第3話 黒い性欲。

営業を終えた店を出たあたしは、15cmのピンヒールでアスファルトに作られた水溜りを容赦なく踏みつけながら淡々と歩いている。


シャットダウンされていくネオン街を包むのはとても激しい雨だった。


風営法というガードの塊によって、この街は静かに息を潜める。


濡れていくフォックスファーのコートはこの上なく無様で仕方がない。

コートの裾から見える太腿の鳳凰の刺青が雨の雫を浴びて、飛ぶことも許されないまま死んだような顔をしてこの世の中を睨み付けている。


たっぷりとグロスを乗せた唇に溶けたアイラインの苦い涙が垂れ流れていくのを感じた。


どうしてあたしは、今、泣いているのだろう。


嫌味のように輝いていたネオン街は、そっと沈黙に殺されていく。


あたしはその沈黙の中でそっと蹲って、両手で肩をきつく包み込んだ。

まるでこの世界で、一番愛している人間を抱くように、きつく、きつく、きつく。

傘を持たないあたしは、源氏名を捨てた、本名のままのあたしで、この痛烈な雨にまでも、心がズキズキと、痛む。


「どうしたの?!大丈夫?!」


あたしの頭上に降る激しい雨が止んだ。

視線を上げるとビニール傘を差し出した男があたしを見ていた。


キャッチか仕事上がりの風俗嬢を引くホストだろうか。

ピンクの細いストライプのシャツにスーツ、そして何時間もかけてセットしたであろうメッシュの入ったアシンメトリーの髪。


男は自分の身なりが激しい雨に晒されているにも関わらずに、ただただひたすら止まらない涙を流すあたしを見ている。


「大丈夫、じゃない。」


ぽつりと吐き捨てるように放った言葉に、あたしの中でぐしゃりとなにかが壊れたような気がした。

そして、振り払うはずだった男のびしょ濡れのスーツの胸元に倒れ込むように抱きつくと、男はあたしの濡れた身体をとても強い力で包んでくれた。


まるでこの世界で、一番愛している人間を抱くように、きつく、きつく、きつく。


躊躇いさえ感じられるその手は震えながらも力を込め続け、あたしの涙は止まらないままだ。


誰でもいい。


そう思った瞬間、あたしの負けなんだ。


そんなことは知っていたけれど、あたしは男のBMWに乗り込んで風俗街から少し離れた男のマンションで、セックスをした。


濡れた身体を猫のように摺り寄せ男の首筋にキスを重ねるあたしからの誘いを頑なに拒む男を、無理矢理あたしの体内へと導いた。

まるで付き合ったばかりのカップルのような、とてもぎごちなくてとても丁寧な愛撫に、あたしの身体から放出される熱を持った体液が止まらなかった。


男のブラックで統一された無機質な部屋に、激しさを増した雨音と、あたしの叫びにも似た喘ぎ声と、男の熱い呼吸が響いていた。


あたしはセックスの後、まるで胎児のように丸くなって男の体温に抱かれたまま、いつの間にか眠っていた。


誰でもいい。


セックスなんて一瞬で快楽を得る刹那的なもの。

満たされるのなら、例え泥水でも潤う喉の渇きのようなもの。


でもアナタは誰でもいいなんて思わないで。


あたしの負けだ。

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