第13話 隊長も女の子


「いつもこんな感じなんですかこの基地は!」

「まぁそうだな。ていうか唯一のパイロットであるこの私が私服で基地の中をうろついてる時点で察しろ」

「そういえばそうですね……」


 アーネストリア基地の入り口近くに広がる駐車場。その片隅に向かって歩きながら、俺は大きなため息をついた。

 今現在、この基地にはコンディションレッドが発令されている。つまり、戦時下緊急即応体勢だ。

 何時でも戦闘に突入できるよう準備を整え、神経を研ぎ澄ましておかなければならない……はずなのだ。


「買い出しって、何買いに行くんですかこの非常事態に」


 それが、さっき念願のウイングマークを渡されてそのまま哨戒飛行かと思いきやシャルロットさんと二人で近くの街に買い出しだ。

 俺たちしかいないパイロットを買い物に行かせるだと? 狂っている、この空軍は狂っている。




 シャルロットさんはめんどくさそうに顔をゆがめ、ポケットから先ほどリュートさんに手渡されたメモ用紙を取り出した。



「えーと、お前の私服と日用品、それと銀行口座の開設だとさ。んだよ、お前の買い物のお守りじゃねーか……」

「えぇ!? いや、じゃあ行かなくていいですよ今は! スクランブル待機しとかないとまずいでしょう! おかしいですよ!」

「うるせぇ、これは命令だろうが! 軍人は命令に絶対服従だ! 仕方ねーだろ!」

「そういえばさっき命令されましたね……」

 

 これ以上話をややこしくするのも気が引けた。彼女も命令を受けただけなんだから。

 俺は再び大きなため息をついて彼女の背中を追うことにする。


「多分お前にゃ狭いけど、許せ。そういえばお前運転はできるのか?」


 彼女は駐車場の一番端に止められた、白い軽自動車の傍らに立って振り返る。

 これがシャルロットさんの車なのだろうか?


 そんなことよりも、長い蒼銀の髪がふわりと舞い、ほのかなシャンプーの香りが風に乗って鼻をくすぐった。

 立ち振る舞いは粗雑だが、見た目は完璧といっても過言ではない彼女だ。

 それはもうドキがムネムネというものである。



 それを悟られないように心の中で素数を数えながら、平然を装い返す。

「いえ、免許持ってません」

「そうか、じゃあそのうち免許も取らねぇとな。車動かせねぇと何かと不便だし」


 彼女は俺のそんなビートフルな気持ちなどどこ吹く風で、その軽自動車のドアを開けて身をかがめ、キャビンへと滑り込む。

 これでこの車がシャルロットさんの車だと確定した訳だが、なんだかイメージと違う。もっとこうトゲとか機関銃がついたゴッツイ車に乗っていると思い込んでいた。

 その車は俺の世界で言うと、コペンとかビートとか、最近だと国内某大手メーカーが出したツーシーターとかそういう感じの所謂軽スポーツカーっぽい車。


 

 ていうかほぼその軽スポーツといってもいいくらいデザインは似通っている。

「こっちの世界の車も、俺のいた世界の車と同じ感じなんですね……」

「へぇ、まぁドライブがてらお前の世界の話も聞かせてくれよ。とりあえず乗んな。狭いけど」



 彼女に促され、助手席へ。

 座席が二つしかないツーシータークーペの軽である。狭いったらありゃしない。腕と肩を捻ってシートベルトを引っ張ってくるのも一苦労だ。

 というか、買い出しにこんな積載性のない車でわざわざ赴く必要があるんだろうか?

 もしなんなら軍用車の方がよっぽど物が乗ると思うんだけど……。


 その謎は、彼女が車のメイン電源を立ち上げた途端に分かった。

 インパネに表示されるオドメーター、車の総走行距離が、まだたったの二百キロ弱だったのだ。つまり、ピッカピカの新車。

 そういえばどことなく新車の香りが漂っているような気がする。


「なるほどねぇ……」

 粗暴なイメージはどこへやら。

 すでにシャルロット隊長がかわいらしい女の子にしか見えなくなってしまったことに誰が文句を言えようか。


「……なんだその目は、どこ見てる。っあ!!」

俺がオドメーターを見てジト目になっていることに気が付いたシャルロットさんは、今までからは全く想像もできないほど顔を真っ赤にして狼狽え始めてしまった。

「……悪いか! 新車だ! 乗りてぇんだ! 悪いかよぉ!」

「いえ、ただ隊長も可愛らしいところがあるのだなと」

「お前訓練の時覚えとけよ」

「そういうのパワハラっていうんですよ」

「ほんと可愛くねぇよお前は!」



 彼女はぷくっと頬を膨らませたまま、思い切りアクセルを踏み込んだ。

 それがまた可愛らしかったのだけど、これ以上言うと何をされるか分かったものではないので心の中にだけ留めておくことにした。




 シャルロット隊長は、すごく可愛い普通の女の子だということを。





 ……基地を出て、俺たちを乗せたミニスポーツカーはだだっ広い草原のど真ん中を貫くハイウェイをひた走る。

 ハイウェイと言っても片側二車線の、なんてことはない一般道だ。




 通り過ぎていく美しいライムグリーンの草原には、ところどころ色とりどりの花々が咲き乱れ、馬だか牛だかわからない草食獣たちがハモハモと草を食んでいた。

 お世辞抜きに綺麗な風景。少し上に首をもたげると、あの浮島たちがプカプカと空を漂っている。今日も気持ちよさそうだ。




「早く飛びたいなぁ……」

ぼんやり空を眺めながら、何とはなしに呟いた。

「お前、ホントに好きだな。空」

それを耳ざとく聞きつけたシャルロットさんが、ハンドルを人差し指でリズムよく弾きながら苦笑する。

「こないだの戦闘で後ろを飛んで思ったよ。とんでもなく気持ちよさそうに空を飛ぶ奴だなって」

「ガキのころからの夢でしたからね。戦闘機パイロットになって空を飛ぶっていう事が。それがコイツのせいでダメになって、一回は諦めてたんです」



 俺は眼鏡のふちを軽くはじき、肩をすくめた。



「そっちの世界だと、視力が悪いと戦闘機には乗れないんだっけ」

「そうなんです。センサートレースとか無いですし、そもそもGで眼鏡ずれて無理だと思います」

「ふぅん……。だいぶ不便だったんだな」

「そりゃあこっちの世界の戦闘機に比べたらそうですけど。でもきっと、空を飛んだ時の気持ちよさはこっちの戦闘機もあっちの戦闘機も、同じだと思います」

「興味深いねぇ」


 そこで会話は途切れ、再びの沈黙。

 そのあと街につくまで、このまま。だけど彼女との間のこの沈黙は、不思議と心地よい類のものだった気がする。





「アーネストリア城砦市。ここらの通商のかなめだな。大体なんでもそろうから買い出しならここが一番だろう」

「おぉ、なんかテレビで見たことある感じ!」


 基地を出て二十分、到着したアーネストリア城塞市は、まさに古き良き中世の街と言った印象を強く受けた。

 レンガ造りの時代を感じさせる街並み、活気あふれる市場、様々な人種が入り乱れる港。


 その賑やかな城下町の中心に広いお堀と高い城壁。それらに守られるように、ひときわ大きな美しいお城がそびえたっていた。

 まさに中世ヨーロッパ。だけどもちろん道路には近未来的なデザインの電気自動車がビュンバビュンバと走り回り、信号や看板などは全て立体映像。

 未来と過去が一緒くたになったような、そんな感じ。

 だけど不思議と違和感を感じることはなく、その全てが見事に調和してこの街の美しさを引き立てているような気がした。


「この街は観光名所としても有名でな。また今度ゆっくり案内してやろう。今はとりあえず用事を済ませちまおう」

「お願いします!」


 車を街の駐車場に止め、歩き出した彼女の後を追い俺も街に繰り出す。

 海の香りがかすかに混じるそよ風が心地いい。本当にすがすがしい気持ちだ。


「そういえばゲームばっかやってて外にもろくに出てなかったからなぁ」

 空を見上げ、大きく息を吸う。久しぶりに深呼吸をした気がする。

 排ガスを出す乗り物が存在しないからだろう。街中だというのに肺に入り込む空気は新鮮で、とても澄んでいる。


「なにやってんだルーキー! 置いてくぞ!」

 その美貌で待ちゆく男どもの視線を独り占めにしている隊長に呼ばれ、

「すいません! 今行きます!」

 俺は止めていた足を動かし始めた。





 その後すぐ銀行で口座の開設を済ませた俺たちは、商店街の洋服店へとやってきた。

 待ちゆく人たちやシャルロットさんを見て思っていたけど、洋服のデザインなども日本と似通っているらしい。

 もちろん店に並ぶ服たちも、日本の洋服店に並んでいるそれらと何ら変わりのないものだった。





「お前こんなの似合うんじゃないか?」

「いや、こんなド派手でコテコテなの嫌ですよ! もっと地味で安いやつで!」



 彼女が大真面目に俺に差し出したのは、わけのわからないモンスターがプリントされたそれこそニューヨークのジャンキーが着ているようなコッテコテのBスタイルパーカーだった。

 しかもアルファベットで『kiss my ass』とガッツリ書かれている。ケツにキスしろだと? 

 というか、アルファベットまで同じなのかこの世界は。


「ムム、いいと思うんだがなぁ」

 彼女は露骨にしょげ、その服を元あった場所へ返しに行く。


 ……なんかデートみたいだ。

 いや実際は違うけれども。

 でも彼女くらいの美人と街を並んで歩けるだけで、なんとなく優越感が湧いてくるのは何故なんだろうか?


 ……性格はアレだが。


 

「お兄ちゃん、あれとってー」

 突然、足元から声が投げかけられた。

 少しばかりあたりを見回してから下に目をやると、大きなクマのぬいぐるみを抱えた可愛らしい女の子がこちらを見上げていた。


 どうしようか、日本だとこういう場合誘拐とかに間違われることもあるって聞くしなぁ……。

 下手に会話して親にいちゃもんつけられたらヤダし……。


「ねーねー! あのクマさんのTシャツ! とってー!」


 でも、迷子だったらこのままほっとくわけにもいかないし、このまま無視するっていうのも気が引ける。

 俺はかがんで彼女と目線を合わせ、努めて微笑んだ。


「どうしたの? お父さんとお母さんは?」

「んーとね、今お店の人と話してる!」

とりあえず迷子でないということが判明してほっと胸をなでおろす。

「そ、そっかぁ。それで、何か用かな?」

「だからー! あのクマさんのTシャツとってー!」


 彼女が指さす先には、抱えているぬいぐるみと同じような愛くるしい表情を浮かべるクマがプリントされたTシャツ。

 どうやら届かないから近くにいた俺にせがんだらしい。


 立ち上がり、言われた通りにそれを手に取って彼女に渡す。

「これでいいのかな?」

「そう!」


 女の子は俺からその服を受け取ると、目を細めて名踏みするように服の隅々を観察し始める。

 ずいぶんマセてんなぁと思いながら彼女の服に対するジャッジを待っていたのだが――

「おいガキンチョ、このお兄さんに何か言うことがあるんじゃないか?」

 ――いつの間にか俺の背後に立っていたシャルロットさんがドスの効いた声ですごみ、幼女をにらみつけ腕を組んでいた。


 睨み付けられた幼女はまさに蛇ににらまれたカエル状態。

「え、えと……。あ、ありがとうございました」

 しかし震える声で、そうしっかりと言った。


 その途端シャルロットさんは今まで見たことがないくらいまぶしい笑顔を浮かべ、女の子の目線に合わせてしゃがみこんだ。



「よくできました! お礼のできる良い子の頼みは、きっとパパもママも聞いてくれるはずだよ。さぁ、親御さんのところへお戻り」

「ありがとう美人なお姉さん!」

くしゃくしゃとシャルロットさんにあたまを撫でられた女の子も、パァッと太陽のような笑みを浮かべて大きく頷く。



 そして大きく手を振ってから、店の奥の方へと走り去っていった。途中立ち止まって振り返り、再び大きく手を振る。



「あいつは人を見る目がある」

 多分美人だと言われたからだろう。女の子に手を振り返しながらどことなくドヤッとした顔で胸を張る彼女。

「自分で言っちゃったらだめですよそれ」

「フフン、言ってろ」

 まぁ俺も、シャルロットさんのあの笑顔を見た途端ちょっとドキッとしたんだけどね。




「で、決まったのか? 私のあのセンス溢れる選択を拒否したんだ。それはそれは素晴らしい服を選ぶんだろうなぁ?」


 女の子が見えなくなり、ムスッとした表情になった隊長は腕を組み、挑むような目つきを俺に向けた。

「ですから、俺あんな派手な服着たことないんですって。いつも黒とか白とか……、とにかく地味な奴しか着ないんです!」

「バッカ野郎お前、派手な服を着て自分の中にあるダンディズムをさらけ出してこそいっぱしのパイロットだろうが! 無地も買っていいが、私がコーディネートした服も買え! そして着ろ!」

「えぇっ! 嫌ですよあんなセンスの無い服!」

「あっお前今私のことセンス無いって言ったな!? 許さねぇ! ぜってぇ許さねぇぞお前!」



 思わず口が滑ってしまったが、あんな『ケツにキスしろ』なんてプリントされた服など絶対に着たくない。

 徹底抗戦の構えを取りさらに持論を展開しようとした、その時だった。




 凄まじい衝撃と爆音が俺を襲い、次いで視界が真っ白な閃光に包まれたのだ。

「伏せろルーキー!!」 

「えっ、ええっ!?」

 突然の出来事に何もできなかった俺だが、隣に立っていたシャルロットさんが俺にとびかかって床に押し倒した。

 そのとたん、さらに大きな爆音と熱風が体の上を凄まじい勢いで通り過ぎていくのを感じた。


 視界がぶれて回転し、体のそこかしこに衝撃が走る。

 耳の奥が鳴り、ぐわんぐわんと世界が揺れた。


 暫くは全くと言っていいほど五感が機能せず、当然何が起きたのかすらもわからなかった。

「な、なにが……」

 かすれてうまく言葉も出ない。

 時間がたつにつれ全身を激痛が襲い、今自分が床に仰向けに倒れているということだけを理解することができた。


 そして、お腹の上になにか温かく柔らかい、そう、人肌のようなものがズシリとのしかかっているということも把握する。

 なんとか体を動かして首を下に向け腹の上を見ると、シャルロットさんがぐったりと俺の上にのしかかっていた。


 だが、彼女はピクリとも動かない。


「シャ、シャルロットさん……!」

 彼女の体を揺さぶろうと、床に投げ出されていた右手に力を籠める。

 しかし体の上へと持っていく前に、右手の指先に何かが触れる。


 痛む体に鞭打って首をもたげるとそこには、さきほどの女の子がかかえていたクマのぬいぐるみ。

 そのいたるところが焼け焦げ、炭化した成れの果てが無残にも転がり、感情の無い真っ黒な瞳で俺を見つめていた。





十四話へ続く。

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