とことん一途な男が転生したら、

朧月 万博

第1話 プロローグ〜誓ったこと〜

 眼前に迫る4トントラック。

 これが走馬灯というやつだろうか?

 ひどくゆっくりと時が流れているように感じる。

 ただ、ゆっくりに感じているだけなのはよく分かった。

 体が鉛のように重く、思い通りに動いてくれないからだ。

 死を認識して加速した思考速度に付いていけないのだろう。

 声すら出せない。


 彼女に、最期の言葉を伝えられない。


 ……


 伝えるとしたらどんな言葉だろう?

「大丈夫だよ、君だけは助けるから」とか?

 大丈夫なわけないだろう。

 目の前に爆走トラックが走ってきていて「大丈夫」なんて言えたらむしろ「あなたの頭、大丈夫?」的な返しが来るだろう。

 それに……俺が死んで彼女が生き残ったら、残された彼女はどうなる?

「あなたを失うくらいなら死んだ方がマシです!」と本気マジ顔で言い出す若干ヤンデレが入った彼女のことだ、「彼がいない世界に未練などありませんから」とか言ってリストカットに走りかねない。

 そんなことして欲しくて助けたわけじゃない。

 そもそもトラックの幅からして彼女だけ突き飛ばしたとしても、もう間に合わない。


 でもまぁ、死を直前にしてどんな言葉を伝えればいいのかなんて、そんな咄嗟に思いつくようなものでもないし、これでいいのかもしれない。


 死の時が刻一刻と近づいてくる。


 衝突するのはトラック、つまり鉄の塊だ。

 どれくらい痛いのだろう。

 それとも痛みさえ感じず即死コースだろうか。

 どちらにしても死後の俺の体は酷いことになっているはずだ。

 複雑骨折ならいい方で、原型を留めないほどぺしゃんこになっている可能性だってありえるかも……


 俺がそうなるのならまだいいが、彼女がそうなるのは嫌だ。絶対に。

 彼女は、どうして俺なんかを好きになってくれたのか疑問に思うくらい可愛くて綺麗な子なんだ。

 肌だってシミひとつない美白で、どれだけ男友達に自分の彼女だと自慢し回ったことか。


 彼女の傷は最小限に留めてみせる。

 骨折や骨にひびがはいるくらいならまだしも、腕が潰れるなんてことは絶対にさせない。

 だから動いてくれ、俺の体!

 この腕の中の温もりに傷を付けさせるわけには……って、腕の中?


 自らの腕の中に意識を向ければ、トラックから守るように抱きしめられた彼女の姿が。


 ……はっ!流石は俺の体!

 まさか頭で考えるよりも先に行動に移しているとは……恐るべし、条件反射。

『彼女を守る』という行動が生存本能の一部になっていたということか!?


 自画自賛?いや、自分に驚嘆しつつも死の気配に意識を戻す。

 トラックが既に数メートル先までに迫ってきていた。

 数瞬後には衝突する位置だ。


 なんにしても、もう思い残すことは無い…………わけがない。

 父さんや母さん、爺ちゃん婆ちゃん、友達とか先生とかにもお礼を言いたかった。

「今までありがとう」、「すごく幸せだったよ」って。


 大音量のクラクションが響く。

 衝突まで1メートル。


 そして何より、俺の人生を彩ってくれた彼女に最大の感謝と、この思いを伝えたかった。


 残り五十センチ。

 腕の中で彼女を抱きしめる。

 離しはしない、離れたくないと強く、強く抱きしめる。


「今も、昔も、これからも、君のことが大好きだよ」


 衝撃が襲う。

 全身の骨が悲鳴を上げて粉々に砕けていく。

 肺が、心臓が潰れ、さらなる衝撃に右半身が潰れた。

 トラックが何処かの建物にぶつかったのだろう。

 痛みは無かった。

 感じる間も無かったのだ。


 瓦礫に埋もれ血の池を作る俺の左腕には……

 彼女の姿があった。

 右目は使い物にならず左目だけで、随分とぼやけているけど、彼女だと分かる。

 頭からは大量に血が流れていた。

 どうやら守りきることは出来なかったらしい。

 徐ろに彼女が顔を上げる。

 視線が合った気がした。


 喉が潰れて声は出ない。

 俺もーーーも、もう長くはないと分かってしまう。

 それに、脳もやられたかな?彼女の名前が思い出せない。

 俺が言いたいことは、なんとか言えた。

 でも一つ、これだけは聞いておきたかったことがあるんだ。


 なあ、ーーー。君は、俺と恋人で幸せだったかな?


 声にならない問いかけを胸に、俺は静かに目を閉じる。

 このまま、俺は…………








 唇に柔らかな感触が触れた。



 何かなんて見なくても分かる。

 幾度となくしてきた、でも色褪せることのない愛が伝わるこの感触。


 これが、言葉に出来なかった俺の問いかけの、答えのような気がした。





 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




『……ーーー。』


『……はい』


『俺は君のことが大好きだ』


『私もです』


『だから、生まれ変わったら、必ず君を探しに行くよ』


『……待っています。ずっとずっと、いつまでも、あなたのことを待っています』




 2人の恋人は世界を変え、新たな生を受け、再び恋路を歩み始める。

 脇道などない一本道を。

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