2012年12月某日 井上友香

●随分お久しぶりね?少し痩せた?


○ええ…少しですが。前にお会いした時は7月でしたね。


●あら…あの時…そうね。思い出してきたわ。あの時はごめんなさいね。


○いえ、大丈夫です。それより…井上さんは大丈夫ですか?


●ええ…落ち着いてきたわ…あれから大変だったわよ。しばらく家には帰してくれないし…


○良かった。


●あの時はごめんなさいね…友里恵が帰ってきたなんて言って…もう馬鹿みたいにはしゃいじゃって…でももう大丈夫。時間が解決してくれるのよね…


○いえいえ…大変な事件でしたし…


●うん…でも…ちゃんと帰ってきてくれたから…今は本当に幸せ。


○………どういう事ですか?


●どういう事って…いや、そのままの意味よ。友里恵が帰ってきたって言ったじゃない。今はどうにか楽しく暮らしているわよ。


○………事件のことは…どう考えられていますか?


●最悪の事件だったとは思うわ。最愛の娘が殺されたのですもの。犯人…懲役17年って…ふざけているわよ…でも…どうなのかしら…今、近くにいてくれているし…


○何がありました?


●いや、だから言った通りよ。友里恵が帰ってきたっただけ。やっと普通の生活に戻れて…最近やっと慣れてきたの。紅茶、お飲みになって。割と良い紅茶なのよ。ああ…分かるわよ。理解できないのは分かるわ。皆そうなのよ。友里恵が帰ってきたって言ったら私がキチガイになったって…お隣さんもそうよ…今は私を見たら早足で逃げていくの。


○あの…帰ってこられたのですか?………良かったですね。


●………?あら………あら…あらあら…わかってくださるの?


○…はい。もちろんです。


●ありがとう…本当にありがとうね…ごめんなさいね。泣いてしまって…本当に…大切な娘だったから…ごめんなさいね…


○友里恵さんは…今はどこに…?


●今は出掛けているの。もう少し待っていたら帰って来るわよ。でも、やっと日常が帰ってきてくれたわ…もう…心も体もバラバラになりそうだったの…本当に迷惑を掛けてしまってごめんなさいね。ああ、今日は何を聞きに来たのかしら?


○あ…そうですね…友里恵さんの交友関係に付いてなのですが…


●友達とかって事…?あの子…中学校…高校っていじめられてたのよね…だから友達…そうね…いないのかもしれない…


○いじめられていた?


●うん…よく部屋で泣いていたりして…私も力になってあげたかったのだけど「なんでもない」って…学校の先生にも話に行ったけど「いじめの事実はありません」って…今だったら問題よね?でも…あなたの年代なら分かると思うけど…昔ってそんなだったわよね…


○ええ…そうですね…


●でも大学入ってからは変わったみたい。元々、勉強ができたとかじゃないのだけど…必死に勉強して大学入って…その頃から一気に明るくなったのよね…


○恋人とか…いらっしゃらなかったのですか?


●ああ、今はいないわよ。事件の前はいたけど、事件の後…連絡とれなくなって。銀行の役職付きの…なんかしょうもない男だったわ。


○いえ…友里恵さんの…


●ああ、ごめんなさいね。いなかったんじゃないのかしらね…それか…家に連れてこなかったか…ああ、ニセ葬儀の日に彼氏とか言う男が来てたわね…あれ…誰なの?


○………そうですね…多分ですが…ファンの方とかでは…


●なんだか良くわかんないこと喚くし、迷惑でしょうがなかったわよ。あんなファンとか…危険だから警察も見張っててくれたら良いのに…でも…友里恵が芸能の道に進みたいって言った時はちょっとびっくりしたわね…もちろん反対よ。私からしたら最高の娘だけど…テレビとかで見るような芸能人とは全然違うでしょう?それにちゃんとした良い大学に入ったのだから、親としては普通に働いて欲しかったわよね。


○ドアが開きましたね。帰ってこられたのですか?


●ああ、和成よ。最近私と一言も話さないわ。高校生って難しいわね。友里恵は私に付いてきてあっちこっち言ってくれたけど…和成は全然よ。


○そうなのですか。


●友里恵もそろそろ帰って来るはずよ。もしかしたらもう帰ってきて部屋にいるのかしら?ちょっと待ってらしてね。このクッキー食べる?私が焼いたの。それじゃ失礼。


○…クッキー…炭になってるじゃないか…


●お待たせ~!友里恵帰ってきてたわ!もう降りてくると思うわよ。


○そうですか………君は…ちょっと井上さん!


●ああ、直接会うのは初めてかしら?友里恵?ちゃんとご挨拶しなさい?挨拶もできない失礼な子に育てた覚えは無いわよ?ほら、ちゃんと挨拶して?こちら、ライターの藤田さんよ。


○井上さん…これは…ひどすぎますよ…こんな格好させて…


●もう!この子ったら本当に照れ屋なんだから。女優に成りたいって言ったのにどうして緊張しちゃうの?でも、こういう所も可愛いと思える部分だから良いのだけど…ほら、いつも通りにソファーに座りなさい。友里恵はあのソファーが大好きで帰ってきたら座ったり寝転んだりしていたわ。私の大好きな友里恵はそうしていたの。私の大好きな友里恵は!そうしてるって言っているでしょうが!!何ボサっとしてるのよ!!


○井上さん!私は…他人です、それに…インタビューをまとめて本を作ろうともしています。そんな私が言える事じゃないかもしれませんが、これはひどすぎますよ。和成君が…あんまりにも可哀想ですよ…


●友里恵ね、ちょっと痩せちゃったの。元々おっぱいとかお尻は小さかったのだけど…夏バテを引きずっているのかしらね?夏…あのあと…病院から出て家に帰ったら和成がムスっとした顔で立っているのよ。私、凄いイライラしちゃって…友里恵が待っていてくれたら良かったのに…って思って…それで…台所で紅茶飲んでたの。じゃあ、二階から足音が降りてきて…目の前に友里恵がいたの。


○カツラを被って…化粧をして…友里恵さんの服を着ているだけじゃないですか…


●アハハハハハ!そりゃ和成と友里恵は似てるわよ。姉弟なのだから。でもね、同一人物って事ないわよ。ふふふ、面白い事を言うのね?ねえ友里恵!藤田さんが、友里恵と和成を見間違えているのよ!おかしいわね~!でも、これで友里恵が帰ってきたって事は分かってくれたかしら?私としてはそっとしておいて欲しいのにニセ手続きとか色んなのであっちこっちから連絡が来てすごく面倒…あ!でも藤田さんは来てくださって構いませんわよ?私も迷惑かけてしまいましたし…ちゃんと友里恵の事をわかってくれていますし…


○あれは…和成君じゃないですか…


●スベったジョークを何度も言うのは余り趣味がよろしくないんじゃないかしら?でも、私はこれでやっと平穏な時間を過ごせるの…


○……和成君はどこに…?


●さあ?あんなの興味ないから知らないわよ?私が好きなのは友里恵だけ。あんな汚らしい小僧…自分の子供だなんて思いたくないわ…最近ね和成の匂いがひどくて…陸上をやっているのだけど…ユニフォームとか全部ものっすごく臭いの…その点友里恵は本当に良い香りだったわよ。友里恵?何突っ立ってるの!!友里恵はあのソファーが大好きでしょうが!!!早く座るか寝るかしろ!!!もう…25歳なのだから反抗期も終わったはずなのに…でも、そういう所も可愛いのよね…

 見ての通りやっと平穏な生活に戻ったの。もう…こんな生活できないと思っていた…だけど…やっと帰ってきてくれたの…


○今日は…帰らせていただきます…また…連絡します。和成君にお伝えください。私の名前で検索したらFacebookが出てきます。そこから連絡をくださいと。それでは…


●またいらしてね。友里恵?ご挨拶は?もう…照れ屋さんね…


~メモ~

和成君が不憫でならない。

自分からやったのか、それともやらされたのか?

母親を守るため、そして自分のため、両方なのかもしれない。

ただただ可哀想だ。

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