第3話 改革

 私が支店に転勤した頃に、他の店で働いていたベテランが本店に出向した。飲食店コンサルティングの助言により社内では不満が溜まっていた時だ。彼は社長の意向を受けてある使命を持っていた。


 出向初日、ある板前の仕事が気に入らなかったらしく大喧嘩した。


「お前みたいな板前のせいでこの店のクオリティが落ちるんだ! 反省しろや!  」


 その場にいなかったので人づてに聞いた話だが、みんなの前で相当怒鳴りつけたらしい。その板前は耐えきれず社長の元に出向いた。


「今まで生きていてこんなに悔しいことはありません、辞めさせてください! 」


 相当にプライベートな事にも言及し叱りつけたらしい。土下座して泣いて懇願したその板前は本当に辞めた。


 また仕込み中でも一つ一つの事に細かくダメ出しをした。言われてみれば確かにその方が良いのだが、その方法だと時間と手間がかかることばかりで正直みんなが鬱陶しく感じた。それでも彼は妥協しない。お客様のために、店の将来のために社員全員の意識を改革しようと奮闘した。


 今までは新人がすべての片付けを残ってやっていたが、彼は一段落着くまで一緒になって片付けを手伝った。ベテラン板前が仕事をしているので中堅も中途入社の方も帰ることができずに渋々片付けを手伝う。一気に片付けが終わり早く帰れるようになった。


 彼が休みの時はどんなに洗い物が溜まっていようと若い衆に任せて平気で帰るが、彼が出勤すると人が変わったように片付けを手伝う中堅集団。


「このままじゃ店がダメになる。将来に備えなければならない」


 確かに十年目までの店のことに詳しい中堅がどんどん辞めて、ベテランが残っているドーナツ化現象が起こっていた。


 新人と一緒な仕事をする彼は自ら率先して片付けを手伝い板前に手本を見せる。板前としても優秀で、一目置かれていた彼に意見できる者は社長しかいなかった。


 しかし長年やってきた自分の仕事にケチをつけられると反発する者も現れる。去る者追わずの精神の会社では一年間で二十人以上の人間が辞めていった。


 確かに中堅には調子に乗って下っ端に仕事を押し付ける輩も多かったが、そういった人間ほど反発して辞めていった。


 給与は減り、仕事の量が増えて、不満が溜まる店の雰囲気は張り詰めた糸のようだったと聞いている。新人は逆に歓迎していた。


「初めて上司があんなに片付けを手伝ってくれるのを見ました。俺はあの人について行きます! 」


 賛否は立場によって別れたが改革は続けられた。


 家族のいる者、家のローンを組んでしまっている者、将来に不安がある者は連日飲みに行き人生についての論議を交わすようになっていく。


 おそらく私も本店に残っていたら辞めていたかもしれない。急激な変化には必ず反発する者が現れる。転勤できて良かったのかもしれない。


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