No.13 骨格標本のような
あれは夏の終わり頃だった。ひぐらしが鳴く夕方の理科室だ。
「教師って理科室の骨格標本に似ていますね」
女生徒にそう言われたのを、今でもよく覚えている。
彼女曰く、教師という生き物はずっと学校に留まり続けて、生徒の視線に晒されて、そして透明になる。らしい。
「心臓も肺も、胃も肝臓も散々嬲られて、ギュッて縮まって、貪られて。なくなって。最後に骨だけになるんです。先生もそのうちそうなりますよ」
「僕も?……どうかな」
当時、教員一年目だった僕はそうはぐらかした。彼女の発言を認めるのは癪だったのだ。
「骨だけが残るって、なんだか素敵じゃないですか?」
「素敵。かなあ……?」
「ええ、素敵ですよ。だって先生、骨って白くて、花みたいじゃないですか」
彼女の輝く目は眩しくて、見ていられなかった。理科室のフラスコ越しに語る彼女は、あどけない様子だった。
「それに、」
「ん?」
なんだか毒気が抜かれてしまった心地で僕は曖昧に相槌を打った。
「すっかり骨になったなら、流石にみんな気づきますよ」
「何が?」
「“ああ、先生って生き物も自分たちと同じ、人間だったんだ”……って」
彼女の白衣が夕闇に混じるように翻った。僕は彼女の芝居掛かった口調と儚い笑みをしばらく眺めていた。
「つまり、」
僕は考えをまとめつつ口を開いて、
「言い方を変えると、君たち生徒は僕ら教員を人間として見ていないってこと? そんで、そんなことになるまで人間って気づかない?」
「そういうことです。散々弄んだ後に中身を見て、初めて気付くんです」
あっさりと彼女は言う。
「ひどいなあ」
「ひどいでしょ?」
くすくすと笑う彼女は無邪気な様子。
「それで……骨も透明になるって?」
彼女が僕の苦笑にどう答えたのかは、正直言って覚えていない。ただ答えた彼女が、年の割には艶のある笑みを浮かべていて、それが生々しく、泥のような感触を持って、自分の胸のうちに残っている。
僕はその後、数年教師をしていたが、一般企業に転職した。教育業界とは全く接点はない。正直、転職理由は特にない。ただ、何となく……そう、なんとなくだ。
今でも蝉時雨を耳にすると、それに混じって、
「先生」
なんて呼ばれる声が聞こえる気がするのだ。
【短編集】物語が標本になる前に 笹倉 @_ms
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