第2話 赤い光


 第1ステーションを本丸とするならば、さしずめ第2ステーションは出城と

いったところだろう。


 第1ステーションは高度1万kmほどの軌道にあり、この辺が地球防衛の

最終ラインとなる。


 第2ステーションは、それより高い高度3万kmを周回しており、隕石迎撃

の第1線を担っている。


 エリアディフェンスとして、防御の多層化は軍事の常識みたいなモノである

が、個人的には戦力分散による不利を生じないか?…という危惧を感じる。



 例によって、オレは親父に呼び出しを受けて地球にいた…内容は実に

くだらないモノであったが、おかげで事態の一報を受けたのは、ステーション

へ戻る途中…シャトルの中だった。


 「第2ステーションで異常アリ」…これだけでは、何のことかわからん!

ようやく指令室に戻った時、事態発生から20分が経過していた。



 「第2ステーションが通信途絶!…各観測所からは、同ステーション付近

 で赤い光を見たと言っています」


 赤い光…光学兵器かな?…おっとそれより…



 「通信は妨害されているのか?」



 「妨害の形跡はありません」


 奇妙な話だ…通信手段はいくつもあるのに、それらが全て同時にダウンする

なんて……嫌な予感がする。



 「ガムズフェルト提督の第1艦隊が先ほど出撃したのですが…」


 ガムズフェルトって…誰だっけ?…ああガム爺か!…異常事態と聞いて反射的に

飛び出したのだろう…そーゆー性格だもんなーあのじいさん…しかし… 



 「1個艦隊だけで先行させるのは危険だ!…直ちに第2、第3艦隊も出撃して

 後を追わせろ!…残りの艦隊も戦闘可能状態で待機!」



 「第2ステーションの軌道に変化は無いか?」


 オレの質問に、オペレーターは少し困惑した様子だったが…やがて計器を

見つめ直して、あっ!と声を上げた。



 「軌道が…徐々に下がっています…このままだと…地球落下コースです!」


 嫌な予感が当たった…通信の全滅はおそらく、メインコンピューターへの

ハッキング…宇宙人の仕業なら、次の手は…地球に落とすよなあ…やっぱり!


 直径10kmからなるステーションの落下は、大型隕石の落下と変わらない

…恐竜絶滅ぐらいの被害は出るな…



 「第4、第5、第6艦隊発進せよ!ステーションの推進器を破壊して落下を

 阻止せよ!」


 これで、手持ちの戦力は出尽くした…さらに別の敵が出ませんように…



 「第1艦隊より入電…敵艦隊発見…これより戦闘に入る!」


 敵って言っちゃうんだ…こーゆー場合「未確認なんとか…」って言うんじゃ

なかったっけ…まあいいや…もう99パーセント敵だし…



 …でも…科学力では、向こうが上手だろうな…



 「大佐…なんか顔が怖いですよ」


 つむぎさん…いたのね…そう、怖かった…ごめん。



 「第1艦隊…心配だな」



 「コーヒーでも入れましょうか?」



 「お願いだから、絶対に入れないで…絶対だからね…お願いします」


 つむぎは少し、ふてくされた…まもなく第1艦隊からの通信…

音声通信だ…ガム爺の肉声が聴こえる…


 「残念だが、我が軍は劣勢じゃ…敵の赤い光線が強力過ぎる…」



 「ガム爺!こっちの武器は効いているのか?」



 「それは、大丈夫じゃ…命中さえすれば、そこそこ効いとる!」


 そこそこね…まったく通用しないのでなければ、数で押し切れるかな?



 「ガム爺、後退しつつ、敵を誘導…、第2、第3艦隊と合流せよ…

 そっからは反撃してよし!」



 「了解!司令官殿!」


 司令官殿だって…ガム爺に言われると、なんかムズがゆいわ…オレ

すごく偉くなったみたい…あれ?…偉いんだっけ?



 「コーヒーをお持ちしました」


 …だから?どうして入れちゃうの?…あれほど念入りに断ったのに…



 「大佐…少し落ち着きましょう…」


 そんなに落ち着きないですか?…まあ宇宙人との初戦だしね…コレ飲んだら

落ち着けるんですかね?…ズズズ……オエーマッズー!!



 「どうですか大佐?」



 「ああ…いろんな意味で気分転換になったわ」


 そうこうしている間に、第2ステーションに向かった艦隊が攻撃を始めた。

反撃は少ない。メインコンピューターを乗っ取ったとしても、多くの武器は

ヒューマンロック…人間が許可しなければ発砲できない仕組みになっている。


 まもなく推進器を破壊し、地球落下の可能性は消えた。


 ガム爺の方も、味方と合流し反撃に転じた…さすがに不利を悟ってか、敵は

退却した。



 …戦闘終了…



 課題はたくさんある…大きいのは2つ…ステーションのハッキングと赤い光。


 これだけ大規模な戦闘でも、艦艇の損失は、ほぼ皆無であった。なぜかって?

敵の赤色光線は艦艇を透過して、人間だけを殺すのだ。


 第1艦隊は総員の半数が戦死して、ガム爺は無念の涙を浮かべていた…人員は

補充可能だが、さすがに、元のような熟練の精鋭部隊に育てるのは容易ではない。



 第2ステーションは見事に全員が死亡…と思われたが、奇跡的に1名だけ

生存者がいた。司令官のメイ・スウィトナー少将である。


 たまたま用事で月基地へ出かけており、連絡艇で帰還したときには、もう

死体の山だった。メインコンピューターへ向かう途中で隔壁が降りて、

閉じ込められてたんだって…




 オレは、対策を検討すべく、第1ステーション内にある科学局に足を運んだ。



 科学局の局長…神無月かえで(カンナヅキ カエデ)さん、28歳女性だそうです。


 普通…科学局っつったら、エリート丸出しのキザ男みたいなのが出てきて

「こんなこともあろうかと…」って言うんじゃないの?



 まず、ハッキングの件だが、第2ステーションは、メインコンピューターに

つながる端末はたくさんあって、ソフトウェアによる障壁を突破できれば、

ハッキングは可能だそうな…これはもう「宇宙人の科学力スゲー!」としか

言いようがない。


 個人的には、そんな簡単なの?…という感想が残った。それに端末を

操作されたなら、スパイがいた可能性もあるし…


 対策としては一極集中を避けて、サブシステムを多くするのだそうな。

今までより面倒にはなるが、安全性は向上する…もちろん異論は無い。



 困ったのは赤色光線の方である。



 かえでさんの説明によると光線の粒子はニュートリノレベルの超微細

粒子だとか…。


 「ニュートリノっつーと、アレですか?地球に突っ込んでも、衝突せずに

 裏から出てくるっていう…」



 「そうです」


 その昔、ニュートリノの話を初めて聞いたとき、ニュートリノに感動する

よりも、地球が一直線に突き抜けられるほど、スカスカである事の方に

驚いたものだった。



 「それでは、装甲板は役に立たないなあ…でも人間も通過してしまうんじゃ

 ないんですか?」



 「この粒子は、生きた人間の脳細胞を通過するときにだけ、反応し

 細胞を殺すのです」


 人間の脳だけって…それ…どーやって調べたの?…たしかに破壊した

宇宙船から、まだ使えそうな光線の装置を持って帰ってきたけれど…


 まあ、非人道的な想像はともかく、対策を考えなくては…



 かえでさんの提案その1…すべての兵器を無人化する。



 これは却下。だって第2ステーションが簡単にハッキングされたのに

完全無人兵器だなんて、敵を増やしてやるようなもんですわ。



 かえでさんの提案その2…射程外から攻撃する。



 赤色光線の粒子は寿命がとても短いようで、遠距離からアウトレンジすれば

良いとのことだ。


 「射程って、どのくらいですかね?」



 「1万kmくらいです」


 却下!…そんなに離れたらこっちの武器も効かない…そういえばガム爺が

接触した敵も、そのくらいで撃ってきたと報告にあったな…



 かえでさんの提案その3…擬似脳細胞でコーティングする。



 赤色光線の粒子は脳細胞に干渉すると無害な粒子に変化するそうなので、

100ミリほどの厚さの擬似細胞でコーティングしてやると人間が死ぬ事は

防げるそうな…


 ただし…かえでさんの表情が急に曇った…なんか目が怖いんですけど…



 「この粒子は、単純に脳を殺すだけが、目的では無いようで…」


 おやおや、なんだか雲行きがあやしいぞ…



 「脳細胞が死ぬ際に、膨大なエネルギー波が発生し、正反射で光線の

 方向に送り返すんです…」



 「どういう意味ですか?」



 「この光線は、人間を殺して生命エネルギーとでもいう強力な波動を吸収

 する目的で作られたのではないかと…」



 「げえ!…そんな怖いコトやってんの!?まるでSFかアニメの世界だ!」



 「宇宙人の船には、エネルギーを回収するような装置はありませんでしたが…

 彼らがその技術を持っている可能性は、十二分に考えられます」



 「わかりました…とりあえず、擬似細胞を使えば防御できるんですね…」



 「それがですね…」


 まだ、なんかあんのー?カンベンしてよもう…



 「爆発します…てへっ」


 てへっ…ってなんだよ!てへっ…って!…でも怖い顔やめてくれて、ありがとう。



 「脳細胞だと正反射で送り返されるんですが、擬似細胞だと乱反射になって

 相互干渉して爆発してしまうんです」


 つまり…装甲が爆発するって事ですか?…むかし成形炸薬弾を防ぐのに爆発

する装甲(リアクティブアーマー)を使ったって話は聞いたことあるけど…



 「あの…爆発力は、どの程度ですか?」



 「TNT換算で10トンくらいかな…てへっ」



 「てへっ…じゃないでしょ!その威力…船体に大穴開くぞー」



 「これでも擬似細胞だから少ないんですよ…まともな脳反射波動を、

 熱エネルギーに変換できたとしたら、数十メガトン級の破壊力に

 なりますもの」


 脳みそ1個が、水爆1個に匹敵すんの?…なんかもう、やってらんねー



 結局、3番目の案が採用される事となった。まず装甲の強化…それから擬似

細胞プレートの装着…これで、殺人光線が普通の光線になる…威力は我が軍の

ガンマ線レーザーより、ずっと強力だがな。



 そういえば、惑星アセラ爆発の原因って、ずっと不明のままなんだよな…


 オレは、かえでさんの言葉を思い出した…


 人間ひとりの脳が水爆と同じエネルギー…まさか…ね。

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