第11話 不満続出

 店に飲食店コンサルティングの外部の人間が助言をするようになり福利厚生、消耗品、備品の仕入先の見直しなど会社全体の雰囲気が変わってきました。今までは残業代が付いていたのに暇な時は早く帰らされるようになりカットされ、白衣を取り替える場合は有料にしたり、ボーナス査定が大幅に見直されました。


 板前がどれくらいもらっていたのかは知りませんがボーナスの額が全員同じになっていました。これには板前、中途入社の方は憤り文句を言うようになります。


 さらには来年からは大卒の人間を入社させ戦力をアップさせると宣言し、そのための資料作りや面接官などの寿司屋とは関係のないような業務を任せられるようになります。


 私は新人の頃から店の備品の仕入れを担当していたのですが、ある日女将さんに言われました。


「二重に発注してる備品があるわね? あなた何か知ってる? 」


 寝耳に水です。要約すると「お前二重にわざと発注して、備品を売って自分の懐に入れてるんじゃないのか? 」です。横領の疑いでした。もちろん私はそんな大それた事はしていませんでしたが、優しく笑顔で問いかける女将さんの目は笑っていません。必死に否定しました。


 結局、それは業者のミスであったことが判明しました。パソコンなどを使わずに電話で口頭で注文していたので、忘れて伝票を二枚書いてしまったらしく業者から謝罪の電話がありました。


 今まで真面目に朝早く出勤して在庫の確認をしたり、休みの日に電話注文をしたりしていましたが馬鹿馬鹿しくなりました。役職手当もつきませんしリスクしかないことに気づき私は速攻で後輩に仕事を引き継ぎました。「頑張っていれば誰かが見ていてくれる」は幻想でした。危うく犯人扱いでクビになるところでした。


 新人が早く出社して遅く帰るので給与が高くなり、三年生の方が低くなる逆転現象が起きました。過去ワーストの雀の涙ほどの給与で泣けてきます。


 入社式で自分の店を潰したと告白した方が辞める事になりました。いつも仏頂面で元気がない人でしたが挨拶に来た時は違っていました。


「お世話になりました! ありがとうございました! 」


 今まで一度も聞いたことがないようなハキハキした口調で、憑き物が落ちたかのような晴れやかな顔でした。ずっと辞めたかったんでしょう。眩しいくらいです。他の店で頑張るらしいです。


 次に同期の一人が実家の寿司屋に戻ると言う理由で辞めました。もともと修行で他の店ものぞきたかったらしく実にあっさりと辞めていきました。絶妙のタイミングかもしれません。


「悪いね。頑張ってね」


 残る者の苦労を予想している声はなぜか弾んでいました。


 次に結婚式の二次会の幹事を務めた中途入社のKさんが辞める事になりました。前職では板前としてバリバリやっていましたが、店では裏方で働くことに嫌気がさしていました。ある日、Kさんの人柄を慕って前職の店の常連客だった方が田舎からわざわざ上京し来店しました。


「お願いですから、この日だけはカウンターに立たせてください。わざわざ僕の為に来てくれたんです。お願いします」


 Kさんの事を嫌っている意地悪な板前はその願いを拒否して裏方として働かせました。社長から認められた者にしかカウンターには立たせられないのですが、あまりにつれない態度でした。Kさんはお見送りの時にしきりに謝ります。


「僕の力不足で今日はお相手できなくて、本当に申し訳御座いませんでした」

「いいよ。元気な顔が見れただけでも良かった。また食べにくるよ」


 常連客はそう言ってくださいましたが、今まで溜まっていた不満もありそれがキッカケで退職する事になりました。


 Kさんは一人の先輩板前に大変可愛がられていて最後の挨拶に向かいます。


「期待に、応えられなくて、すいません、でした。今までの、温かい、ご指導、ありがとう、ござい、ました! 」


 涙と鼻水で声が詰まり、何を言ってるのか聞き取れないくらい号泣していました。板前も泣いていて二人は肩を抱き合い別れを惜しみました。すごい師弟愛です。その後、Kさんは海外に飛び出して店長を任されて働いています。やはりすごい方でした。結婚もして子供も生まれたそうです。人の頼みごとを断れない、情に厚い親分肌の方でした。


 彼の後を追うように、さらに二人の下っ端も辞めて海外に飛び出しました。次々と人は辞めていきますが仕事の量は変わりません。また新人の時と同じ仕事を繰り返さなければならない。私も身の振り方を考えるようになります。





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