第22話 人殺しと、戦闘

 六発のエウリュアレーを撃たれ、慌てて回避機動を取り始めるレイダー。



 敵は綺麗に二機編隊を保ったまま急旋回に移り、ミサイルを正面に捉える。

 フレアを全力でばら撒きながら、二機は左右に散会してそれぞれ急降下と急上昇を行い始めた。

ミサイルを攪乱するためにはいい手段だ。

 敵の思惑通り、エウリュアレーたちは大量のフレアと散会した敵に惑わされ、フラフラと頼りない軌道を取り始めてしまった。



 でも、これでいい。

「ミサイルで敵を落とすっていう固定概念を持ってちゃあ、俺の飛んでたバーチャルの空は生き残れないぜ」

 ゲームだからこそミサイルの値段も何も気にせずぶっ放すことができる。

 現実世界じゃあ、ミサイルの無駄撃ちなんて税金をドブに捨てるようなものなんだから。



「でも俺はあいにくゲーマーが本業でな!!」

 回避機動を取り始めた敵は、その後の軌道があらかた決まってくる。つまり、進路予測を行いやすくなる。

 ミサイルを撃って回避機動を取らせ、そこを機銃で撃墜する。俺が良くゲームの中で使ってきた戦法だ。



「隊長! 上昇する敵をやります! 下がってる敵のけん制をお願いします!」

『任せとけ!』

 LCOSの表示を急上昇するレイダーに合わせ、トリガーを引いた。

 ミサイル回避に必死になっていた敵はそれをよけることもできず、ビーム機銃の光の束が胴体に次々と着弾。



 ド派手な火花を散らしながら、やがてTT装甲が耐熱限界を迎えて破壊される。

 だが被弾部から灰色の煙を吐き出しながらもその機体は持ちこたえ、体勢を立て直して高度を取り始めたのだ。


「まじか……! 全弾直撃させたぞ!?」

 当たり所が悪かったのか? でも、撃ったビームは全て敵のバイタルゾーンへと命中しているはずなのに。



 その謎の答えは、アンジェが持っていた。

『マスター、そういえば有人機は無人機に比べ生存性を高めるべく耐久性が高められています』

「それを先に言えっ! バカタレがぁ! お前ホントにAIなのか!? お前ホントは人間で、実は裏で声優さんがしゃべってるだけなんだろ!?」

『心外ですマスター。それほど私が人間に近い超高性能AIだというこ敵機、当機をセンサーロック』

「ずおっ! こなくそっ!」


 会話をちょん切り、機体を大きく旋回させる。

 それでもセンサーロックされたことを知らせるアラームは鳴りやまず、煙を吹いたままのレイダーはフラフラしながらも俺を射線に収めつつあった。



「死にぞこないが! ってこれ悪役っぽいセリフでなんかやだなぁ!」

『私が今まで閲覧した娯楽作品引用のデータベースによると、その類の小物発言を行ったキャラクターの死亡確率は八十七パーセントです』

「お前漫画とかテレビとか見るってこと!?」

『後学のために。敵機、ミサイルシーカー冷却を確認。続いてミサイル射出。七時方向。数二』

「くそったれめ!!」



 アンジェの意味不明なボケボケ発言に突っ込む暇もなく、ミサイル回避機動に移る。

 フレアを放出しながら、敵にケツを向けることが無いよう左急旋回を行って飛来するミサイルを十一時方向に捉えた。



 そこから操縦桿を引き急上昇。ロケットモーターの燃焼を終えた対空ミサイルを振り切りにかかる。

なんとか回避に成功。



 やっぱりこっちがミサイルを避けにくいいやらしいタイミングで撃ってくるなぁ……! 有人機を相手にするのは一筋縄じゃ行かないか……!



 そしてそれを証明するかの如く、ミサイル回避行動中だった俺の後ろをレイダーはしっかり取っていた。

『マスター、後ろに着かれました』

「わかってる! 隊長は!?」

『現在上空でもう一機のレイダーと交戦中。健在です』

「こいつら以外に敵は居ないな!?」

『周辺三十キロに敵航空機の反応なし』

「上等!」



 でも慌てない。後ろに着かれたらすぐひっぺがせばいいのである。

 ラダーを右へ、操縦桿を少し体側に倒して機首を上げてから、軽く右へ倒す。

 機体は機首を飛行方向へ向けたまま、らせんを描くようにくるりと一回転。所謂バレルロール機動。

 それと同時に減速し、敵をオーバーシュートさせた。



 これで形勢逆転だ!

「こっちの番だぞゾンビ野郎!」

 当然のごとくこちらの攻撃を避けるため、機首を上下左右に振って軌道を読ませないジンギングを行い始めるレイダー。

 被弾部分から伸び続ける煙が視界を遮ってくるけど、センサートレースの四角は常に敵の中心を捉え続けていた。これならやれる!



「落ちろ!」

 今度こそ! と、トリガーを強く押し込む。

 だけどその瞬間、レイダーの機首がふわりと天を向いた。

 そのまま縦に一回転。当然、俺はレイダーを追い越して再び立場が逆転したことになる。



「クルビット……!」

 これだから有人機は……! あんな手負いの機体でクルビットだと!?



 でも、面白い! いいぜ、受けて立ってやる!

「そっちがクルビットなら……!」



 敵はバーナーを吐き出して急加速しながら、俺を射線に捉えるべく機首を細かく動かす。

 首と体を捻って後ろを確認しながら、左急旋回。その途中で、操縦桿を体側に引ききった。



 水平飛行時に行えば、コブラ。それを機体を横に向けた状態で行うこの機動は、コブラフック。

 でもそれだけじゃつまらない!




「おらぁコラァこの野郎!!」

 そのまま操縦桿を引き続け、俺の機体は地面に対して垂直を保ったまま横に一回転した。



 例えるならばそう――

「空中ドリフトターンだコラァ!」

 ――これで、秋名の山でも攻めようか!?




 ……冗談さておき、またまた立場が逆転。敵の背中を追う形となった俺はろくに照準も合わせないままトリガーを引き続ける。

 当てる目的じゃない、プレッシャーをかけるためだ。




 人はプレッシャーに弱い生き物だ。

 どんなプロでも、極限にさらされるといつか必ずボロを出す。

 それを出さないのがプロだという人もいるけれど、プロも人間だっていうことに変わりはないんだから。




 狙い通り、敵はすぐボロを出した。機体の上部をビーム機銃が通過していたために、旋回をやめて逆へと舵を取ったのだ。

 今まで左急旋回だったものを右急旋回に。つまり、その合間には一瞬の水平飛行が生じる。




「ここだっ!!」

 先ほど無人機を相手にして培った、エンジンノズルバッキュン戦法。ここでも使わせてもらうぜ!



 トリガーを押し込むのと同時に、一瞬のタイムラグなくビームが放たれる。

 そしてその光の束は、煙を吹くレイダーの左エンジンを直撃した。




「ビィィィンゴ!!」

 直撃を受けたエンジンが火を噴き、次いで真っ黒な煙とこまごまとした破片をあたりにまき散らす。

 双発であるレイダーは片方の推力を失い、バランスを崩して高度を下げ始めた。よっしゃあ! ざまぁみろ! ……と、思ったのもつかの間。




「おいおいうっそだろ……!? マジもんのゾンビかよ!」

 なんたることか。

 片方のエンジンを失い、さらにTT装甲の一部も破壊されながらまだ落ちないのだ。

 さすがにもう反撃してくる素振りは見せないけど、ホント、なんてタフな野郎なんだ……。




 双発なんだから片方のエンジンがダメになってもすぐには落ちないってのはわかる。双発機ってのはそういう目的でエンジンを二基積んでるんだから。




 でもさぁ! もうそれ以外もボロボロなんだよ!?

 いい加減ゆっくり休めよ! 地上でさぁ!




『マスター、なんだか楽しそうですね』

 ふと、アンジェがそんなことをつぶやいた。

 その言葉は、不思議と俺の心の奥底へとしみわたっていく。


 初めてこの世界でアンジェと飛んだ時の彼女の言葉が、そうだったように。


 ……楽しい、楽しいかぁ。

 言われてみれば確かにそうだ。


 元いた世界であきらめざるを得なかった戦闘機パイロットという職業を、この世界では手に入れた。

 その上ゲームの腕前だけでエースパイロットにまで上り詰め、一国の今後を左右する立場になっている。

 正直、楽しい。興奮する。元いた世界では絶対にありえなかった状況だ。

「楽しそうに、見えるか?」

『えぇ、とても』


 でもふと、心にもやがかかった。

 俺が楽しんでいるのは、戦闘なんだろうか? 空を飛ぶことなんだろうか?

 もしかしたら、俺は戦闘狂なんだろうか?


 この状況を楽しもう、やるべきことをやろう。そして今まで夢見てきた空を飛べるんだと心に言い聞かせ、この世界の空を飛んできた。

 でもなんだか、すごくちぐはぐな気がしてきたんだ。今までの俺が。


 この前の四個飛行隊を相手にしたとき、ドッグファイトを楽しむよう自分に言い聞かせた。

 この世界に初めて来たときの戦闘も、多分楽しんでいた。


 俺はその状況を楽しいと感じると、多分実力を発揮できるんだろう。



 ……でもそれは、はたしてどうなんだろうか?



 有人機を相手にして、もしかしたら俺の攻撃で相手のパイロットは死んでいたかもしれない。

 逆に、俺が死んでいたかもしれない。


 空中戦の土台にあるのは、戦争なんだ。

 それはつまり、戦争を楽しんでいるっていうことになるんじゃないだろうか……。


 戦争は人殺しに他ならない。

 その時俺の脳裏をかすめたのは、あの焼けただれたクマのぬいぐるみ。


 


 思考はさらに深く深く、まるで水がスポンジにしみわたるように広がっていく。


 ……もちろんあの女の子のことは心配だ。

 でもリュートさんの言葉で安心しきって、現実から逃げているだけなんじゃないか?

 所詮は他人だからと、どこかドライになっている気がする。


 もしかしたら、あの女の子が目の前で死んだかもしれないというのに。

 なのに俺は正直なところ、悲しいとかつらいとか、そういう感情を持つことができないでいた。


 なんていえばいいんだろう。

 心の底から悲しんでるんじゃなくて、義務感で悲しんでいるような。そんな感じ。




 ……それはいけないことなんじゃないか?


 今まで戦闘に次ぐ戦闘、そんなことを考えている暇もないほどめまぐるしい空を飛んできた。

 でもここにきて、心の片隅に小さなとげが刺さったような気がした。




 ウイングマンが戦闘不能になり、シャルロットさんとドッグファイトを繰り広げていたもう一機が戦線離脱を開始する。

 そのもう一機にエスコートされ、フラフラと煙を吐きながら戦域を離脱するレイダーを見送る俺。


「俺、戦闘機乗りになって何したかったんだろう」


 そうぼそりと呟きながらも、俺はアンジェのあの問いにうまく答えを返すことができなかった。




二十三話へ続く。

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