第4話 ミルクティー。


目が覚めると既に雨は上がり太陽は傾いていて、眩しいオレンジの西日が風俗街を見下ろせる大きな窓から差し込んでいた。

裸体のままのあたしにとろりと溶けるような感触のブランケットがかけられていて、その些細な優しさにあたしは昨日の夜のことを本気で悔やんでいた。


風俗街で雨に打たれ泣くなんて、そして名前も知らない男にくっついていくなんて、成り行きの性欲や淋しさをぶら下げてセックスという行為に溺れるなんて、とても尻の軽い性にだらしない女だと、きっとそう思っているのだろうと悔やんでいた。


「おはよう。よく眠れた?」


男がキッチンからマグカップを持ってあたしの寝そべっているベッドに座り、優しい笑顔でそのマグカップを両手に握らせた。


体温のように温かい温度のミルクティーの香りと温もりが、あたしの後悔を更に膨らませている。


なにも言えずに頷くあたしに、男がふっくらと柔らかい唇を開いた。


「ごめん。昨日は放っておけなくて…でもあんなことするためじゃなくて…でも。なんか…ごめん。」


目を男に向けると、とても恥ずかしそうな困った顔をして、笑っていた。


あんなにセットしていた髪はくしゃくしゃになって、アシンメトリーの前髪からちらりと覗く目は昨日と同じようにとても優しかった。


ふわりとボディソープの香りがあたしの心を刺激する。


ゆっくりと静かにビルの隙間に埋もれていく太陽が、もうすぐネオンが夜を麻痺させる時間を連れてくる。


そんな一般の人間の1日の終わりと、風俗街で生きる人間の1日の始まりの間で、とても穏やかな瞬間を重ねているあたしたち。


「ねえ、名前聞いてない。あたし、ジュリ。」

「俺、レイ。」


「レイ。かわいい名前。」


レイは恥ずかしそうに笑うと、あたしの次の言葉を遮るように優しい旋律のようなリズムでカールの取れたあたしの長い髪をゆっくりと撫で、あたしの唇にとても優しくそっとキスをした。


「ごめん。」


咄嗟に唇を離し、俯くレイ。


あたしはそんなレイがなんだかとても淋しそうで、また心がズキズキと痛むのを感じていた。

そして、俯くレイの顔を覗き込み、柔らかい唇を重ねて熱くなった舌をそっと絡ませた。


ああ、また、泣きそうだ。

この男は、あたしの痛む心を、どれだけ解放させてくれるのだろう。


この男を、心から愛した人間はいるのだろうか?


時折見せる世界でひとりぼっちみたいな淋しさを含んだ表情をするレイに、そんな漠然とした疑問だけを膨らませているあたしをベッドに横たえてブランケットの上から胸の膨らみにふわりと顔を埋めるレイ。


オレンジの西日はブラックの夜に吸い込まれて溶けていくように、風俗街の闇の間へと静かに飲まれていった。

窓際に干された、あたしのフォックスファーのコートと、サテンのキャミワンピースが部屋じゅうに影を落とす。


もうすぐネオンの輝くキラキラと明るい夜があたしたちを迎えにくる。


泣いている。


あたしの身体にかけられたブランケットを剥がして、切なすぎる愛撫をしながらも声を殺し肩を少し震わせて、唾液と涙を溢しあたしを濡らして、レイは泣いている。


その体液が持つ優しい温度に、漂うミルクティーの甘い香りに、あたしはドロドロに溶けてしまいそうだ。


涙の理由。

そんなことは聞かないで、今だけは、レイの体温に埋もれて濡れていたい。


あたしの重なった後悔は、眩しいくらいの夜にふんわりと溶けて消えていった。

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