不幸な彼女と幸福な少女

薊 怜土

一章:不幸な彼女

第1話 朝

 それは冬も漸くあけ、次第に春の暖かな兆しが見え始めようかという日の朝だった。周囲を森と山脈に囲まれたゼフィラシアの村で、彼女は目を覚ます。いつものように、木の梁が天井付近に見える。


 水色のカバーに花柄の刺繍がしてある布団を持ち上げ、彼女は起き上がる。昨日よりもだいぶ暖かいな、と思いながら持ち上げた布団を更に押し退け、爪先から片足を木の床につけると、ひんやりとした感覚が伝わってきた。


 暖かくなったとはいえ、まだまだ寒い日が続いている。


 布団を完全に脇に押し退けて、ベッドの横に腰かけた。そして、彼女はいつものように首にかかったチェーンを手繰り寄せ、寝間着の下から朱色に輝くペンダントを取り出した。


 そのペンダントは特に飾られておらず、ただ無機質に銀の下地の中央に宝石のようなものを嵌め込んであるだけで、お世辞にも美しいとは言えない。


(だいぶ赤くなってきてる……これももうそろそろダメかもね)


 彼女はふぅ、と一息つくと、そのペンダントをそっと寝間着の下に戻した。


 彼女は忌み子として生まれた。完全に不運だったとしか言いようがないが、彼女が生まれた日に、生まれた瞬間に付近を震源とした大地震が起きた。そしてこう言われる。お前は厄災を呼び寄せる、お前がいるだけで周りの人が不幸になるのだ、と。


 それが災害の不幸に取って付けた只の嫌がらせなら良かったのだが、どうやら本当に何かあるらしく、災害は次々に起きる。


 一歳の誕生日、周囲の火山が噴火。火山灰により農作物に大きな被害、村全体に飢餓をもたらす。


 二歳の誕生日、ゼフィラシアの付近に隕石が落下、村へ通じる道が封鎖された。


 三歳の誕生日、今度は山火事が起きて村の三割の家が焼けた。


 このように、なぜか毎年彼女の誕生日の日に何かしらの災害が起きるのだ。


 このペンダントもただのペンダントではない。これを彼女に渡したグリュニーさんによると、これは彼女の「危険なモノ」を抑えるためのものらしい。そしてその過程で、もとはターコイズ色だったこの宝石はアガットに染まっていく。


 ある一定の所まで染まると、突然割れることがある。その時はグリュニーさんに言って替えのペンダントを貰うことになっている。実際既に三回ほど赤く割れ、どれくらいまで染まれば割れるのか少しはわかるようになっていた。彼女自身、その「危険なモノ」が何なのかは知らされていない。けれども、自分がそういうものなのだ、という自覚は既に重々にあった。

 

 ベッドから降りて自分の化粧台の前に立つ。その上に置いてある鏡を通して自分を見つめると、黒いまつ毛の下から深紅に輝く目が見つめ返してくる。


 昔はこの目も皆と同じような琥珀色の目だった。それが年を重ねるごとに赤く染まっていき、いつしか完全に深紅に光る目になってしまった。

 

 もう一度彼女は深くため息をつく。


(せめてこの目だけでも……他と同じならよかったのに)


 生まれてこの方、忌み子として理不尽な扱いを受けることは多々あった。いや、むしろ受けないことのほうが少なかったといえよう。


 それでも、六歳になるころにはその理不尽を受け入れ、自分はそういう存在なのだという自覚を持ち、できるだけ穏便に暮らせるように彼女なりに努力はしてきていた。目がだんだんと赤に浸食されていくのもできるだけ隠そうとしていた。


 しかしひとたび学校に入れば嫌でも他人とかかわらなければならない。忌み子としてだけならまだ見た目では判断できない内在的なものだったが、目が赤いというのは近寄ればだれでもわかることである。


 忌み子として生まれ、さらに他人とは違う赤い目を持つ彼女が学校でどんな扱いを受けるかは――火を見るより明らかだ。


 彼女自身はあまり自覚していないことだが、彼女がお世辞抜きでそこそこ整った顔立ちをしているというのも一つの原因かもしれない。


 ともかく、彼女が過度な嫌がらせを受けるための材料は十分にあった。


 朝から陰鬱な気分に成りかけたその心を洗おうと木枠の窓を開けると、黄金に輝く朝日と新春の新芽の香りを含んだ涼やかな風が部屋の中になだれ込んで来る。


 風で、肩を少し通り越したまっすぐな金髪が後ろに流れる。思わず目を閉じると、より一層風の香りが感じられた。


 その香りに身を委ねつつ、心を空っぽにしようと努めると、不思議と心が安らいでいく。樹海にさす木漏れ日のように彼女の心を溶かしていった。


 生まれながらに忌み嫌われることを確約された彼女の名前はエリス。

 理不尽を諦め、できるだけ慎ましく、こっそりと生きていくことばかりを考える15歳の少女。

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不幸な彼女と幸福な少女 薊 怜土 @azami_geranium

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