた。俺は思うままに行動し、俺が救った世界を巡り歩いた。

 そうして五日間が過ぎ、俺は再び死を体験した。そして今は天の上から天使ユリアと共に地上の行く末を眺めていた。

「何故だ……」

 地上で燃えているのはかつて俺が救った城や町。

 そこには良く見知った町の住民、子供たち、宿屋のおばちゃん、道具屋のおっちゃんたちの死体が積み重なっていた。

「今こそ王国を滅ぼすのだ!」

 反乱。

 森人、穴民、魔族……彼らが何故か手を取り合い、グランダムの王国を滅ぼさんとしている。そのリーダーはシスター・サラ。そして森人のリュー。

 サラは魔王軍に侵攻され、ボロボロになったナンマカの町で教会を立て直そうとしていた。リューは村や町を復興するため木材を必要として森の木を切ろうとした人間たちから森を守ろうとして人間と対立していた。

 だからこそ、それではいけないと思った俺は力を貸した。

 最初はサラの要望通り、もう使うことも無い俺の剣と鎧を売り、240000という大金をかき集め、一番の問題だった瑠璃の御柱を王女フローラから頂き、彼女の元へ収めた。きっと教会は復興し、ナンマカの町の希望になるだろうと思っていた。

 リューは森人を守るために風のオーブが必要だと言った。風のオーブは幸いにも魔王城で拾い、道具袋に入っていたため問題はすぐに解決したはずだった。

 穴民の村を訪れた時にはナオミがナイアガラを欲していたから渡した。彼女ほどの強さがあればブラッディー兄弟は倒せるだろうと思っていた。

 トゥーソンの村は魔王軍との戦争で疲弊し、メリーアンの頼みで三種のオーブを見つけてくれるように言われ、俺は奔走した。必要な三つの内、炎と水は確保したが風のオーブだけはリューに渡してしまったため断念することになった。それだけが唯一の心残りだが、彼女たちなら上手くやってくれるはずだと信じていた。

 王女フローラは聡明な女性だ。彼女であればリューたちの願いも聞き入れ、魔王亡き今、平和はきっと実現するだろうと思っていた。

 それなのに――

「何故なんだ……」

 何で俺が死んでから『一年』でグランダムが滅んでいるんだ!

 いや、きっと俺がもっと上手く立ち回れなかった性だ。彼女たちが本当に願っていることを多分俺は気付いてあげられなかった。そうでなければこんな悲惨な反乱は起きていないはずだ。

 反乱から半年ほどすると王宮が突然爆発した。その性で王族の血族が絶え、指示が後手に回り続けている。

 トゥーソンの村に船を出してやれなかったのも一つ。港町の復興をしてやれなかったのも一つある。よくよく見れば俺がまだ知らない火種はまだそこら中にあった。気付けなかった。だから、俺の性でグランダムが滅んだんだ。

「気を落とさないでください。人一人の力で全てを救うことは不可能なのです」

 背後にいるのは天使ユリア。神様の御慈悲で五日間だけ生き返らせてくれると告げた天使だ。そのユリアは悲しそうな表情をしている。

「そうは言っても……」

 悔もうにも悔やみきれない。

「ですが、貴方の寿命はもう終わりを告げてしまったのです」

「そこを何とか! あと一回……一回だけ何とか出来ないか?」

 俺は必死に懇願した。だが、ユリアは首を横に振った。

「ごめんなさい……私の権限では……」

「そう、か……」

 最後の希望も無くなった。俺にはどうすることも出来ない。魔王を倒しても、勇者の力を持ってもどうにもならない。

「これがきっと運命だったのでしょう。勇者様のせいではありませんよ、きっと」

「……」

「さあ、天国の扉が開かれましたよ。神様が待っています」

「ああ……」

 俺は沈んだ気分のまま上空へと上がっていく。

『やり直したいか?』

 何処からか不気味な声が響く。顔を上げると辺りの景色は灰色になっていた。

「なっ――これは!?」

『フフフ、勇者よ。我の力を貸してやろう。我が今一度お前にチャンスをくれてやろう』

 目の前に幽玄と現れるのはかつて俺が倒した魔王ギール。形状こそ不安定な靄みたいだが、俺にはギールの姿が見えていた。

「魔王ギール……」

『どうだ、勇者よ。これが我を倒し、お前が望んだ結末か?』

「違う……俺は、皆が平和に過ごせる世界を作りたかっただけなんだ」

 俺は何故ギールと話しているのだろう。でも、今言っていることは事実だ。俺が望んでいた世界はこんな世界じゃない。

『お前ならそう言うと思ったぞ、勇者よ』

 ギールが俺に手を差し伸べる。

『さあ、我が手を取るが良い! 我が初めてお前と相対したあの時以前へと遡ろうではないか!』

「何を……いくらお前でもそんなことは出来ないだろう」

 出来る訳ない。神でもない限り、俺でもお前でも。

『ククク……勇者とは挑戦し続ける者ではなかったのか? この世界において最強の存在である勇者と我が力を合わせればそれも可能となるであろう』

 そんなことが……もし可能ならば――俺は……。

 俺はその手を取っていた。今度は間違えず、世界を救いたい。

 景色が灰色から青と白の空へと戻っていく。

「勇者様?」

 眼前にはユリアが呆けている俺を心配そうに見ていた。

『ククク……行くぞ、勇者よ』

 俺の頭の中にギールの声が聞こえる。

 そして目の前の空間が歪み、電流が迸り始めた。俺には分かる。そこに飛び込めば我はきっと過去に戻れるであろうと。

「勇者様!? 一体何をなされるおつもりですか!」

 ユリアが俺と空間の間に立ち塞がり、両手を伸ばした。

「ククク……我は過去へと戻りて全てを救う!」

 我はユリアを力づくで退けて払う。ユリアの華奢な体は軽々と吹き飛び、少し離れた位置に着地した。

「勇者様、何を言っているのですか! いえ、まさか貴方は!」

 恐怖するユリアの顔を見ながら、俺は空間の歪みに入っていく。  

「勇者様、行ってはなりません! 過去から歴史を変えるなどあってはならないのです!」

「クハハハハ! もう遅い!」

「勇者様ぁ――――っ!」

 ユリアの悲痛な叫びを聞きながら、歪みは閉じていった。



――――――――――――――――――

 ……

 ……どれくらい時間が経ったのだろう。

 光が眩しい。朝か?

 ゆっくりと目を開けていく。

「おや、坊ちゃん。お目覚めになられましたか?」

 目の前にいるのは幼くから使えてくれている爺(じい)、トーマス。

 攻撃から回復まで何でもこなせる俺が知る限り最高の魔法使いだ。数年前ともあってその容姿はまだ若く、黒い髪の毛が生えている。

「爺、俺は……いや、今何が起きている?」

「ホッホッホ、その年でボケられましたかな? 今は魔王軍との戦争中。坊ちゃんは魔王ギールを倒すためグランダムのエドワード王に招待されているのですぞ」

 ああ、やっぱり戻ってきたのか。ギールのおかげで。

 だが、あいつがタダで何かするわけがない。だとすれば……何を持っていかれた?

 ゴーン、ゴーンと鐘の音が鳴る。

「おや、もうこんな時間ですか。ささ、坊ちゃん、朝食を食べ、支度を整えて城に向かうとしましょうぞ」

「ああ、そうだな」

 ベッドを降り、首を回す。

 ……何かおかしい。何か思い出せない。

 俺は首を傾げ、忘れた何かを必死に思い出そうとする。

「なあ、爺」

「はい、何ですかな?」

「何で俺は魔王ギールを倒しに行くんだ?」

「おやおや、本当に何処か頭でも打ちましたかな? 坊ちゃんが魔王ギールを倒すのは攫われた彼女を助けに向かうからでしょう」

「彼女? 誰だ、それ?」

「……坊ちゃん、ちょっと失礼しますぞ」

 爺が俺の額に手を当てる。

「熱はございませんな」

「爺、誰なんだ?」

「それは勿論…………」

 そこで爺の言葉が止まる。

「爺?」

 爺は首を傾げる。

「さてはて? 誰でしたかな?」

「……爺までボケているのか?」

「いや、すみませんな。ですが、確かに坊ちゃんは彼女を助けるために向かうのですぞ!」

「いや、そんな知らない彼女を助けるためって言われてもな……」

「行かずに後悔するよりはマシでしょう」

 そりゃそうだと自身を納得させる。

「そうだな、行こうか」

「はい」

 王都グランダム。

 国王エドワードが統制する王国の名前だ。魔王城からは最も離れた位置にあり、今最も抵抗している人間の最後の砦だ。町並みはどこの町よりも綺麗だ。川には魚が住んでいて、こんなご時世でも活気がある。

 朝食を食べ、俺とトーマスは城へと向かった。

「勇者様ー!」

「必ずや魔王ギールを討ち果たしてください!」

「ご武運を!」

 住民だけでなく兵士たちからもそんな声援が飛んでくる。

「お待ちしておりました、勇者様!」

 城に着くと俺に期待溢れる眼差しを送る兵士がいる。

「国王様がお待ちです!」

「分かった」

 兵士の案内に従って城へと入っていく。

 城の中は流石というしかないほど贅の極を尽くしている。今思えばこの装飾品一つでもあればトゥーソンの村は幾分か救えただろう……。

「坊ちゃん、そんな暗い顔をしなさんな。背筋を伸ばし、しっかりと前を見るのですぞ!」

 ……そうか、爺はあの現状を知らないのか。知っているのは俺だけなんだ。魔王ギールと共に舞い戻ってきたこの世界で俺とギールだけが知っている。

「ああ、そうだな」

 俺は背筋を伸ばし、前を進む。堂々と更新し、二階へと昇り、玉座の間へと到着する。

「勇者様及び従者トーマス様の御入来!」

 門番の兵士が高々と名乗りを上げ、門の奥からは豪華な演奏が聞こえてくる。

 扉が完全に開かれ、極光が視界を一瞬白に染め上げる。眼を細め、少しずつ慣れていく。

 完全に視界が戻るとそこには大多数の貴族や兵士、最奥には国王エドワードと姫フローラがいた。

 俺は一歩、また一歩と前に進む。そして国王様の前で膝を折る。

「勇者ユウ、ただいま参上致しました」

「うむ、大義である。聞き及んでいるかと思うが魔王軍と魔王ギールがいよいよ我が国を滅ぼさんと侵攻してきている。勇者よ、どうか魔王ギールを討ち、この危機を救ってくれい」

 この面倒くさがり屋め、と内心で毒付く。

 かつて俺がトゥーソンの村に船を回し、物資を送ってほしいと進言した時も『よきに計らえ』とか『若者同士で解決してくれ』とか言って協力してくれなかった。そのくせ『釣りの調子はどうじゃ』と聞いて来る。あの五日間で釣りなどしている余裕は全くなかった。最初こそ誤魔化していたが、遂には顔を見せることもなくなっていたっけ。

「はい。この身に変えましても魔王ギールを討ち果たして見せましょう」

 昔の俺もそう言い、実際に相打ちになった。今思えばかなり馬鹿馬鹿しい話だ。

「おお、では頼んだぞ。おお、そうだフローラよ、アレを持てい」

「はい」

 少ししてフローラが持って来たのは赤いスカーフだ。死後、俺のトレンドマークとして有名になる予定のスカーフ。

「これは我らが誠心誠意込めて作った一品。きっと旅の助けになってくれようぞ」

 嘘だ、と言ってしまうのは簡単だ。だがそれを言えば不敬罪で牢屋に放り込まれるのは目に見えている。

「ありがたく」

 俺はそれを受け取る。

「勇者様、もしよろしければ私が付けて差し上げます」

 フローラがかつての様にそう言った。

「光栄に存じます」

「くぅ……一兵士から近衛兵士になり、そして勇者になった坊ちゃんの姿、不肖このトーマスめが今のお姿を後世にお伝えしますぞ!」

 背後で爺がむせび泣いている。そう言えば昔も同じように泣いていたっけ。

 再度膝を折り、スカーフを差し出す。フローラがスカーフを受け取り、俺の首に巻き付けた。

 ――ぐえっ。

 首が締まり、危うく声を出しかけた。

「感謝致します、フローラ姫様」

「いえ……。どうかお気をつけて」

 フローラ姫。かつて城の一兵士であった俺を近衛兵にまで引き立てて下さった方。あの世界では最後の五日間で結婚した人。

 だが……結局、あの世界で彼女を見つけることは出来なかった。

 彼女を一番愛していたのは分かっている。だが、フローラ姫の好意を振るう勇気が俺には無かった。だからこそ行きつく先まで行きついてしまったのだろう。

 俺はその場から踵を返した。

「爺、行こう」

 もう言葉は必要ない。俺が行くべき場所はただ一つだ。

「はい!」

 玉座の間の扉を潜ると演奏が止み、門番の兵士が声を上げる。

「勇者様及び従者トーマス様、御出立!!」

 重々しい音が響き、背後で扉が閉まった。

 城下町では俺の出陣を一目見ようと町民たちがこぞって集まっていた。

「勇者様――!」

「頑張ってー!」

「行って来ーい!」

 町の皆から声援を受け取り、俺たちは王都グランダムを後にした。



 歩くうちに俺はふと気づいてしまう。周りを見渡すが、やはりそうだ。

 俺は記億にある限りの呪文を思い出し、右手を見る。

 それからしばらく歩き、俺は立ち止まった。

「おや、坊ちゃん。どうしましたかな?」

 爺が不審げに俺に訪ねてくる。

「なあ、爺。俺さ、強すぎないか?」

「うん? いきなり何をおっしゃいますか?」

「爺。爺が憶えている限りで良いんだ。昨日までの俺が使えていた魔法を教えてくれ」

「それは構いませんが……確かミナールとパワップでしたな」

 ミナールは傷を癒す魔法。パワップは自分の攻撃力を上昇させる魔法だ。そのどちらも爺から教わった魔法だ。

「そうだよな……」

「それがどうしたましたかな?」

「俺が勇者のみが覚えられる究極魔法ダイウォーラを使えるって言ったら信じるか?」

 すると爺が笑いだし、俺を諫めた。

「ホッホッホ、坊ちゃん、私はそこまでボケてはいませんぞ。お戯れも程々に……」

 俺は適当な魔物に右手を向ける。

「渦巻け逆巻け紅蓮の炎よ。炎は業火となりて渦は球体と成れ。全てを滅ぼす究極の魔法よ、我が敵を滅せよ! 究極魔法ダイウォーラ!!」

 何もない空間に火が集まっていく。火は少しずつ他の火を取り込んで炎となっていく。炎は渦巻き、まるで竜の如くうねる。中心に向かうようにいくつもの炎の渦が巻き、爆発を引き起こした。

「プキュー!」

「ピキャー!」

 その爆発に巻き込まれて天高く舞い上がったのは緑色の魔物だ。

「お、おお……」

 やり過ぎたか、と思う。

 背後を振り向くと爺が涙目で俺の手を掴んだ。

「坊ちゃん! 何時の間に勇者の呪文を習得なされたのですか! 爺は、爺は坊ちゃんの弛まぬ努力に感激致しましたぞ! これなら今すぐにでもギールの奴めを倒しに行けるのではないですかな!」

 あまりの感動っぷりに俺の方が驚いた。

「あ、ああ……それでさ、やっぱり爺にはグランダムで待っていて欲しいんだ」

 今度は爺の方が驚いた。

「な、何を言われますかな! こう見えても坊ちゃんの足手まといになるつもりはありませんぞ!」

「ああ、それは分かっている。分かってはいるんだが……」

 あの日、ギールと戦った時を思い出す。

『彼女を助けたければ一人で上がってくるが良い』

 魔王ギールはそう言って俺を呼び寄せようとした。

『なんと卑怯な!』

 爺はそう言って俺を止めようとしていた。だが、結局は俺の我儘で俺はギールと一対一で戦っていた。そして死んだ。

 あの五日間の最初の月曜日。爺は俺の復活を我が事のように喜んでいた。 

 だがその夜、グランダムの宿屋に泊まった時に俺は聞いてしまった。

『坊ちゃん……。何故坊ちゃんだけが死んでしまわれたのですか……』

『こんな老い先短い老骨を置いて……』

『やはりあの時、私も付いて行くべきだった』

『そうすれば坊ちゃんは死なず、坊ちゃんの恋人を見つけ出すことが出来たのかもしれない』

『今更何を言っても栓無きこと。今は、この五日間だけは坊ちゃんの思うがままに従いましょう。それが私の最後の御役目……』

『やはり、悔やまれますな……』

 爺は独り言のつもりで言っていたのだろう。

 俺はそれを聞いてしまっていた。爺にはもうそんな思いをして欲しくない。このまま行ったとしても後で爺はきっと思いつめるだろう。

「爺、頼む」

 俺は爺にそう言っていた。

「坊ちゃん……」

 爺は俯いて肩を震わせる。

「……お断りしますぞ」

「爺」

「お断り申し上げますぞ! いくら坊ちゃんでもそれだけは聞けません!」

 爺が、あのいつも肯定してくれる爺が怒った。

「爺……」

「もしこの先で坊ちゃんがお亡くなりになられたら、それこそ後悔してもしきれなくなりますぞ! 強行軍でも肉盾でも構いませぬ。このトーマス、坊ちゃんのお役に立てて死ねるならそれこそ本望です!」

 ドンっと杖を地面に叩きつけて爺は宣言した。

「もし爺が邪魔だというのならここで朽ちましょうぞ!」

 杖を逆立て、鋭く尖った先端を自分の首に当てた。

「爺!」

 俺は思わず杖を払っていた。

「坊ちゃん、どうか……どうかこの老骨を御伴させてくだされ。後生です……」

 爺が縋りつくように俺に懇願する。

「……分かったよ。御免、爺」

「坊ちゃん!」

 おうおうえんえんと爺が泣く。やっぱり置いて行くことなんて出来ないみたいだ。

「ほあちゃっ!」

「てぇりゃ!」

「そいやっ!」

 爺が普段見ないほど元気よく魔物に杖を叩きつけている。

 ……腰を痛めないと良いけど……。

   


    

 俺たちはナンマカの町へ向かった。

 町の雰囲気はやはり暗い……。戦時中で男手が失われているのもあるのだろう。普段であれば空は青く透き通り、町は活気で溢れているはずだった。

 それでも空は――暗い。暗黒が立ちめいたように暗くなっている。

「な、何事ですかな?」

 爺が辺りを見回すが、俺は空を見上げていた。そこには黒い影がある。   

『フフフ……』

 そこから魔王ギールの声がしてギールの幻影が現れた。

「あ、あれは、魔王ギール!」

「つ、遂にナンマカにまで魔王軍の手が!」

 住民が騒ぎ、空の一点を指差す。

『フハハハハハ!』

「ギール!」

 ギールの幻影が移動し、俺の目の前に来る。俺も爺も臨戦態勢になり、抜刀する。だが、ギールは交戦する気がないのか特に動作はしなかった。

『勇者よ、貴様の愛すべき人は我が手中にあり。そこの爺と共に来るが良い』

 手を呻かせ、俺を挑発してくる。

「良いだろう」

『ククク……前のように猶予はやらん。今より全てを投げ打ち、我が元までたどり着いて見せよ。フフフ……ハハハハハハ!!』

 不気味な笑い声を残し、ギールの幻影が消える。空が明るくなり、ナンマカの住民たちが俺を見ていることに気付く。

「ぼっ、坊ちゃん……」

 爺が俺を心配そうに見ている。

「爺、俺は今からすぐに魔王城へと向かう」

「坊ちゃん……」

「爺は道具屋と武器屋で消耗品を購入して来て欲しい。俺は馬を借りてくる」

「分かりましたぞ。坊ちゃんのためならどこまででもお供しますぞ!」

 爺に金の詰まった袋を渡し、俺は馬を借りに向かった。馬を借りに行き、駿馬を借りて爺を待っているが、中々来ない。

 あまりにも遅いので馬を一旦預けて道具屋へと向かった。

「いや、だから、その……」

「何ならもっとお安くしておきますよ、お爺ちゃん」

 爺は道具屋の隣で露店している少女と話していた。ピンクの髪でツインテールともなれば、俺が知っている限りだと一人に限られる。

「爺」

「あっ、坊ちゃん! 申し訳ありませぬ。先ほどから断ってはいるのですがどうにも断り切れず……」

「いや、良いんだ」

「おやおや、その赤いスカーフ。もしや最近噂の勇者様ですか?」

「ああ、そうだ」

「ボクは旅商人のビビと申しまーす。よろしければ品を見て行ってくださいな」

「いや、見ないでも良い。俺が求めるのはただ一つ」

 一旦言葉を区切るとビビは笑顔のまま俺を見た。

 俺はビビの両肩に手を付き、真顔で迫る。

「お前の全てが欲しい」

 ……何故か周囲全てが固まった。    

「ぇぇぇえええええええええ!?」

「なんですとぉぉぉおおおおお!?」

 ビビと爺の絶叫が辺りに木霊した。そしてビビは両手を振り払い、数歩下がり、逆に爺が俺の手を取って迫る。

「ぼ、ぼ、ぼ、坊ちゃん! 通りすがりの商人に求愛するとは爺も驚きましたぞ!」

「ぼ、ぼ、ボクの何がお気に召したのかは分かりませんがこう見えてもまだ成人前でして――――!!」

 そこまで言われて俺は自分が失態を犯したことに気付き、言い直す。

「あ、しまった。俺が言いたいのはビビに依頼したかっただけなんだ」

『――ほっ』

 何故か二人から安堵の息が吐かれた。ビビが先程の位置に戻り、笑顔を下げて俺を見る。

「それで、ボクに依頼したいことって何ですか? 先程の失言もありますからそれなりに高くつきますよ」

「俺と爺を魔王城までトビューンで飛ばしてくれ」

「――えっ?」

「――ほぁ?」

 二人して口をあんぐりと開けた。

「使えるだろ? トビューン」

 トビューン。それは彼女だけが使えるドコデモ移動魔法であり、その気になれば世界各地をどこでも一瞬で飛べることを俺は身を持って知っている。現にあの五日間では数回ほどお世話になった魔法だ。

「な、何故それを!? ボクの商業切り札を!」

「情報は武器だ。報酬は……そうだな。爺、後で彼女を王様に会わせることって出来るかな?」

「か、可能ですぞ。勇者の仲間であれば御目通りは叶います」

「らしいぞ。後は国家予算を毟り取れば良いだろう」

「――おぅ。今回の勇者様、クレバイジー」

 良く分からない言葉を呟き、ビビは笑顔で俺の方を向いた。

「わっかりました! その依頼、引き受けましょう!」

「交渉成立。毎度アリババと百一匹の小人」

「何か凄い数ですな!?」

「ボクの台詞取らないでー!」

 こうして俺たちは馬よりも速い足を手に入れた。

 少し待っている間に俺と爺は道具屋に寄り、MP回復の薬を根こそぎ買い取り、更にビビにぼったくられも買い取った。俺に必要なのは剣と最低限の鎧のみで良い。

 それから更に少し経つと、ビビの準備が整ったようだ。

「じゃ、良いかな?」

「ああ、頼む」

「そっちのお爺さんも行くの?」

「ホッホッホ、当然ですぞ」

「そっか。……じゃあボクも一緒に行こうかな」

 その言葉に俺は首を傾げた。

「別にビビがくる必要は無いぞ?」

「ノンノン、ボクは魔王を倒しにいくほど勇気はないのでーす。あくまでも魔王城に眠るお宝を見つけるのが目的なのです」

「……ま、良いけど」

「それじゃあ行きますよー。二名様ご案内!」

 一回瞬きをする。すると、目の前にあるのは魔王城だ。何時見ても禍々しいな。

「ではではまた後程~」

 ビビはそう言ってそそくさと離れて行った。

「さて行くか、爺」

「はいですぞ!」

 俺たちが目指す場所はただ一つ、魔王の玉座。そこへ至る最短ルートは二度の経験則からもう分かっている。一度目は一対一で戦った時。あの時は爺だけでなくリューとゾロも居たな。そう言えば今回はゾロの奴を王宮で見かけなかったな。自尊心の強いゾロのことだ、一人でギールを倒すとでも豪語して飛び出して行ったのかもしれない。

「プキー!」

 そこへは行かせまいと魔物たちが邪魔をしてくる。俺が取れる最短ルートはナンマカの町に到着した時点でもう決まっている。

「うおおお! ダイウォーラ! ダイウォーラ! ダイウォーラ!!」

 MP回復薬を使った高火力魔法ごり押しによる中央突破だ。そのおかげもあってか玉座までは一時間ちょいで到着した。

「ぼ、坊ちゃん……ぜぇぜぇ……」

 だがその代償として俺は爺の体力を微塵も考えていなかったため、爺が玉座を目の前にして膝を付いた。

「爺……」

「くっ……この老骨が恨めしや。坊ちゃんは先に行ってくだされ、爺はすぐに後を追いかけまする!」

 多分、爺ならそう言うと思っていた。

「分かった。御免な、爺」

「いえいえ……私こそ足手まといになり申し訳ありません……」

「先に行ってるぞ!」

 俺は玉座への階段を駆け上がり、数歩先で止まる。

「ぼ、坊ちゃん?」

「そうだ、爺に言っておかなきゃいけないことがあった」

「何ですかな?」

「――もし俺が死んでも決して自分を責めないでくれ」

「坊ちゃん、何を――」

「例え『あの時、俺を追いかけていれば良かった』と考えてもこれは俺が決めたことだから爺は悪くないから……」

「坊ちゃん……」

「頼んだ」

「坊ちゃん!」

 爺の叫びを後に、俺は階段を駆け上がった。暗い階段を駆け上がる中、背後から爺の声が聞こえ続けた。

 やがて、聞こえなくなって静寂が訪れる。タタタっと俺の足音だけが聞こえてくる。先に見えるのは薄暗い松明の灯と、その先にある光だ。

 光の先にあるのは玉座の間。    

「……待たせたな、ギール」

「ククク……お前も無茶なことをする、勇者よ」

 そこに座っているのは相も変わらずふてぶてしい魔王、ギール。

「約束通り来てやったぞ! 彼女を返せ!」

「ククク、良いだろう。未だ亡霊の如く彷徨う勇者よ」

「どの口が……そうさせたのはお前だろうが!」

 そうだ。記憶にある限り、彼女を攫い、俺を挑発し、俺を勇者にした張本人。こいつさえいなければ俺は彼女と共に平和を享受出来ていたはずだ。

「フハハハハハ! 悲しいかな勇者よ。真実も知らずに踊らされるままか」

 ――何。

「何だと!」

 真実だと。俺がお前を憎み、倒す。それ以外に何の事実があると言うんだ。

「ククク……勇者よ、何故我がお前にもう一度チャンスを与えたか分かるか?」

「何を――」

「復讐だ」

「何っ!」

「我は、召喚されたのだ」

「そんな馬鹿な話があるか! 魔王であるお前を召喚するなど正気の沙汰ではない!」

 そうだ、災厄の元である魔王を召喚するなどあってはならない。そんなことをすればこの地がどうなるか分かっている筈だ。王都の絵本にさえ乗ってる話だ。魔王ギールは災厄で、魔王ギールは何回も何回も勇者の手によって倒されている。そうでなければこの地が魔物で溢れかえり、病魔が人々を食らいつくすからだ。

「だが事実だ」

「誰がそんなことをした!」

「ククク……まだ気づかぬか」

「答えろ、ギール!」

「フローラだ」

 ――――はっ?

 何を……ギールは一体何を言っているんだ。

「嘘を付くな! 姫様がそんなことをするはずがない!」

 有り得ない。あの優しく、人を貶めるようなことをしないフローラ姫が魔王を召喚? 馬鹿馬鹿しい。

「事実だ」

 なら聞いてやろう。

「何のために? 人々を導く優しきフローラ姫がそんなことをする意味などない!」

 あるわけない。過去に戻ったことでギールも馬鹿になったか。

「お前のためにだ」

「俺の、ため?」

「そうとも。我はお前に倒されてから一年の間に全てを思い出したぞ。そう、全てはお前が原因だ、勇者よ」

「何を……言っているんだ」

「教えてやろう、勇者よ。あの姫はお前に恋をしている」

 ――……今度こそ、ギールが何を言っているのか分からなくなった。

「あるわけない。有り得ない。一介の近衛兵士である俺が、それ以前に下級騎士だった俺なんかを何故姫様が好きになるんだ。妄言も大概にしろ!」

「悲しいかな、事実を受け入れられぬか勇者よ」

「例えそうだとして、それなら何故お前は彼女を攫った! 彼女は関係なかったはずだ!」

「ククク……何時の時代も嫉妬とは醜い物だ。あの姫はお前に寄りつく女を全て排除していると言ったらどうだ?」

「なんだと……」

「この女、名前は確か……ユリアと言ったか」

 ――ギールに知らない誰かの名前を言われた瞬間、心の臓が大きく揺れた。

「勇者よ、ユリアもお前に恋をしていたぞ」

 まただ。また心臓が痛いほど高鳴る。あまりにも苦しくて、その場に蹲ってしまう。頭の中で何かが火花を散らしているような気がする。

 突如、ガランっと何かが落ちる音がした。反射的に顔を上げると――

「今度は私を助けてくれるよね、ユウ」  

 そこには何度も見た人、天使のような眩しい笑顔を向けてくれていた女性。

 天使――そう、天使。死んだ俺を迎えに来てくれて、五日間だけ生き返らせてくれたあの天使さん。

「ユリア……?」

 言葉に出すと、今までかかっていた靄が全て晴れていくような感覚が起こった。

 何故忘れていたのだろう。

 何故思い出せなかったのだろう。

 何故見知らぬ誰かだと思っていたのだろう。

 何故すぐそばにいたのに気が付かなかったのだろう。

 いや違う。どれも違う。

 そうだ。全部思い出したぞ。何もかも余すところなく。あの時、ギールと戦ってから途切れていた記憶も思い出した。

 ああ、そうだ。そうとも。あの時、確かに俺は忘れたいと自分から願ったんだ。

「そうさ……俺が、俺が魔王ギールを、ユリアを殺したんだから……」

 

 あの日、三人と別れて俺は玉座へと向かっていた。

「約束通り一人で来たぞ! 魔王ギール!」

「ククク……よくぞ来た勇者よ。待ちわびたぞ」

「さあ、彼女を返して貰おうか!」

「良いだろう。ただし……我を斃せたらな!」

 その言葉に憤慨した俺は魔王ギールとその手下たちと三日三晩の死闘を続けた。

 魔王ギールの力は今も昔も変わらずに巨大だ。究極魔法ダイウォーラを使える俺でも短期決戦を迫られるほどの力を持っている。

 だが、あまりにも長い戦いだった。剣と剣が交わり、一瞬の隙を突いて繰り出した最後のダイウォーラが魔王ギールに直撃したことによりあの戦いは俺の勝利で幕を閉じた。

「はぁ、はぁ……」

「ククク……見事だ、勇者よ。さあ、とどめをさせ」

「……――言われずとも!」

 これで全て終わって、ユリアと共に城に返って、皆から祝福して貰って、ようやく『勇者』が終わるんだと思っていた。

 深く、深く魔王ギールに宝剣アルテマを刺した。魔王ギールが完全に生き途絶えたのを確認した俺はせめてその中身が誰であったのかを確認するためにギールの兜を取った。

「――嘘だ」

 そこには安らかに眠ったユリアが居た。

「嘘だ嘘だ嘘だぁぁぁぁああああああああああ!!!!」

 俺と戦っていたのは魔王ギールではなく、ユリアだった。

 喉が破けるほど叫び、ユリアの亡骸に縋った。こんなことがあって良いのかと。

 そして、ボロボロになって泣き叫んだ俺は絶望した。ユリアが居ない世界で生きている意味はあるのか? 否、無い。助けたかった人を助けられず、あまつさえその手で殺して、どの面下げて城に戻って祝福を受けられるだろうか。フローラ姫様や皆に必ずユリアを連れて戻ってくると誓ったのに、なんだこの様は。この結末は。こんな世界に、もう未練なんてない。

 俺は朧気なままに、せめてユリアが魔王ギールであったことを悟られまいと、自身と一緒に回復した一回分のマナを使って、記憶も、肉体も、全てを焼き払った。

 そして俺は、自分の首をアルテマで斬り裂いた。

 それで良かった。そうしなければいけない程に俺は絶望していた。

 やがて戦闘音がしなくなって爺たちが駆けつけて、爺は死んだ俺を見て泣き叫んでいた。


「思い出したか、勇者よ」

「……ああ」

「復讐を望むか?」

「……そうだな」

「さあ、我の手を取るが良い。今こそお前をここへ誘った代償を支払わせようぞ!」

「いいや、間違っているぞギール」

「――何?」

「お前が俺をここに誘ったのなら、次は俺がお前を導いてやる。俺の手を取れ、ギール」

「ほう。ほう……ククク……フハハハハハ!! 良い、良いぞ勇者よ! ならば我を導いて見せろ! 復讐を! 悲しみを! この地を赤く染め上げて見せよ!」

 ギールが俺の手をしっかりと握り、契約が交わされて行く。

「今ここに誓う!」

「我、魔王ギールが契約を交わし!」

「我、勇者ユウが契約を交わし!」

『終焉にて共に地獄に落ちようぞ!!』

 

 ――そして。

「そして私も勇者と共にありて、勇者のいる世界を未来永劫歩みましょう」

 ギールを作り上げた存在。

「私はカマラ。聖女とも魔女とも呼ばれた存在。ねぇ、勇者。今度は離さないわよ。絶対に、ね。私は勇者と一つになって初めて報われるのよ。それが今。今この時。ククク……アハハハハハハハ!」

 カマラは俺であり、ユウは我であり、ギールは私。

 三人が一つになった俺は全てを破壊して救ってみせる。王都も、町も、村も、森も、海も、全て俺が守って見せる。

 そう誓って我らは助けだせたユリアを抱きかかえた。我は世界が悲しみで溢れる限り怨霊として蘇る。何度でも何度でも何度でも。

 だけどもう二度と愚行は繰り返さない。ここから私の永遠が始まる。



 ――エンドロール――

 かつての勇者は魔王となりて世界を救済し始めた。

 そのやり方は魔王ギールよりも過激に破壊と創造を繰り返した。

 人間は抗うすべを持たず、全ての生物は魔王ユウの元にひれ伏した。

 やがては神と天使をも食らい、自らを神と成した。

 世界が平和になったのは勇者が魔王となってから僅か一か月だったという。

               ――FIN――

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魔王END グラタファトナ @Guratafatona

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