第27話 お薬の時間


 五メートル!


 そこまで近づければ、投薬可能。迷っている暇はありません。


 私はデリミタ君に向かって走りだしました。


 すかさず木の枝が襲ってきます。


 私が近づこうとしたことでパクリン菌の防衛本能が活性化されて、ついにデリミタ君の脳を支配しはじめたのでしょう。デリミタ君の顔が狂ったように表情を変えます。飢えた魔物のような目で私を睨んでいます。


 襲ってきた枝は、私に触れる前に切り刻まれました。


 アグラさんかストラツさんかはわかりませんが、期待どおりです。

 約束どおり、戦いのほうはよろしくお願いします!


 私は心の中でそう言いました。


 さらに、私を誰かが担ぎあげます。


「無茶するんじゃあねえ、お子ちゃまが! お前が死んだら、誰があいつを治療するんだ?」


 私を脇に担いでいるのはオライウォンさんでした。考えもなしに走りだしましたが、私を担いだとしても、オライウォンさんのほうが私なんかより走るのが断然早い! 明白です!


「踏ん張れよオライウォン!」

「周囲のガードは任せろ!」


 一直線にデリミタ君めがけて走るオライウォンさんの脇を、ストラツさんとアグラさんが並走します。そして、向かってくる枝や木々を全て払っていきます。


 もう少し!

 もう少しでデリミタ君の傍まで行けそうです。


 行けそうなのに……近づけば近づくほど木の枝の数が増えていき、勢いも増してきています。


 アグラさんとストラツさんが払いのけても、次から次へと木の枝が壁のようにデリミタ君を遮ります。


 ついにオライウォンさんは真っ直ぐ向かっていた進路を斜めに変えて、デリミタ君を中心に迂回し始めました。


「想像以上に攻撃の勢いがハンパねえ! これ以上近づけねえぞ!」


 オライウォンさんが、息を切らせながら叫びました。


 アグラさんが大剣で枝を豪快になぎ払うと、一瞬だけデリミタ君までの道が開けます。


 ストラツさんがすごい速さで枝を切り刻むと、一瞬だけデリミタ君までの道が開けます。


 ですが、一瞬だけです。


 デリミタ君の姿がはっきり見えた次の瞬間には、木の枝の群れが彼を覆いつくしてしまいます。


 五メートルまであと少しなのに、ここにきて立ち往生です。


 ですが絶対にチャンスはきます。なぜなら私の周りで戦ってくれているのは、マリス先生が信じていいと言った人たちだからです。


 必ず来るチャンスに備えて、魔力でコーティングした薬の玉を人差し指に貼りつけます。そしてデリミタ君から目線をはずさず、ただただ投薬のタイミングを計ります。


「うお!」


 オライウォンさんがうめき声を上げました。


「やべえ! 足をやられた!」


 申し訳ないのですが、オライウォンさんの足を気にしている場合ではありません。


 バランスを保とうとしているのか、前のめりになったり体をのけぞったりしているオライウォンさんに、私は叫びました。


「私を投げてください! デリミタ君のほうへ!」

「ちょっ! 冗談だろ!」

「早く! お願いします!」


 私の声に反応するかのように、オライウォンさんが倒れこみながら私を投げました。宙に浮いている間、視線が定まらず、デリミタ君の方向を見失いそうになります。


 ですが私は地面に落ちることなく何の衝撃も受けないまま、誰かの背中におぶさりました。さすがです、とても丁寧に私を受け取ってくれました。


 信じていました、ストラツさん!


 しかし私を受け取るために動きを止めたことが災いし、デリミタ君を覆いながら襲ってくる枝の勢いに圧されかけました。


 私を背中に背負ったまま剣を振り続けていることも弊害になっているのか、さすがのストラツさんも防戦一方。向かってくる枝を払いのけるだけで精いっぱいのようで、身動きがとれなくなっていました。


「ストラツ、飛べ!」


 その声と同時に、ストラツさんが宙へ舞います。ストラツさんの足元を、巨大な何かが走り抜けました。眼前の枝の集合体が、走り抜けた何かによって粉砕されます。そして私の視線の先に、デリミタ君が姿を現しました。


 ストラツさんがそのまま、デリミタ君への道を切り開いた何かの上に飛び降ります。見覚えのあるそれは、アグラさんの大剣です。地面と水平にさせたアグラさんの大剣の上を、ストラツさんが滑走します。


 ですがやはり、枝は私たちの行く手を阻もうと襲ってきます。


「駄目か!」

「いいえ!」


 ストラツさんの背中から肩へとよじ登って、私は前方へ飛びました。

デリミタ君への道は、まだ完全に閉じ切っていません。前に飛んだことで、射程距離内に入りました。


 五メートルです!


「デリミタ君! お薬の時間です!」


 私はデリミタ君だけを真っ直ぐ見つめて、指先から薬の玉を飛ばしました。


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