第18話 Welcomeようこそ商業区ギルド
「すごいじゃないですかアルノーさん!! 初めての仕事でA+判定だなんて!!」
「いやぁ、たまたまですよ。査定が甘かったのかな」
「あのダンジョン監査については厳しい、女騎士アレイン&従士トットが査定したんですよ、たまたまなんてことはありませんよ!! 私、びっくりしました!!」
正式な通達書類を持って僕たちの事務所に訪れてきたのは、国税庁税務課ダンジョン係のドミニクさんだった。
ふくよかな顔立ちをさらにふっくらとさせ、ニコニコと緩ませた彼女は、はいこれ、と、書類一式と、認定の証である印章を僕に渡した。
本来、こちらから取りに行くものなのだが、わざわざと届けに来てくれたのはどうしてだろうか。もしかして、僕たちの会社のことを気にしてくれているのだとしたら、なんだか嬉しい話である。
『あらあら、まーたそううやってヨシちゃんったら、鈍感のフリするんだから』
「なんのことです?」
『……うーん、ダンジョン管理士としても二級なら、フラグ建築士としても二級なのかしらね』
「フラグ? 僕、何か危険なことしましたっけ?」
『これよこれ。鈍感も度が過ぎると興ざめだよねぇ。少年よ、もっと大志を抱いてもいいのよ。そして女も抱いてもいいのよ』
どうしてそんな話になるんだろう。
相変わらず、僕の担当女神さまは、言っていることが意味不明である。
どうしてこんな人に転生させてもらっちゃったかな。
まぁ、こうしてそこそこ幸せだから、別に構わないけれど。
「
がう、と、吼えたブランシュにひゃぁとドミニクさんが驚いて声を上げた。
どうしてか虫の居所が悪い
ドミニクさんは、それじゃ、私は他の仕事もあるので、と、お茶も飲まずにそそくさと事務所を出て行った。
せっかく書類を届けに来てくれたのに、なんか悪いなぁ。
こっちとしても、もう少しゆっくりして行ってもらいたかったのに。
なんて思っているところに、お茶を載せた盆を持ってソラウさんがやって来た。
この人、なんでか最近は、自分の事務所じゃなくって、こっちに入り浸っている。
彼女の仕事はデスクワークだから、別に事務所に居なくってもこなせるけど、突然の来客とかあった時は大丈夫なのだろうか。
『よしひとー、ふらぐ!! ふらぐ!!』
「えぇ、また、僕、死亡フラグ立てちゃったんですか!?」
『そっちじゃないわよ!! んもぅっ、最後の最後まで締まらない子ね!!』
締まらないってなんだよもう。
まぁ、実際、ソラウさんの胸元は――そのちょっと、締まっていないだらしない感じで、僕はちょっと不安げな気分になってしまうのだけれど。
「なに、また女神さまと会話してるの?」
「えぇ、まぁ」
「頭の中に神の声が聞こえるなんて。チートスキルとゴールデンドラゴンの相手だけでもいっぱいいっぱいなのに、大変よねぇ」
と、彼女は少しも心配そうな素振りを見せずに、ついとその視線を客間に向けた。
あら帰っちゃったの、と、これまたちっとも残念ではなさそうに言うと、僕から書類一式をひょいと自然な流れで奪い取る。
そうして、自分で淹れた紅茶を手に、書類を一枚一枚あらためはじめた。
うん、うん、と、頷いてダークエルフの頼れるお姉さまは一言。
「大丈夫ね。監査部隊の査定時から、評価に変化はないわ」
「え、そんなことあるんですか?」
「時々ね。そりゃまぁ、あっちもお役所仕事だからさ、予算の都合が、州知事からの申し出があってどうだとかで、騎士団の査定から下げられたりもするのよ」
この様子じゃ、南フス州の州知事もそう長くはないわね、と、ソラウさんは呟く。
大人の話だ。
どうしてこの査定結果から、そういう話が導き出せるのか、僕には難しくってよく分からないけれど、ソラウさんがそう言うのなら、きっとそうなんだろう。
彼女は実際、僕達をこうして立ち直らせることに成功させた訳だ。
その才能を見抜き、そして認めてくれた訳だ。
その眼を疑う余地はない。
しかし、もしそうなら、エマさんたち南狗族はきっと喜ぶことだろう。
ダンジョンの監査の日に会って以来だけれど、別れ際に涙ながらにエマさんに手を握られたのを、僕は今でもありありと覚えている。
人に感謝されるというのは、こんなにも気持ちのいいものなのだ。
こんな僕でも。
そして
誰かのためにできることがあるのだ。
むせび泣きながら僕の手を握りしめるエマさん。
狗族の渾身の力がこもったそれは正直なところ痛かった。
けれど、その感情に任せた痛みが逆に僕には嬉しかった。
『だから、ヨシちゃん、それフラグ!! フラグだから!!』
「どんだけ僕、死亡フラグ立ててるんですか!!」
せっかく死亡回避して、こうして異世界転生したのに、また死亡とか。
そんなの勘弁だ。
最近は、ただでさえ、日常生活の中でも、死の危険を感じているというのに。
ほら、今も背後からそれを感じる。
赤い髪で複眼を隠したアラクネが、僕の隙を伺っているじゃないか。
寝るときは、ブランシュがガッチリとガードしてくれているから、なんとかなっているけれど、昼はいつ襲われるかと気が気でならない。
『殺したいほどなんとやら!! 分からないんですか、ツンコロの気持ちが!!』
「だからなんです、その妙なキャラクター設定!!」
「隙ありぃ!!」
後ろから、がぶり、と、頭で飛びついて来ようとするアラクネ。
あ、これやばいかも。
「おい、末っ娘!!」
そんなことを思った所で、ブランシュがアラクネに声をかけた。
よかった、チートスキル【王道の竜】が間に合ってくれたらしい。
唯一残った彼女の武器、鋭い歯で僕にかみつこうとしていた彼女は、ぐぎぎ、と、寸前の所でその動きを止められた。
そんな彼女に、にっこりと笑ってブランシュは言う。
「俺たちは
「……うぅ、
まったく面倒くさいな、と、呟きながらブランシュが事務所の奥から顔を出す。
と、そんな彼女に示し合わせたように、からりからりと、事務所の扉に取り付けた鈴の鳴る音がした。
ドミニクさんが出て行ったにしては随分と遅い。
というか、事務所の正面玄関は応接間のすぐ隣にあるのだ。
それはあり得ない。
新しいお客様。
まさか、まだ仕事を一つ終えたばかりなのに。
なんだろうか、と、視線を向ければ、そこには――商業区ギルドの三役が驚いた顔で立っていた。
いや、正確には副議長と執行役員が、信じられないという顔をして。
議長だけが相変わらずの厳しい表情をこちらに向けている。
「先だって、国税庁の知り合いから情報は聞いていた。最年少のダンジョン管理士が、低階層ダンジョンにしては異例とも言えるA+判定を出した、と」
抑揚のない言葉でそういうと、まったく要件も言わずに議長は僕の方へと近づいてくる議長さん。
煙たがられた上に、懸賞金をかけられたのだ、どうしても虫が好かないのだろう。ブランシュが威嚇するようにして眉間を寄せ、
それでも彼は顔色一つ変えずに僕に向かってくると、三役の残り二人を入り口に残して、僕の前に立った。
面と向かって相対すると、この老獪な男の雰囲気に圧倒される。
けれども、決してここでたじろいてはいけない。
期日は守った。
条件も守った。
僕は――
だから、それを恥じてはいけない。
堂々としていろ、アルノー。
そう自分に言い聞かせたその時。
ふっ、と、今までしかめ面だった議長の相好が突然に崩れた。
「流石はソラウさんが見込んだだけの少年だ。やるではないか」
「あっ、いえ……はい」
「判定については厳しめに出したつもりだ。別に判定結果がBだったとしても、期日さえ守ればそれで由としようと思っていたのだが、それを上回った結果を出すとは。まったくもって頼もしい」
「……えぇっ!? ちょっと、待ってください!! ふっかけたんですか!?」
「人生には厳しめの目標があった方が張り合いが出るものだ。それに……仕事の不首尾を理由に恩に着せて、何かとこき使ってやろうと思っていたのだが。まったく、何もかもこちらの思惑を外してくれる子達だ」
参るな、まったく、と、彼はソファーに座るソラウさんに視線を向ける。
まいっちゃいますよね、と、彼女もまたそれに追従するように手を広げた。
なっ、なんだそれ。
なんだこの茶番。
思わず僕は言葉を失ってしまった。
「言われなかったか。子供を追い回すのは、俺たちの趣味みたいなものだと」
「あっ……それは」
「可愛い子供に難題を突き付けて試すのも、我々の趣味みたいなものさ」
そう言って、可愛げもなくウィンクをした議長は、僕に向かって手を差しだした。
それはあの日。
エマさんの村で分かれ際に交わしたものに、よく似た印象のモノだった。
「ようこそ、商業区ギルドへ。マルタダンジョン管理会社、その開業を商業区ギルドとして正式に認めよう」
『ヨシくん!! ジジデレですよ!! ジジデレ!! レアな属性です!! まさかここまでのフラグ建築能力がありながら、これを逃すなんてことは――』
「だから、なんなんですかそれ!!」
それで、これも死亡フラグなの。
勘弁してよ、本当に、もう。
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