第2-1 似非の証と男

-甲歴こうれき28年5月初旬日 こくの頃(22時頃)-

「や、やだっ!」

「お前はどうだ?さぁ早くあかしあらわせ!」

「怖いッ!やめてくだッ」

ねやとばりで少年を羽交はがい締めし、衣服を破り捨て放り投げた。男の乱暴な言葉と行為はとどまる事はなかった。

「証を見せろ、さすれば優しくしてやる」

190以上もある男に抵抗などは悪戯いたずら程度。

片手で扱うのも容易たやすく、クルッとうつせにするとそのまま頭を布団ふとんに押し付け尻を高く持ち上げた。

「うッ…、や、やめて…」

白桃はくとう柔肌やわはだの触感をいじる中、息を荒くする男の熱い息音を少年は首筋に感じた。これから起こるであろう事にただただ血の気を失っていく。

「どうすれば証を見せる?やはりこうか?」

「し、知らない!そんな事ッ、だ、誰かッ!」

空を掻きながらこの場から逃げようと必死にもがく少年を、面倒臭そうに己の元へ引きずり戻すと、いきつ男根を少年の中へと一気に押し込もうと力を加えた。

「!!ッ」

脳天から雷を喰らったかのように、一瞬動きを止まった少年は大きく瞳を見開いた。その目にはもう何も映っておらず、息をするのも、口を閉じる事も忘れ、一切の思考を止めてしまった。単純に男の動きに合わせて、少年の体は反射的微動が繰り返されていくだけだった。

男の小言と悲痛な少年の嗚咽おえつが部屋にあふれる。

「くッ…、やはりキツいな、全く入らん。こんなやからで本当に証は手に入るのか?」

臀部でんぶからしたたる出血にも目もくれず、男は一気に自分の腰の動きを加速させて、少年に打ち付け続けようとした時だった。

「アッ!!!」

「む?…またか、誰かおらぬか!」

少年が一際甲高かんだかい悲鳴をあげると男は動きを止め、怪訝悪けげんわるそうな顔で男は人を呼んだ。

「こちらに…」

「また白目をきよった。此奴こやつではない。こんな者が証のあろうはずがないわ!一体どうなっておるんだ、竜君中常侍りゅうくんちゅうじょうじ!」

しばし待たれよ、芳虎帝ほうこていかりにもこうの国の現皇帝にるまじき軽い言動ですぞ?私めはそのようにはご指南しなん致しませんでしたぞ?」

足音も立てず、置物のように部屋と同化したたずよわい60程に見える老大ろうたいがいた。その者はクスリともせず、辛辣しんらつ三白眼さんぱくがんで完全に意識を失った少年を見て一考いっこうしていた。

(どいつもこいつも役立たずが。此奴こやつ似非えせであったか?しかし証は無くとも奉仕ぐらいは出来るだろうに。これでダメなら残る証の候補は…)

このご老大、名は竜君りゅうくん

芳虎帝の幼少期より仕えており、宦官かんがん最高峰さいこうほうの中常侍のくらいたまわる。

中常侍ちゅうじょうじとは、皇帝の身の回りの事をつかさ侍中府じちゅうふの中の一役職であり、皇帝のそばはべり、様々な取次とりつぎを行う。

宦官の中では大長秋だいちょうしゅう皇后侍従長こうごうじしゅうちょう)にぐ位でもあった。

常に芳虎帝の傍で目を光らす竜君翁りゅうくんおうは、帝都 寅京いんきょうに次ぐ第二の都市 鳳京ほうきょうの南方出身の宦官第一勢力の長で、黄貴きき城内の宦官全てをたばねており、現帝政権下において官僚よりも絶大な権力を誇る実力者で竜君翁とも呼ばれていた。

だらしなく寝そべる少年には目もくれず、竜君翁はねやに腰掛けてむくれた芳虎帝の近くへとゆるりと足を延ばす。

あきれる思いをひた隠しにして。

(証とやらは本当に存在するのか?帝は何をってそのような事を?どちらにしても、彼奴の元にいるガキだけは帝を絶対に近づけてはいかん。西方さいほう得体えたいの知れない小倅こせがれに良いようにされては面目丸潰めんもくまるつぶれじゃ!)

表情一つ変えずに竜君翁は、特徴あるしゃがれた声で話を始めた。

「そう無体むたいをなされては困りまするな。少年少女達の体が持ちませぬ。それでなくとも女人の数は圧倒的に少数ございますので。どうか気をおしずめ下さりませ。為政者いせいしゃの証が簡単に手に入ってはそれこそ価値が下がると言うもの。難儀なんぎするからこそ得難えがたもあるのです」

「しかしだな、これで何人目だ?数百では済まんぞ?おぬしも熟知しておろうが、我はそう気が長い方ではないと…」

啓示けいじの日に生まれた子は男女含めて、全てこの黄貴城にかくまっております。みかどすでに証を手に入れたも同然」

「それが万が一漏れ《も》ていたらどうする?その者がもし…。竜君中常侍よ、どうする責任取るつもりだ?」

「…帝よ、私めが今まで仕損しそんじた事があったと申されるのか?」

150もない小さな体の竜君翁の気が一気に逆立った。

この時ばかりは我慢がまんの竜君翁でも、芳虎帝を一時だけ忌々いまいましくにらみつける。

無表情が常の竜君翁のまゆがピクリと動く。芳虎帝の口から一番聞きたくない言葉がいとも簡単に出た事に嫌悪けんおした為だった。

どうしてこうも軽くその事を言うのか?

それともえてこちらをあおっているのか?

帝の仰せの事は単なる無茶や我がままであろうと、不可能とみなが言おうと、何でも聞き入れ、何が何でも実践じっせん実行してきた竜君翁だったが、この事だけは互いの仲でも唯一の不融和ふゆうわなところでもあった。

悪気がないのは竜君翁も承知の上ではあったが、場所関係無くこの事を口に出す芳虎帝の無神経なところだけは頂けないと思慮しりょしていた。

芳虎帝への陰鬱いんうつ》な感情を言葉の中にかもしながらくぎを刺す。

「そのような根拠こんきょのない噂話うわさを帝でもあろう方が…。巨大な人の巣窟そうくつでもある黄貴城の中でもこの私め以上に帝だけを思いくしてきた事をお忘れか?いつまでも粗野そやだからと言って通りませぬぞ?」

「だからこそ我は歯痒はがゆのだ、竜君中常侍。その理由もおぬしなら分かっておるだろ?われにはどうしても証がいる。手に入れなければならんのだ」

「…急いておられるのか?帝よ。それとも私めに何か…良からぬ事をお隠しになっておられるのか?」

芳虎帝の顔が一瞬、不満でゆるけていた面相めんそうを引き締まらせ、不快感露ふかいかんあらわに険悪けんあくな表情へと変貌へんぼうする。

睨み合うようにしばしの時間、両者ははらわたいじり真意を探り当てようとしていた。刃をカチ合わせいつ斬り合おうとする間を読むかのように、互いに指一つピクリとも動かさず視線をもらす事もなく…。

竜君翁は普段物静かではあったが、一度事が起きると苛辣からつとなり、徐々に下賤げせんいとわしさも構わず顕示けんじするいやしさも持ち合わせていた。

海千山千うみせんやませんのやり手でも綺麗事きれいごとだけでは今の地位はない事を顔にきざまれた深いしわの数々が物語ものごたっていた。それをおびやかす者は排除する…。

相手がたとえ帝の立場であってもゆずれない竜君翁の唯一の自尊心じそんしんでもあった。

執拗しつようから間合まあいを打ち破ったのは竜君翁だった。

「まぁ、そう気をあらげられるな、帝よ。ご幼少の頃からお世話をさせて頂いた私めは、帝が絶大な為政者に成られるよう尽力じんりょく致しまする。それが我が一族の願いでもあり、私めの夢でもあるのですから。必ずや帝に最高の結果をもたらしましょうぞ」

カカっとかわいた笑いを起こす竜君翁が、粘着ねんちゃく憂鬱ゆううつ痛々いたいたしさも充満じゅうまんする空気を一瞬でなごませていった。

自信に満ちた言葉は今までの経験と実践からもたらされるもの。

これくらいの事はどうにでもなり、今の己の力なら必ずどうにかして見せると自負していた。

「後は全て私めにお任せあれ。ささ、誰か居らぬか?帝はまだご満足ではない。早く代者だいしゃの元へお連れもうせ」

竜君翁はパンパンと二、三度手をたたき、部屋の外で待機する従者じゅうしゃの宦官達に指示を出した。竜君翁の掛け声と同時に、そそっと忍び足で数名の宦官が入室すると、そそり逸物いちもつに目もくれず、手早く慣れた手つきで芳虎帝の身なりをととのえていく。

「竜君」

ひかえの宦官が芳虎帝の行く道をあかりで先導せんどうし部屋を退出する際、ふと立ち止まると竜君翁に声を掛けた。

芳虎帝のおのれへの視線を受け取ると、さら頭を下げて答える。

「…はは」

「いや…、みなまで言うまい」

「…」

きにはからえ」

風を切るように颯爽さっそうと竜君翁の前を通り過ぎる際、芳虎帝はいつもの決まり文句を残して部屋を後にした。

その言葉を受け取る竜君翁は芳虎帝を見送りながら少し考えをめぐらせる。

芳虎帝が竜君と呼び捨てするのは、ひそめた何かをかかえている時。

幼少期の頃より変わらぬ芳虎帝の癖にまた気づくと頭を抱えていた。

この頃芳虎帝かられ出る溜め息の数と呼び捨ての回数が同数のような気がして、証についてだけはどうしても読めず己の恥とさえ思う。

(ムム…、帝が思った以上にイラついておられるようだ。これでは本末転倒ほんまつてんとう。こうなっては仕方がない。不本意ふほんいではあるが…)

目を閉じて熟考じゅくこうする竜君翁のまぶたはほんのわずかにふるえていた。微妙に戦慄わななく一文字に引かれた口に眉間みけんに深いしわを刻み続ける表情には重大な覚悟を決める判断の難しさがうかがえる。

悠久ゆうきゅうとも一瞬ともいっしゅんえられる緩慢かんまんな間を置きながら、そして、ゆっくりと目を開ける竜君翁が一言をいた。もうその目には迷いもうれいもなく、あるのはこれから先、後には引けないと言う強固な決意と覚悟のみ。

「おるか?」

一人の黒づくめの間者かんじゃが現れた。

竜君翁の背後に天井より参上さんじょうかしずいていた。

かの者の名は土師はせ

年齢も体格・官職かんしょく司馬しばと等しく、竜君翁がかの者を幼少より育て自分の後継者の一人と目論もくろやからだった。

竜君翁は土師の気配をさっすると、後ろに手を組みながらあごをクイっと動かす。

土師は竜君翁の仕草と同時に側にひざまずき、一礼いちれいすると頭を上げて話を始めた。

「竜君翁、おおへの通りに準備は出来ております」

「抜か《ぬ》かるでないぞ。これは今までとは異質で途轍とてつもなく大きな事案だ。結果次第で我が一族の命運とお前の此処ここでのこれからが決まる」

「はい、重々じゅうじゅう承知しております。このような大きな任務をお任せて頂き、誠にがたき幸せ。万事ばんじ抜かりはございません。必ずや、竜君翁のお喜び頂けるご報告をお約束致します。したがっておうよ、この少年は如何いかが致しましょう?かなりの出血が目視もくしでも確認出来ますが?」

「たわけ!そんな事はどうでも良いわッ」

フンと目にも鼻にも掛けず、竜君翁は土師の発言にかぶせて言い放つ。

その態度は芳虎帝と相対あいたいする時に出す物分ものわかりの良さげな様相ようそうとは違い、粗野そやで根からにじみ出るやましさをらしていく。

横たわる少年を横目よこめにし如何いかにも汚物おぶつを見るかのような目で、竜君翁は言葉を吐き捨てる。少年の全容ぜんよう把握はあくしようと少し動いて見せると今までつのった腹立はらただしさを少しぶち撒けた。

「鼻から西方宦官共などわしは信用しておらぬ。どいつもこいつも為政者いせいしゃあかしがあると勝手な事をほざきおって!あの夜の白発光はくはっこうに芳虎帝がここまでこだわるとは!わしがこの件でどれほど苦慮くりょしておると思うてか!このためだけにどれだけの無駄金むだがねと時間を浪費ろうひしたと…。えぇい、忌々しい!あの去勢施術きょせいせじゅつでも死なぬやからじゃ。この程度で死ぬ訳なかろう。何処どこかにでも捨て置け。目障めざわりだ」

「私が竜君翁の意を察せずいたらぬ事を申し上げました。申し訳ございません。全ておおせのままに」

土師はすぐに竜君翁に謝意を言い終わると同時に一礼し、竜君翁をこの場に残しそのまま風のごとく姿を消した。

竜君翁の思考は更にめまぐるしく動いていく。

(この件が無事成功すれば、我が一族は永劫えいごう安泰あんたいなのだ。我が一族が勝利するのは必然でなければいかんのだ!)

憤慨ふんがいにも近い感情を押し殺し、横たわる少年を一瞥いちべつすると部屋を去る。

今までのあらくれ者としょうされた芳虎帝と明らかに違い、何か釈然しゃくぜんとしないものがある竜君翁。

だが、甲の国と言う盤上ばんぜんを我がものとしてあやつり、他者を蹂躙じゅうりんするのはこの竜君でなけれはならないと覚悟を決めた真摯しんしな面持ちは、何事があろうと凌駕りょうがしてみせると言う気合きあいに満ちていた。

竜君翁は部屋を後にする際、ほんの少し口端くちはしを上げた。

その面妖めんようは一瞬で、またいつもの固い表情へと変わった

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

麗人 キノエ 秦 鰻(はた うなぎ) @nerom

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ