第10話 史上最大の取引(2)

 密会場所は例の居酒屋だった。店主は僕の顔を覚えていてくれた。

「店のことはあきらめてたけど、またこうして再開できた。きっと宇宙人のおかげだよ」

 といって、ソラスに感謝していた。

 二階に上がると、ソラスの隣にヨーコがいた。並んで食事をしているというよりは、ホステスの接客のように、彼のほうにすり寄っている。


「またこの宇宙に来たのか?」

 僕はそう言って、彼らの向かい側に座った。

「もう来ないつもりだったけど、一応今のこの状況を説明しておかないといけないと思って」

 彼女は、ばつの悪そうに言った。

 この状況とは、世界が元通りになったことだろう。彼女の様子からすると、予定外のことが起きて、やむを得ず、元に戻したに違いない。


 テーブルの上には、以前と同じモツ鍋があった。ソラスが夢中で食べているのを見て、

「僕もいい?」と聞いた。

「どうぞどうぞ」

 ソラスでなく、彼女がそう言った。下に店主がいるということは、モツ鍋は彼女が作り出したものではなく、この店の料理のはずだ。

 ということは支払いは、彼女が負担しているようだ。

 きっとまともに働いて稼いだ金ではなく、本物と同じデータの貨幣を使うか、後付の事実で本物になってしまったプラチナカードを利用するのだろう。


 僕も、前回少しは食べたはずだが、味を覚えておらず、初めて食べる気分だ。経営者が中国人で、客が宇宙外生命体なので、エスニックな味付けに期待がかかる。が、実際に口にしてみると普通の味で、少しがっかりした。

 そんなことより、肝心の話だ。彼女は説明を始めた。

「ソラスさんの宇宙は、ここの宇宙の十倍くらいの計算力で成立していて、かなり余裕がありまして、地球に環境が似た新惑星を用意しました。それだけでなく、そこと惑星間トンネルで、ソラスさんのいる惑星と結ぶ、大プロジェクトを進めていたんですが……、

 ちょっとした計算ミスで、酸素濃度が足りず、調整に時間がかかり、一旦、みなさまには元の宇宙に戻っていただいた次第です」

「調整にどのくらい時間がかかる?」

 僕は真剣に聞いた。

「ざっと二百年といったところです」

「そんなに待ってたら、環境破壊で人類滅亡だろう。地球を一瞬で金に変えることができるのに、どうしてそこまで時間がかかるんだ?」

 その質問に答えたのはソラスだった。

「金に変えるのは、単純なデータ処理だけですむが、大気調整となるといろいろなことを考慮する必要がある。何かひとつ条件を変えただけで、影響は各所に及ぶので、慎重に進めなければいけない」


 僕も、製造業に勤めるエンジニアの端くれだ。彼の説明に納得した。

「そうだな。だけど、二百年も待ってられない」

 彼女は、僕のその言葉を待っていたかのように、

「そこで私どもとしましては、人類のみなさまに、当分の間、大型宇宙船で生活していただくよう、ご提案したいんですが」

「移動用の宇宙船を生活の場所に?」

「移動用ではなく、居住を目的に設計されています。高速で動く必要がないので、途轍もないサイズのものになります。一隻でおよそ一億人が生活できます」

「一億人? ひとつの国の国民まるごと。七十あれば全人類収容できるじゃないか」

 ソラスの宇宙に用意した新惑星の調整が完了するまでの二百年間、我々はそこで暮らすことになるのか。

 

 彼女は、パンフレットを用意していた。

「こんな感じです」といって、それを僕に渡した。

 夢の宇宙生活という見出しで、その名の通り夢のような未来が描かれていた。

「この方向でいいんじゃないかな」

 パンフレットの内容に魅了された僕は、そう言った。

「ひとつ問題がありまして」

「何?」

「これだけの規模の船団を維持するのには、それなりの計算量が必要です」

 僕はうなずいた。無から有を生じるのだ。彼女の言うことも当然だ。


「私どもの今の見積もりでは、そちらさまの宇宙の総計算力の45パーセント。それだけの計算力を費やさないと、船団は維持できません」

「つまり何かを犠牲にする必要があるということだな?」

「おっしゃるとおりです」

「具体的には?」

「現在地球にある建築物のほとんどを取り壊し、科学の進歩は停滞し、宇宙船内での生活も娯楽の少ない単調なものになります」

「食料は大丈夫だな?」

「飢えるようなことはなくなりますが、これまでのような様々な食材が手に入らなくなるので、サプリメント的な食事になります」

 宇宙船にいるのに、地球に建物があっても仕方がない。宇宙船の中で地上と同じような暮らしができるほうがおかしい。宇宙飛行士だって宇宙食を食べるんだから、贅沢はいえない。


「その程度は仕方がないよ」

 僕は軽い気持ちでそう言ったが、それは、人類、いや地球、いや宇宙代表の意見、いや契約合意の発言とみなされた。

「ご承諾いただけましたでしょうか?」

「ああ」

「それで、日程や注意事項などですが……」


 それから彼女は、具体的なロードマップを僕に説明した。その間ソラスはひたすらモツ鍋を食べ続け、店主が何度も階段を上り下りすることになった。

 彼女の話が退屈なので、僕もモツ鍋を腹一杯になるまで食べた。ひととおり説明が終わると、次回は日本で会うことを約束し、僕は階下に降りた。

 下のカウンター席で待っていた政府関係者は、僕に会談の内容を聞いてきたが、面倒なので、今は極秘事項なので明かせないといって断った。

 

 人類、いや地球、いや宇宙始まって以来の重要会議を終えた僕は、翌日には会社に出勤した。

「公費でアメリカに行けてうらやましいよ。こちらは君の抜けた分大変だったから」

 と一日休んだだけで嫌みを言われた。

 事実なので、僕は何も言い返せなかったが、政府関係者が会社にまで来て、内容を知りたがったので、僕は優越的立場を生かし、パシリとしてこき使ってやった。それで会社の連中は、僕に一目おくようになった。

人類の命運は僕が握っているのだから、当然といえば当然だ。


 翌月。僕は国連の招聘でニューヨークに行き、地球大使に任命された。全参加国の国籍を取得、広大な邸宅を与えられた。

 本当は地球大使ではなく、宇宙大使なのだが、一般人には理解できないので黙っていた。

 月に一度、ワシントンの居酒屋に行き、宇宙船移住計画を話し合うのだが、三回目からキズキ・ヨーコは参加しなくなった。彼女は本当にこの宇宙を去ったらしい。

 それでソラスと二人で、モツ鍋を食べるのだった。


*******************


 宇宙大使が帰った後、キズキヨーコは、ワシントンシティにある居酒屋の二階でソラスと話していた。

 彼の機嫌をとるために、モツ鍋をふるまっていたのだ。

「ご協力ありがとうございます。宇宙船が契約できたのもあなたさまのおかげです」

 彼女は、ソラスの猪口に徳利で日本酒をついだ。

「他の宇宙のうまい料理食わせてくれるというから、やったまでだ。そんなことより、あそこの生命、みんな帰したのはどういうことだ?」

「ごめんなさい。一度にあれだけの数は無理です。もし全員を新惑星に移住させたら、そちらの宇宙の物理法則を破ることになりかねません」

「最初から期待はしてなかったよ。どうみても無茶な計画だったからね。ひとつの宇宙の魂、全部吸収するなんてできるわけがない。しかも計算量急上昇中の期待の宇宙なんだろう。成功すれば、うちの計算量が30パーセント増加で、そちらへの支払い分20パーセントを差し引いてもまだ余裕がある。話がうますぎると思った」

「本当にちょっとしたミスだったんです。ですから、惑星間トンネル計画は当初の予定どおりでお願いします」

 

「うちのところの主要惑星を高速で移動できるのはありがたいけど、支払い額を下げてくれないかな。新規参加者がなくて、計算力が増えないのに、総計算量の20パーセントは高すぎる」

「トンネルが完成すれば、他から大量の参加者が集まるからすぐに取り戻せます」

「そうやって適当な理由をつけて、利益を上げようとする。商売うまいね。あそこだって、宇宙船だけで45パーセントなんて、どう考えてもぼったくりだろう。1パーセントもあれば十分で、残りは全部そちらの利益」

「とんでもございません。いつも赤字すれすれでやっております」

 ヨーコはごまをするように、両手をこすり合わせた。


 ソラスは、彼女をじろっと横目で見ると、

「本当は、最初からあの宇宙を維持するつもりだったんじゃないの?

 環境破壊詐欺で、あそこの宇宙に宇宙船売りつけて、うちには参加者増加詐欺でトンネル建設。僕の立場からすると、環境破壊詐欺に加担させられて、参加者が増えると騙されてトンネル売りつけられる。そっちからすれば、こんなおいしい話はないな。せこい商売してるんじゃないよ」

「そんなことはありません」

 というキズキヨーコの声は震えていた。

「あの宇宙に一人だけ残したのは、宇宙が消えないようにするため。理由は後で魂を戻す予定だったから」

 ソラスにそう指摘され、彼女は言い訳が思いつかず、

「あ、そうだお土産、お土産」

 といって、ファミレスの制帽をとりだした。

「おっ、これこれ。わざわざとってきてくれたんだね」 

 ソラスは自分の禿頭に帽子を載せた。「デザインが気に入ったんだ」

「すごくお似合いです」

 彼女は顔を輝かせて、そう言った。

「さすがやり手の宇宙間商社代表。お世辞がうまい」

 それから二人は、トンネル建設の詳細について話し合った。

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