3-7:染戦1

翌日、三人はライチのアトリエに再び集まっていた。

「単刀直入に言おう。俺たちはもう一度、ミライ君の心理世界に入る必要がある」

「ライチさん、どういうことですか?」


「どうにも一つ気になることがあるんだよ。そして、その結果次第では、リッカちゃんを助けに行くことができなくなるかもしれない」

「いや、その……どういう……?」

ミライは何がナンやらと言った顔だ。それもそのはず、今日はすぐにリッカを助けに行く予定だったのだから。


「アタシもちょっと気になってるのよね。この話、出来過ぎなんじゃないかって。なんつーか、『全部最初っから仕組まれてました』みたいなやつ?そーいうの感じるワケよ」

マモリの直感は、こういう時に限ってよく当たる。


「それじゃあ、僕が助けに行くことも、黒魔法使いには予定通りだっていうんですか?」

「そうかもしれない。最悪の場合、そのままミライ君が負けるまで敵の予定通りかもしれない。それを確かめるために、キミの心理世界にもう一度入る必要がある」


「ま、ようは、アンタにもリッカちゃんみたいに、何か仕込まれてるかもしれないってこと。で、それ次第じゃこっちとしても動きが変わるってこと。わかった?」

「うーん、よし。わかったよ」

ミライの返事は渋々と言ったところか。だが、ミライ自身にも、妙な引っ掛かりがなかったといえば嘘になる。


「さあ行こう。手を繋いで……”深く潜り『夢』を探れ”」

ライチが呪文を唱える。三人の意識は薄れ、ライチの世界へと潜っていた。


◆心理世界侵入◆


……三人が目覚めたのは、いつもの公園だった。取り立てて変わった様子はない、ミライの心理世界だ。

「よし。これからリッカちゃんのときみたいに、もっと深い階層に潜っていく。ライチ君、なにか心当たりはないかな?」


ミライはあたりを見渡す。これといって代わりのない、見慣れた公園だ。

「いえ、特に心当たりは……」

「公園の外はどうなのよ?」

「外は出たことがないんだ」


心理世界は閉ざされた世界であり、階層ごとに広さに限界がある。この公園が、この世界の範囲なのだ。

「あ、あれ」

あたりを見渡すミライが、止まった時計を指差した。


「時計がどうかしたの?」

「なんかあの時計、止まっているような気がする」

マモリとライチも時計を見る。たしかに、動いていない。それどころか、時間もずれている。太陽が真上にある昼下がりだと言うのに、時計は六時頃を指している。


「どうやら、あれが鍵らしい。ミライ君、あの時計の時間をあわせてみてくれないか?ここはキミの心理世界だ。思ったことはある程度融通がきくはずだ」

「わかりました。やってみます」

ミライが念じると、時計の針が周りだし、一二時丁度を指したところで止まった。


ゴーン……ゴーン……。正午を告げる鐘の音が、公園の入口の方から聞こえてきた。

「あっちに行けってことですかね?」

「ああ、そのようだ。行こう」

公園の1口から外に出ると、三人が光に包まれた。次の階層への移動が始まったのだ。


◆第二階層侵入◆


三人を包む光が晴れると、三人はまた公園の真ん中に立っていた。

「どーいうこと?さっきと同じじゃない」

「いや……、ここは、昔の公園だよ」


ミライの言葉の通り、公園の遊具が真新しい。ベンチも見覚えがないものだ。ここは、リッカの心理世界に近い。いや、リッカの心理世界そのものか?

「これは、リッカちゃんから魔力を分け与えられた時の影響か……?」


ライチも少々判断に困る。魔力を分け与えられるとか、あるいは同じ時間を長く過ごすとか、そういった条件で心理世界が似たものになることはよくある。だが、これは、似ているというよりも、全く同じだ。


「こういうことって、よくあるんですか?」

「いや、ここまで似ているというのは少ない。まるで、空間そのものをコピーしたかのように異質だ」


「あ!あれ!」

悩む二人をよそに、マモリが何かを見つけた。こういう時の直感は鋭い。


そこには、小さな女の子がいた。女の子はどこかに向かって走っていく。

「昔のリッカ?」

ミライのその言葉にライチは大きく反応する。

「なんだって!?……よし、あの子を追うんだ。入り口にたどり着けるかもしれない」

ライチの言葉に、三人は走り出す。


……そして三人は、マンションの一室の目の前にたどり着いた。

「ここってもしかして、リッカの?」

「どうやら、そのようだ。……行くぞ」


ライチは扉を開けた。三人が光に包まれる。次の階層への移動が始まったのだ。


◆第三階層侵入◆


三人を包む光が晴れたとき、そこには牢獄があった。あの日、最初にリッカを助けた時の牢獄だ。

「え?なんで……?」

「どういうことよ?リッカちゃんの時とおんなじじゃない!?」


「いや、いや、落ち着くんだ」

ライチが二人をなだめるように説明する。

「いいかい、心理世界の階層は、途中で枝分かれしていることもある。ここはおそらく、リッカちゃんの心理世界がコピーされてしまった場所なのだろう」


「そーいうことなら、この道はハズレ?」

「いや、今回はアタリのようだぞ。アレを見るんだ」

ライチが見つめる先には、箒を構えた黒いローブの男が立っていた。こちらに向かってくる様子はないが、手を出せば襲い掛かってくるだろう。


「リッカと同じ呪いが、僕にもかかってたってことですか?」

「どうかな。これはちょっとわからないぞ」

経験豊富なライチですら困惑していた。こんな状況は、これまでになかった。


「でも、とにかくアイツをぶっ飛ばしゃーいーんでしょ?」

「言い方はあれだが、まあ、そういうことだ」

マモリの言葉は分かりやすい。


三人はそれぞれの魔道具を構えた。


◆染戦開戦◆


「”打ち穿け『水』!”」

ミライがカードを突き出すと、鋭い水の狙撃が放たれた!


「ギッ!?」

黒ローブ男は反応するも、交わしきれずに水弾を食らう!赤の魔力がはじき出された!


すかさずマモリが追撃。

「”連鎖爆撃『爆発』追撃!”」

マモリが放ったビー玉は、先程はじき出された赤の魔力に向かって飛び込み、吸収、連鎖爆発!赤、橙、緑、そしてもう一つ赤の魔力が飛び出し、黒ローブ男は消滅した。


◆染戦閉染◆


「随分と弱かったというか……」

「アタシの魔法が強くなったんじゃない?」

「いや、おそらく、あれもコピーなのだろう。リッカちゃんのところにいた呪いよりは、だいぶ力も落ちてるみたいだね」

飛び散った魔力をそれぞれが回収していると、突然床が崩れだした!


「次の階層に落とされるぞ!」

ライチの言葉に、ミライとマモリが身構える。三人は光に包まれ、移動が始まった。


◆第四階層侵入◆


光が晴れると、そこはまたしても公園だった。時刻は夕暮れ。リッカの心理世界によく似てる。

「また公園なの?」

「うーん……いや、あれ!」


ミライが指差す先には、三人の幼い子供がいた。

幼いミライ、幼いリッカ。そして、もう一人の幼い誰か。


幼いミライが二人の傍を離れると、幼いリッカが、幼い誰かに話しかける。

「もし私が悪い魔法使いに捕まっちゃったら、ヨーイチ君は助けてくれる?」

ヨーイチと呼ばれた子供は、それに答える。

「うん!」


「やったあ!約束だよ!」

「うん、約束!」

「それから、もし私が……」


ミライはその光景に見入っていた。自分が思い出した記憶によく似ているが、違うものだ。どちらが、本当の記憶だ?


「もし私が……」

幼いリッカは少し考えて、言葉を続けた。

「もし私が、悪い魔法使いになっちゃったら、私をやっつけてくれる?」

「えー!リッカちゃん悪い魔法使いになっちゃうの?」

「もしも、だよ」

「うーん、うーん……」


幼いヨーイチは悩み、答えた。

「うん……」

「約束だよ?」

「うん、約束」

その言葉を最後に、三人は心理世界から解き放たれた。


◆第四階層脱出◆

◆第三階層脱出◆

◆第二階層脱出◆

◆心理世界脱出◆


「全部、思い出した……」

ミライはどこか遠くを見つめるように言った。

「約束をしたのは、僕じゃなくて、ヨーイチだ」


「ヨーイチって誰よ?」

「おや、マモリちゃんも知らないのかい?」

「ヨーイチは、あの時、一日だけ一緒に遊んだんだ。その後は、もう二度と会ってなくて、引っ越したんじゃないかと思ってるんだけど……」


ミライは、可能性に気がついていた。

「あの黒魔法使い、もしかしてヨーイチなんじゃないかな?」

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