第33話バルダーナとラクシャーサ

 琥珀コハクの一族の村に双子ふたごが生まれた。

 色の浅黒い方はバルダーナと名づけられ、一方、肌が澄んだ琥珀色の方はラクシャーサと名づけられて、国の行政にたずさわる神殿へとひきとられていった。

 神殿には、不思議な力を持つ秘宝が、王族の力によって守られていた。秘宝とは、鏡、聖剣、たまである。

『何人たりとも、秘宝に触れてはならない』

 神殿長だった前女王が、祭壇前で厳重に言いつけるとそれきり、こと切れた。原因は不明だった。

 それ以来、人々は畏れ、秘宝は巫女たちによってかたく守られることとなった。

 もしもその秘宝の力を用いたならば、琥珀一族の異端児であるバルダーナと、巫女として次期女王の座についたラクシャーサは救われたに違いない。

 目も開く前にひきとられていったラクシャーサは、バルダーナと同じあおい目をしていた。

 彼女は関係者に不安を与えないために、眼をヴェールで覆い隠してつとめていた。知られてはならない秘密だった。

 二人はそうして分け隔てられたが、ラクシャーサが王都のより大きな神殿へ向かうことになった際、バルダーナと出会い、その素性を知った。

 ラクシャーサのヴェールが風に舞い、その碧い瞳がバルダーナを見つめていたことを、互いに認めたのだった。そして語り合うこと数分。二人は双子のきょうだいがいたことを聞かされていたので、より短い時間で惹きつけられた。

 この世でただ一人、同じ眼をもって生まれたきょうだいのことを……。




 ここは王都にある秘密の鍛錬所たんれんじょ。表向きは宿屋だが奥に国の精鋭が集まっている。彼らは女王である神殿長を守るため、格闘、武術を使い、組手、演武えんぶり広げている。

 風は南向き。

 冬は極寒ごっかん、夏は猛暑もうしょ。今はちょうど夏である。陽の下にいるとのどがかわくが、山の雪どけの水の泉から引いてきた、飲めるようなきれいな水は王族のために守られ、市井しせいの民が気楽には近づけなかった。今日も年寄りが二名、あつさのために死んだ。

 バルダーナは汗ばむ首筋にかかる金髪を一つにまとめ、鍛錬所をのぞいていた。

 後から来た黒づくめのタングが軽口をたたいて、バルダーナの頭をはたいて行った。

「おまえ、そんな目立つ目をしているくせに、仲間になりたいのか? 秘密の組織が秘密じゃなくなっちまう」

「ふん!」

 バルダーナは意地をはり、見栄みえを切った。

「好きであおい目に生まれたんじゃねーや。こんな目、いつだってえぐってやらあ!」

 バルダーナ十四歳。琥珀一族の異端児いたんじなのはその目のせいであった。

 着ているのは黒色の貫頭衣かんとうい棍棒こんぼうをもてあそんで、こっそり男たちに混じっている。

「できるもんなら、やってみればいーじゃねーか」

 タングはバルダーナをそそのかした。本気で言ったわけではないのだろうが、周囲まではやしたので、バルダーナは後にひけなくなった。

「相手は手練てだれだ。手加減してくれるぜ」

 誰かが面白がって言った。

「そんな必要はない! やってやるぜ!」

 バルダーナのあまりの意気の良さに、相手の男は手元をあやまった。そもそもバルダーナは成人前の子供なのだ。

 額を割られるバルダーナ。

 驚き、慌てふためく男たち。

「いてー!」

「バババカ! 真正面から受ける奴があるか! よけろ。そのくらいできるだろう、おまえなら!?」

 バルダーナは静かな気迫をもってうめいた。

「バカヤロウ。いてーよー!」

 最後は叫びだった。



 その日は国総出での豊穣祈願のお祭りだった。

「やあ、巫女さんの舞だ」

「なんと清廉せいれんな。あれで十四か!」

「うつくしい……ありがたやありがたや」

「これはいい。騒ぐぞ、みんな!」

 盛り上がっている。

「それはオレのメシだ!」

「喰ったもんだけが自分のもんだ!」

「まあ、まだごちそうはある。争いはよせ」

 たしなめる声も、どこか浮かれ気分を隠せない。


 鍛錬所ではまた怪我をしたバルダーナがラクシャーサに愚痴っていた。

「なんでえ。あいつらだって生まれたときから大人だったわけでもねえくせに、えらそうだ。あーヤダネ」

 バルダーナは受けたダメージをこらえて、強がった。

「もう! バルダーナ。あなたもあなたです!」

 ラクシャーサが怒っていさめた。しかしバルダーナは、

「オレだって最初からここまでヤル気はなかったんだ。頼むから、包帯、もうちょいゆるくしてくんねえか?」

「何を言ってるんです。昨日の傷もまだ癒えないうちに!」

 ラクシャーサは否定した。

 ラクシャーサ十四歳。バルダーナの双子の妹であり、次期女王候補の神職である。

 バルダーナは打開案だかいあんを主張し、実力をアピールしようとした。

「傷の上に包帯つけるから、そこを狙われるんだ。はちがね持ってねえか? 今度はオレの石頭で驚かせてやる」

「誰かに狙われないのが一番なのに……」

 と、ラクシャーサは気のない返事。

 バルダーナは反発して、

「これも戦法だ!」

 言い張った。

 タングたちが祭りのごちそうを抱えて宿屋にやってきた。

「あの傷で平然としているとは大したもんだ」

「赤い血のりがベリーソースのようだったぜ」

「打ち所が良かったんだなア」

「おめえなら拷問にあっても口を割らなそうだぜ」

「暗殺稼業は立派な仕事なんだぜ。甘くみるなよ」

 口々に言われ、思わず笑顔になるバルダーナ。

 眉をひそめるラクシャーサ。

「殺生はよくありませんよ」

 彼女はたしなめる。

 しかし男たちは気にしない。

「いやいや、この平和こそオレタチのしるべ」

「おうさ!」

「オレらが大っぴらに出歩いていれば、滅多なことは起こらないさ」

「そうさ!!」

 バルダーナはすごく喜んだ。

「だよね!」

 目をキラキラさせている。憧れているのだ。

「なにを言っているんです、バルダーナも!」

「じゃあ奥にひっこむか」

 男たちは話を終わらせる。

「つうか、昼間から酒かよ!」

 バルダーナがツッコんだ。


 その額から包帯がほどけたとき、具合がよくなかったのか、傷口が開いて血のしずくが皿に落ちた。

 ラクシャーサが直してやりながら、諭す。

「暗殺者を自ら名乗るなんて! プロならともかくですよ?」

「バーカ。名乗ることで敵の矛先を民間人に向けさせまいとしてるんだよ」

 バルダーナは即座に否定した。

 ラクシャーサがススッとごちそうの器をよけて、

「暗殺者は体臭を消すために、ニオイのきつい食べ物は食べられないんですって。お肉もよ?」

「えー、それヤダ!」

「ほらごらんなさい! 暗殺者なんて、人に自慢できないものを目指すものではありません」

 バルダーナは憤然として、

「なに言ってるんだ。オレなら憧れるぞ。狙いあやまたず、ターゲットのみをパッと始末する。他のだれにもまねできない!」

 ラクシャーサから距離をとるバルダーナ。

「まあ、神殿仕えの巫女さんにはわからねえよな。同じ双子だけどさ」

「おー、今日も殺気ヤルき満々だなア、バルダーナや」

 グレンは西方さいほう式に四方しほうに手を合わせ、礼をくり返してからそばへ寄ってくる。古風だ。

「まあ、おまえもラクシャーサ様ももうすぐ成人のだ。嫌でもそのうちわかりあえるさね」

「グレンじい! なんだよ、そのうちって!?」

「暗殺者は自慢できたヤツらの集まりじゃねえからの」

「なんでそんなこというんだよ」

「暗殺者なんて、国が平和なときは邪魔だし無用なもんだからの」

「そんなことない!」

 ラクシャーサは静かに言って笑う。

「バルダーナは、人を殺せるひとじゃない。目を見ればわかります」

「国がえらそうな奴らに牛耳られてる限り、犠牲は生まれる。それを最小限にするためにあいつら働いてるんだろ? そうだろ??」

 そのとき、軍団長ミランダの低めの美声が聞こえた。

「よお、またバルダーナと絡んでんのか。ラクシャーサ様」

「好きで神職を放り投げて参ったのではありません。緊急です」

 そういうと彼女はバルダーナの包帯をぎゅっと結んだ。

 のけぞってかすかにうめくバルダーナ。

「バルダーナは暗殺者になっても妹を守りたいんだな。感心なことよ」

 ミランダ二十三歳。秘密組織なのに公的機関であるところのリーダー格。精鋭部隊を率いる軍団長だ。

「額を割られたってな?」

 ミランダが質問形で挨拶した。

「こんなもの、明日には治ってるさ」

「不死身じゃあるまいし、毎日、満身創痍まんしんそういで何を言ってるんです、バルダーナったら!」

「ラクシュはわかってないな。命は一個しかないから、今、この瞬間が大事なんだろ」

「否定はしない。むしろ当たってる」

 ミランダは鷹揚だ。

「だろー!」

 うれしそうなバルダーナ。

「ラクシュはさ、秘宝を守ってるんだよね?」

 ラクシャーサはすぐ隣で受け答えをする。

「守っているというより、見張っているのよ」

「なんだ? 見張っているって」

「何人も秘宝に触れることはならないの。だからだれも宝物庫に入らないように、常に隣の部屋で待機してるのだわ」

「隣の部屋でねえ――」

 首をかしげるその姿を見て、腕を組みかえるミランダ。

「オレ、オレはさ、肉いっぱいとって食って、組織に入って鍛えるんだ」

「そうね、バルダーナは神職じゃないんだから、頑張って大きくなるといいわ」

 そこへ国の視察団が乗り込んできた。ミランダたちを一瞥して吐き捨てるではないか。

「おや、秘密でない秘密組織がおそろいで」

 ひときわ腹が出てえらそうな男が馬鹿にしたように嗤う。

「フン! 神職を守るための暗殺稼業とはこんなにものんびりしておるのか。いい気なものだ」

 タングたちは背を向けて鍛錬所の掃除を始めた。

 視察団員が通りすがると一礼するグレン。

「なんでだ!? 仕事と私生活は別だろ? なんで勝手にテリトリーに踏みこんでくるんだ!?」

 わからない、といった様子で、ちょうどいい武器を吟味ぎんみし始めるバルダーナ。

 視察団はラクシャーサを押しのけ、場にズイと入ってくる。

「なんだ? 強引なおっさんだ」

「おっさんではない。国のみやつこである」

 ギギム四十一歳。国のみやつこ。王の次にえらい……つもりらしい。

「無類の殺し好きの暗殺者を一人、雇いたいのだ」

 ギギムは無茶を要求する。

 ミランダは断った。

「あいにく、こちらはプロだ。神殿を通すか、他をあたれ」

「プロなら、なおさらこんなところで油を売らずに、仕事に精を出さないか」

「こちらは、仕事のために命をかけている。遊びじゃない」

「こんにちは、国のみやつこさま。彼らは私のお友達です。不当な要求は一切受けつけません。そういう人たちなんです」

 ラクシャーサに初めて気づいたギギムは、過剰に抵抗を示した。よろけたはずみで壁にぶつかり、立てかけておいた戦斧せんぷがたおれかかった。

 反応するミランダ。

 えらそうな視察団。

 静観するラクシャーサの従者グレン。

 適当に手繰った細い鎖の先についてきた紫の勾玉まがたま。それを口にくわえて、引きちぎろうとしているバルダーナ。

「けっ、つまらん。道具の扱いぐらいちゃんとせぬか!」

 ラクシャーサが心配する。

「大変、大惨事になるところよ」

 ギギムは無視した。

「私は腰抜けの遊び相手にはならぬよ。ヌハハ……」

 そして短い手足をふりまわすようにして、踵を返す。遠心力が物を言って、キレイに回ったギギム。

 一向にかいしないラクシャーサ。倒れた戦斧せんぷを抱えて、そのあまりの重さと大きさに身動き取れなくなる彼女。

「申し訳ございません、ミランダさん」

「ラクシャーサ様、私めが」

 ミランダが言いさすと、ギギムがふんぞり返って見返って、また嗤った。

「おら、そっちも汚れているぞ、馬鹿め」

 ギギムはムチで男たちを脅しつけた。

「あんな小娘が、巫女様のような口をきくとは世も末だ」

 ギギムは拷問を想定したムチを見つけると手に取り、それで床を鳴らした。何度も、なんども。鍛錬所である。危険な武器もいっぱいある。それらが、きしみをたてて散った。

「まったく大人への態度がなっとらん奴らだ」

 宿屋のバーに人気はない。みんなパレードを観に行っているようだ。視察団は出て行った。笑い声だけが消えずに残った。

「さて、ひと汗流したところで風呂に入るぞ!」


 鍛錬所内では、戦斧せんぷの重さに驚いて立てないラクシャーサにミランダが再び声をかけていた。

「お怪我は? ラクシャーサ様」

 黙って見守るバルダーナ。

「大丈夫です。ありがとう」

 ラクシャーサはなんでもないというように軽く答えた。

 室内は静まり返っている。

「くすっ」

 ラクシャーサが笑いをもらした。

「次期女王候補のラクシャーサ様の顔も知らんらしいな」

「そりゃそーだ。くちばしばっかりだものな」

「ふふ」

 ラクシャーサはおかしそうに笑った。

「バカヤロウ!」

 モップを持って掃除を続ける男たちの方に手を伸べて、バルダーナは、

「あんな横柄な態度! おまえらはイヤなもんをイヤと言えないのか? えらいやつらなら誰にでもペコペコすんのか……!」

「……」

 ラクシャーサは笑みをひっこめた。そういえば笑う理由などない。

 辺りの惨状とはうらはらに、ラクシャーサは無事だ。グレンは主人をちゃんと守ったのだ。

「気持ちはわかるわ。私だって年少の頃はイヤな先輩にいつも愛想よくしてなさいって言われたもの。イヤな人によ?」

 ラクシャーサは立ち上がりながら、

「ねえ、バルダーナ。働くってことは、どこでも我慢の連続。私はそう思うわ」

「オレは我慢なんかしねぇ」

 バルダーナは怒りに任せて立ち去ろうとした。 

 しかし、すっとバルダーナの身が沈み、その場にごろんと横たわった。話の前後と関わりなく、バルダーナは一休み。周囲はキョトンとしている。

「? スマン。わからん。誰か説明してくれ」

 事態が理解できず、バルダーナは心底不思議そうに耳をほじっている。

「だらしのない。そんなところで何をしているんです」

 ラクシャーサがはっきり言った。

 タングが何か言いかけ、

「あれ? ここにあった勾玉は?」

 関係なくバルダーナは驚愕。

「オレ、なんでさっさとここを出ないんだ? 怒っているのに!」

「行動と意思がさかさまに……まさかこれは」

 タングが事実から恐ろしい答えを導き出した。

「えー!!!」

「まだ何も言ってねえ!」

「バルダーナ、おめえ紫の勾玉を知らねーか?」

「これか? ……お?」

 ぺろっと口からアメジストの勾玉を出すバルダーナ。なんと鎖を引きちぎった勢いでごくりとのみこんでしまった。

「そそれは! 呪いの勾玉! 良いことも悪いことも反転してしまうという……努力は怠惰に、献身は罪に祈りは呪いに変わるのよ!」

 バルダーナは驚きを隠せない。

「あんんだって!? なんでそんなもんあるんだ、ここに!」

 ラクシャーサは生まれてから初めて心の底からののしった。

「バルダーナのおバカ――!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る