第22話 サトルSOS

「えらいこっちゃでございますぅ〜」

「メイド、若干しつこい」


 五月先生、そんな風におっしゃったらめいとさんがかわいそうです。

 ホントにえらいこっちゃなんですから。

 それにしても、えらいこっちゃってどこの言葉でしょう?

 

「だってぇ〜、夕べ、ヒロシがカオル様にとんでもないことを話したんです」

「うそじゃないよ。俺見たんだから」

「ただ、女の人と話をしているのを遠目に見ただけしょ!」

「それで充分でしょ」

「お仕事の打合せです! わたくしとすれ違ったときそうおっしゃいました」

「ウソに決まってるだろ。誰が正直に女性に会いにいくなんて言うか」

「マサト様はウソをつくような方ではありません!」

「どうだか」

「カオル様に話したことは、ヒロシの勝手な妄想です!」

「ふむ。それはあり得るな」

「五月先生、どっちの味方ですか?」

「いや、敵も味方もない」

「第一、お得意様の会社で女の人と良からぬことなんてあるはずないです!」

「ふむ。それはあり得ないな」

「ヒロシの話でカオル様はひどくお怒りのご様子。今頃どうなっていることやら」

「めいとには関係ないだろ。夫婦喧嘩は犬も喰わないって言うじゃないか」

「あぁ、アポロさんに被害が及ばないといいです。あぁ、サトル様はどうなるでしょう」

「そんな大袈裟な……」


 ブーン、ブーン……。


 めいとさんのスマホが鳴っています。

 サトルくんからですが、こちらは小バトルで誰も気づきません。


「なんだよめいと、早く出てよ。助けにきてよぉ〜」


 ドタン、バタン、ガタガタ……。


 うわっ、こっちはこっちで大バトルのようです。


 キャンキャン……。

 ギャンギャン……。


 うわっ、アポロさんに被害が及んでいるのでしょうか。

 サトルくん、一旦電話を切って救出に向かいます。


「アポロ、スニーカー持ってぼくの部屋にへ行こうね」


 サ、サトルくん、それはどうでしょう。

 せめてホネのおもちゃにしてあげたほうが……。


「隠れてこそこそとひどいじゃない! ヒロシくんからちゃんと聞いたのよ」

「だから、なんでヒロシくんが出てくるんだよ?」

「そ、それは……」

「そういえば、会社の近くでめいとちゃんにも会ったな」

「……」

「五月先生のお遣いって言ってたけど、妙な格好して、なんか様子が変だった」

「……」

「まさか、ふたりに尾行させてたのか?」

「ぐっ」



 トゥルルル、トゥルルル……。


『サトル様、どうされましたか? 大丈夫でございますか?』

「めいと、やっと出た。早く、早く来て、助けてよぉ〜」

『今すぐ行きますから、避難していてくださいましねぇ〜」


 ヒロシじゃないですが、ちょっと大袈裟ですかね、めいとさん。

 とにかく、悪の元凶ヒロシを連れて朝霧家へ向かいます。

 五月先生も念のため……どちらかというとネタのため。



「奥様、ご主人様、おやめくださいましぃ〜」

「あ、めいとちゃん、今日はメイド服」

「この度はヒロシが大変失礼なことをしまして、申し訳ないでございます」

「きみがヒロシくん」

「は、はじめまして……」

「このヒロシくんが、確かに見たって言ってるのよ!」

「まぁまぁふたり、落ち着いて話しましょう。サトルくんがSOSしてきたんですよ」

「パパ、ママ、もうやめて」

「あ、スニーカーぼろぼろ……」

「ヒロシくん、サトルくんのお相手を。カオルさんは美味しいハーブティ煎れてください」


 さすが五月先生、ことは収まりそうです。


「つまり、マサトさんは新しいプロジェクトを任されて、その下準備として新しいお得意さんとのつながりを強めていたと」

「そういうことです」

「毎晩毎晩いいにおいさせて、どんな下準備かしら」

「奥様、落ち着いてくださいまし」

「新しいプロジェクトは化粧品の開発なんだ」

「だからなに!」

「香料の会社との共同開発ってことになるから、サンプルのにおいが体についただけさ」

「じゃあ、ヒロシくんが見たっていう女性は?」

「ただの先方の社員だよ。夕べの食事会には来てない。男三人だけだよ」

「やっぱり、全部ヒロシの妄想でしたんですね」

「そういうこと。やましいことなんか一つもない!」

「……」

「このプロジェクトが成功すれば正式なリーダーになって、そのあとは課長に昇進」

「課長に昇進……」

「大阪本社の開発部に栄転の可能性もある」

「栄転……お給料が上がるってこと?」

「まあ、多少は……」

「あなた、おめでとう! 私はあなたのことを信じていたわ」


 なんでしょうカオルさん、お怒りから一転、有頂天です。

 ま、これで一件落着です。

 あ、ちなみに、えらいこっちゃは京都の言葉のようです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る