第1話 紙飛行機と牛男

 怪物? それは自分のことか? この場にいるのは自分とあの少女だけだから多分自分のことだろう。

 アステリオスは考える。

 確かに自分は普通の人間とは違い牛の角が生えている。だが、そのことはこの国の民であれば誰もが知っている事実である。たまに王である父親の本当の子ではない、雄牛と人間の間に生まれた牛人間といった悪口が耳に入ることがあるが、怪物だとは言われたことは初めてだ。


 だが、彼にとってはそんなことはどうでもよくなった。通販以外で人間に出会う機会が少なかったため多少ばかり動揺しただけだ。すぐに彼の頭の中ではどうやって少女に帰ってもらおうかということしか浮かばなくなっていた。


「覚悟しろ怪物! 今すぐその首討ち取ってくれる!」


 そんなアステリオスなどお構いなしに少女は彼の方へ歩を進める。


「ストオオオオオップ! それ以上こっちへ来るな!」


 突然アステリオスが大声を上げたため、驚いた少女は一瞬身体が硬直する。


「いいかい、僕はね人と目を合わせるのが苦手なんだ。だから僕に干渉したいんだったらその距離からでお願いする」


 アステリオスは少女にそう言うと、ベッドの背もたれにもたれかかった。


「この距離からって、それではお前を倒すことができないだろう!」

「弓矢でも投石器でもなんでも使えばいいじゃないか」

「私は剣と盾しか持ってきていない!」

「じゃあその二つを投げれば?」

「お前! 戦士の誇りを馬鹿にするのか!」

「生憎、僕は戦士じゃないんでね」


 話をしながらアステリオスはボリボリとお菓子を食べている。新発売のミルククッキーだ。アステリオス的にはもう少し塩気があってもいい。


「だいたい僕のことを怪物だのお前だの酷くないかい? 僕はこれでも一応王族だぜ?」


 アステリオスの言葉に対し少女、テセウスは鼻で笑って言った。


「お前が王族? 怪物風情が嘘をつくんじゃない!」


 テセウスは何枚かの紙をアステリオスに見せつける。そこには十から十五くらいまでの歳の少年少女が十数名ほど描かれていた。


「この者たちを忘れたとは言わさないぞ!」

「ごめん、僕近視だからよく見えないんだ。左眼には酷い乱視も入っている」

「む、そうか。なら近くまで持って行ってやろう」


 テセウスが一歩踏み出す。


「だから、それ以上入ってくるんじゃねええええええええええ!」


 アステリオスが怒鳴る。


「じゃあ、どうすればいいんだ!」

「紙ヒコーキにでもしてこっちに寄越してよ」

「わかった」


 テセウスはその場にしゃがみ込み、ちまちまと紙ヒコーキを作り始める。三十秒も掛からずにヒコーキは完成した。


「それじゃあ、行くぞ!」


 テセウスはアステリオスへ向かって紙ヒコーキを投げた。ヒコーキは見事なカーブを描き――


「ああ! 待って! 行かないで!」


 小窓から部屋の外へ出てしまった。


「くっ、今からヒコーキを取ってくるから待ってろよ! 決してそこを動くんじゃないぞ!」

「あ、ちょっと待っ」


 アステリオスの声など耳に入れず、テセウスは勢いよく部屋を飛び出し、ヒコーキを探しに行ってしまった。


「……ここ、一応迷宮ってこと知ってんのかなあ」


 ま、どうでもいいか。なんにせよ帰ってくれたんだし。それに動くなと言われても最初から僕は動く気なんてさらさらない。

 アステリオスは再び横になり、お菓子をむさぼりながら積み本の消化を始めたのであった。

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