第2話 『世界』は慈愛に満ちている

「……ありゃ、こんなに早く死んじまうなんて……あの2人見てるの面白かったんスけどね〜」


 足元の泉の水面に映ったある2人の事故現場を見つめ、大好きなオモチャを失った子供のように悲しげに呟いた1人の


「このまま消えちまうのは惜しいんスよね〜」


 男神は腕を組み渋って、天に召される、つまりはこちらに向かってくる魂を見つめる。

 すると男神の背後から可愛らしい声で叱責が飛ばされた。


「こら!貴方また仕事サボっていましたね?」

「おぉ!あねさん、いいところに!」

「姐さんじゃなくて先輩と呼びなさい……。それで、何かあったのですか?」


 若干頬を引き攣らせながらも男神に問う人、いや神はその男神の上司に当たる女神だった。


「俺の管理世界第12番の、地球の日本から2人、『転生』の許可を頂きたいんスよ」

「『転生』?まぁ、許可なら出せなくはないけれど……手続きが少し面倒くさくて……。その2人はどんな人なのですか?」

「姐さんが休憩する度いつも羨ましそうに見ていたあのカップルですよ」

「べっ、別に羨ましそうになんか見ていませんっ!変なこと言わないでくだ……えっ?その2人?」

「ええ、ついさっきトラックに突っ込まれちまいやしてね」


 死者を思い気落ちした声になる男神の姿に、冗談ではないと悟った女神は驚きをあらわにする。


「本当なのですね……あの2人が、ですか。死因は交通事故に巻き込まれたということですか?」

「巻き込まれたというよりも、2人がトラックに突っ込まれてたんで、事故の中心人物ッスね。被害者として」

「…………」


 女神は深く考え込むように押し黙る。


「どうしたんスか?そんな難しい顔して」

「……あの2人が学校の席替えで隣同士になった回数、覚えていますか?」

「は?席替え?何故、藪から棒にそんな話を?」


 女神は、男神の疑問を無視しつつ話を進める。


「全部です。私が気にし始めた小学6年生くらいから、高校3年生の前回の席替えまで1度の例外もなく隣同士の席になっていました」

「どんなッスか、それ……!?(そして姐さん、それ言ったら自分はずっと見ていたって言っているようなものッスよ……)」

「そもそもクラス替えの時点でとんでもない確立になっているのだから、偶然なんて言葉で済ませられるとは思わないのですが……」


 何を隠そう、その2人は幼稚園時代からの幼馴染みでお互いを異性として意識し始めたのが小学校入学くらいからという、とんでもカップルなのだが……

 そんな幼少の頃から1度として異なるクラスになったことがないのだ。

 席替えもはや仕組んでいるのではないかと疑われるほどで、よしんば離れた席になったとしても、必ずどちらかの隣の生徒が黒板が見えないと言って席を変わることになるという徹底した


「仕組んでいたってことはないんで?」

「人が仕組む程度のイカサマを私が見逃すとでも?」

「ひっ!睨まんで下さいよ、もとから顔怖いんスから」

「後で仕事を3倍に増やして差し上げますね」

「じ、冗談っスよ〜。姐さんのお顔は愛らしくも美しい、男が見れば一目惚れすること間違いなし!よっ、天界1番!」

「あからさまな媚び売り有難うございます。5倍に増やしておきますね」

「すんません、調子乗りました、せめて3倍でお願いしやす……」


 話が逸れましたが、と前置きして女神は自身の推察を語る。


「確率論で言ってしまえば無いこともないのですが、その2人に起こったは現実的に考えてまずありえません。ならば偶然ではなく必然、作為的な力が働いていたと考えるべきでしょう」

「作為的……ですかい。でも姐さんはイカサマやらなんやらを確認したわけではないんスよね?出来るとしたら神の力での確率操作っスけど、姐さんの監視をすり抜けるのは難しくないっスか?」

「ええ、だから私は『世界』さんが原因だと考えています」

「…………『世界』……さん?」

「はい、『世界』さんです」


 男神は、何を言っているんだ、という顔でフリーズする。

 女神の顔を見るが冗談で言っている雰囲気はなく、至って真面目であった。


「……そ、そんな名前の神様っていましたっけ?」

「いえ、神ではありませんよ。そのままの意味で『世界』さんです」

「……姐さん、俺にも分かるように説明してもらえませんかね?」

「もとよりそのつもりです。貴方がヒントを教えたくらいで分かるような頭脳を持っている訳が無いと信じていましたから」

「…………あざっス」


 信頼されていたことを喜べばいいのか、辛辣な言葉に悲しめばいいのか、男神は複雑な心境で取り敢えず礼を返した。


「では説明しましょう。と言ってもあくまで私的な推論で事実かどうかは分かりませんよ」

「ええ、それでいいので」

「ここで言う『世界』さんは人々が住まう下界の『世界そのもの』のことを指します。死者の魂を導き、閻魔様率いる『悪魔』達と協力して下界、つまりは人間が住まう世界のまでを管理し循環させるのが私達『神』の仕事です。それは貴方も理解していますよね?」

「……も、もちろんっスよ〜。これでも一応神なんで」

「『神』はまでの間であれば関与し働きかけることができます。その代わり基本的に『神』は、人間が生きている間は一切の関与を許されていません。ここまで考えると1つ気になる事が浮かび上がります」

「気になる事ですか……ん〜と……あっ!逆ってことっスか!?」

「その通り。を管理しているのが『神』ならば、を管理しているのは誰か、という疑問が浮かぶのです。そこで私はその存在が実在すると仮定して、その名前を『世界』さんとしたわけですね。正式に言うならば『世界』さん(仮)です」


『神』と対になる存在は『悪魔』だが、『神』と『悪魔』を1つの循環機関として見るならば、その対になる存在が『世界』さん(仮)ではないかと女神は語る。


「それで姐さん、その『世界』さんが原因ってのはどういうことなんで?」

「私はあの2人が『世界』さんに気に入られているのではないかと考えています。お気に入りに追加、みたいな感覚です」

「そんな、管理する立場の存在が一個人に肩入れしていいんスか?」

「先天性の才能を授けるのは私達ですし、それも一個人を優遇しているようなもので、あまり変わらないことなのかも知れませんね」

「あー、言われてみれば確かに……」

「ちなみにあの2人のデート時に雨が降ったことは一度もなく、むしろ降水確率80パーセントの予報を覆したことも何度かありましたね。誕生日パーティーでは、予定日前日に接近していた台風の進行方向が180度変わって無事終えることが出来たこともありますし」


 女神から語られた、自然現象をねじ曲げる『世界』さんの破天荒さに男神は戦慄する。


「…………『世界』さん、流石にやりすぎっス。降水確率は大目にみても、台風をその角度で曲げちゃダメっすよ」


 男神の頭の中では、

『ふぅ〜、台風がやっと過ぎ去ったぜ〜。いやーやばかった。家壊れるとこだったわー……ん?あれ、なんか風が強くなってきた?えっ、なんで!?台風戻ってきたーー!?俺の家が壊れ……ぎゃぁーーー!!』

 という光景が繰り返されていた。


「でも姐さん、『世界』さんがそんなに気に入ってる2人が交通事故なんかで死んじまうなんて、考えにくいんスけど……」

「ええ、私もそう思いました。ですが、逆に考えてみてください。この交通事故が『世界』さんが起こしたものだとすれば……」

「それなら有り得ますけど、何故そんなことを?」

「彼女、あの2人の女性の方ですが、かなり深刻な病に冒されていたのですが知っていましたか?」

「何回も病院に行ってましたからね…………今、自分の質問の答えが浮かんだ気がしたんスけど……」

「恐らくその答えで合っていますよ」

「いや、でもこれは強引過ぎるんじゃ……」

「台風を逆走させた事も十分強引だったと思います」

「…………」


『世界』さんの弁護はもう出来なかった。

 男神は今までの会話を振り返って、やはりこの結論にしか至らないと納得し、改めて『世界』さんに戦慄を覚えた。






「つまりこの事故は……『神』が転生させることを見越した、延命治療……?」






 …………『世界』さん、ぱねぇッス!


 その後の女神の計らいで、事故に合った2人は男神が管理する異なる世界で2度目の人生を歩むことになる。

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