第28話 安楽
私はとうとう、地面に落ちてしまいました。擦りむいたみたいで、膝に痛みが走ります。
「やべえ! クランベルに怪我させちまったぞ」
「まずいな……。マリスに怒られてしまう。減給もあるかもしれん」
見上げると、アグラさんとストラツさんが私を庇うように手を広げて、枝の群れを背中で受け止めてくれていました。二人とも枝が体中に刺さっていて、服が血で滲んでいます。
ですが、周りの枝や木々の動きは止まっていました。投薬に成功したみたいです。それにしても、さすがはマリス先生が調合したお薬。効き目が早いです。
「ごめんなさい……。私のせいで」
私は立ちあがり、申し訳ない気持ちを込めてアグラさんとストラツさんにお辞儀をしました。
「いやいやいや。今さらそれを言うか?」
「まったくだ……」
そう言われて、自分がどれだけみなさんに負担をかけてしまったのか、今さらながらに考えさせられました。
薬の効果のおかげで、アグラさんとストラツさんが受け止めている枝はそれほど深く刺さってはいないようです。ですが一歩間違えば、枝は二人の体を貫いていたかもしれません。
「まあいいさ。俺たちの手当はいいから、はやくあの少年のところへ行ってやれ」
そう言うとアグラさんは、密集した枝や葉をこじ開けて、デリミタ君への道を作ってくれました。
私はもう一度お辞儀をして、デリミタ君の下へと向かいました。
デリミタ君は木の枝や草に腕を吊るされたまま、ぐったりとうなだれていました。よく見ると、木の枝から伸びた管のようなものが、デリミタ君の腕に無数に突き刺さっています。
恐らくここからパクリン菌が、デリミタ君の体と森全体とを行き来していたのでしょう。まるで血管が外へ飛び出しているみたいで、とても痛々しい光景でした。
ですがデリミタ君の体内の魔力は、薬によって一時的に押さえつけられています。もうパクリン菌との繋がりはありません。
デリミタ君の腕と繋がった木の枝や草を、ストラツさんが切り離しました。支えを失ったデリミタ君が前に倒れこみ、私はその体を受け止めました。
「ありがとう……。なんだか楽になってきたみたい」
デリミタ君が耳元で囁き、私の肩に頭を乗せました。体にまるで力が入っていません。
きっと気絶したんだ。こんな森の中で長い間、パクリン菌に操られ続けたのだから、無理もないこと。
そう思っていました。
ですが、何かがおかしいです。デリミタ君の背中が縮んでいくような感じがします。どういうことか、心臓が停止しているような気がします。
私の肩に乗っかっているデリミタ君の顔が、まるで張りのない乾燥した木のような肌触りになっていきます。
「なんで?」
とても……生きている人間の体とは思えません。
なんで?
パクリン菌に感染するなんて、それほど珍しいことではありません。今回はデリミタ君の高すぎた魔力によって、かなりの大ごとになってしまいましたが、治療法自体は確立されているのです。
投薬によって、百パーセント治せる病気なのです。
なのに、なんで?
どうして、デリミタ君の生命活動が停止してしまっているのですか?
なんで?
簡単に治せるはずなのに!
もう治っているはずなのに!
死ぬような病気じゃないはずなのに!
絶対助けるって約束したのに!
なんで?
なんで、なんでなんで?
「なんでなんでなんでなんで!」
涙が溢れて止まりません。助ける約束をした! 助けられるはずだった!
私は叫びました。
デリミタ君の体を抱きしめながら、私は延々と叫び続けていました。
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