第20話 ヒロシの尾行

 めいとさんが出かけたあとの五月家です。

 五月先生は珍しく乗っているのでしょうか、執筆中です。

 ヒロシは夕飯の支度をしています……って、いません!


「ヒロシくーん、お腹空いたね。夕飯……」


台所にも、浴室にも、自室にも、庭にも、トイレにもいません。


「さてはヒロシくん、メイドの尾行に行ったな」


 五月先生はひとり寂しく、お茶漬けを食べるのでした……。



〈どう見ても怪しいよな。あいつのことだ、絶対見失うかバレるかして失敗するさ。その時はこのヒロシ様の出番だぜ!〉


「あら、五月先生のところのヒロシくんじゃない」

「あ、八百屋のおかみさん、ども」

「ねえ、今メイドさんらしき人が通ったんだけど……」

「え? 他人の空似でしょう。めいとなら家で夕飯作ってますよ」

「そうよね。やっぱり他人の空似よね。メイドさんならあんな格好しないものね」

「そ、そうですよ……それじゃ」


〈やっぱあいつバレてんじゃん。早く追いつかなきゃ〉


 ヒロシも、バスに乗って電車に乗って、三駅目で降りました。

 降りたとたんにダッシュして、マサトさんの会社の前でめいとさんを見つけました。

 めいとさんは電柱にしがみついています。

 時々メガネがずれて落ちそうになるのを、人差し指で直しています。

 帽子のつばで前が見えなくなるので、後ろに回しました。


〈どう見ても怪しいよな。まだマサトさんは出てきてないってことだ。よし、めいとの尾行開始〉


 会社から、人がたくさん出てきました。

 その中にマサトさんもいます。

 めいとさんは横断歩道を渡って、その人たちに近づこうとしています。


「え、バカ、めいと何やってんの! マサトさんと鉢合わせするじゃないか」


 で、この会話です。


「おや? めいとちゃんじゃないか。こんなところでどうしたの?」

「あ、は、あ、その、五月様のお使いで……」

「ああ、近くに出版社があるから。じゃ、気をつけて」

「あ、は、はい……あ、えっと、もうお帰りですか?」

「いや、これからお得意先と打合せ」

「そ、そうでございますか。ご主人様もお気をつけて……」


 めいとさんは諦めて、駅の方へ戻っていきました。

 めちゃめちゃ落ち込んでいるようです。


〈おっしゃ、ヒロシ様の出番だ! めいと、あとはまかせろ!〉


 ヒロシはマサトさんのあとをついていきます。

 このふたり、実は面識がありません。

 ヒロシは写真を見せてもらっているので、マサトさんの顔は知っています。

 この状況においては、尾行はヒロシの方がうってつけです。

 万一、さっきのめいとさんのように鉢合わせしてもバレません。

 めいとさんと別れたマサトさんは、駅とは反対の方向へ歩いています。


〈頼むからタクシーなんて乗らないでくれよ、マサトさん〉


 ヒロシの心配は無用でした。

 マサトさんは十分ほど歩いて、香料の会社に入っていきました。

 幸い、大きなガラス張りのエントランスで、中まで見通せます。

 マサトさんは受付の女性従業員に声をかけました。

 女性従業員はすぐにどこかへ電話をして、ものの数分で受話器を置きました。

 マサトさんはうなずくと、窓ぎわに置いてあるソファへと向かいました。

 程なくして、ロングヘヤーの女性がマサトさんもとへ来ました。

 

〈マサトさん大胆だなぁ。密会に相手の会社使うのか?〉


 ヒロシ、そんなわけ無いじゃないですか。

 真実、仕事の打合せなのですよ。

 マサトさんの今のお仕事、栄養剤やビタミン剤の研究開発なんです。

 それらに使う香料のにおいを、カオルさんが女性の香水と勘違いしただけです。

 でも、そこまでヒロシにはわかりませんよね。

 読唇術が使えるわけも無く、ふたりの話の内容は確かめられません。

 マサトさんに頭を下げて、女性がお礼をしているようです。


〈打合せと称して堂々とここで待ち合わせをして、彼女が前回のデートのお礼をしたんだ。マサトさんはスマホで、これから行くディナーのレストランを探している〉


 ヒロシ、だから違いますって。

 会社からメールがあっただけですよ。

 ほら、マサトさんが席を外したでしょ?


〈サプライズしたいからどこに行くかは内緒にしたいんだ。ニクいね、マサトさん〉


 会話の途中で微笑み合うふたりを見て、ヒロシは想像しています。


〈今夜の帰りはバッチリ遅いだろうね〉


 そして想像は、勝手な妄想と変化していきました。


〈めいと、カオルさん、これはもう決定的だ。早く報告しなきゃ!〉


 ちょ、ちょっとヒロシ、最後まで見届けなくちゃダメでしょ。

 このあと男性ふたりが加わって、たっぷり一時間の打合せがありました。

 終わると女性は職場に残り、男性三人で食事に行ったのでした……。

 (注:実際、このような繋がりが双方の企業にあるかどうかは、定かではありません)

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