第9話 味噌事件

 店の味噌汁に使う味噌は地方から送ってもらう特別品を専門業者から仕入れていた。電話で注文して約三日後に納品する。合わせ味噌を巨大なボールで練りこんで調合するため、在庫がなくなったら新人が発注を行うように代々受け継がれていた。連休前にみんなで下水掃除をしている時にそれは発覚した。


「おい、休み明けの味噌の在庫がないけど、どっか他にあるのか? 」


 新人が発注を忘れていた。他の支店に在庫確認を取るが違う味噌を使っていてダメだった。業者にも電話をかけるが時刻は深夜で繋がらない。


「もしかしたらどこかにあるかもしれない。みんなで探そう」


 店中の倉庫、冷蔵庫などを捜索したが見つからなかった。休み明けの味噌汁が作れなくなってしまう。間違いなく連帯責任で怒られる。時刻は深夜一時を回っていた。絶望がみんなを包み黙り込む下っ端たち。


 二年生が味噌の業者の住所を調べていた。


「俺、明日にでもレンタカーで現地に行ってみます。ダメ元ですけど、もしかしたら人がいて分けてくれるかもしれませんから」

「それしかないよな。分かった。頼む。ガソリン代や高速代は俺らが持つから。それでもダメならしょうがない。先輩に相談しよう。やるだけの事はやろうか」


 話は決まり帰り支度をしている時だった。この日は常連のお客様が残って営業終了時刻を大幅に延長し、そこの営業担当だった味噌の発注を忘れた新人がようやく片付けから仕込み場に降りてきた。事情を話し自体を把握した新人は言った。


「ああ、ごめんなさい。確かに発注は忘れたんですけど、前に間違って多く頼んだのが残っています。先に言っておけばよかったですね」


 仕込み場の備品置き場の非常にわかりづらい場所から味噌を出してきた。


「これで大丈夫ですね! 」


 ドヤ顔で笑っていた。我々三年生もこの事件のせいでこの時間まで残りすでに終電を逃している。みんな疲れ切っていたがブチ切れた。


「ふざけんなよ! テメェ!!!!!! 」


 二年生の一人の男が新人に飛びかかった。馬乗りになり首を絞め上げる。


「なんで、それを早く言わないんだ! お前のミスで先輩も残って、あちこち電話してこの時間まで味噌探したんだぞ! お前はバカか! 」


 新人は怯えて震えている。


「すいません。後から言えばいいかなって......」

「は〜〜〜〜? 頭おかしいのか! 」


 私達は呆れてそのまま二人を残して帰った。止める気も庇う気も失せた。精神的に疲れた。


 元公務員で空気が読めないその新人は、前職でも使えず市民から苦情を受けて各部署をたらい回しにされていたらしい。休み明けの数日後、新人は辞めた。あの後何が起きたのか私は知らされていないが想像はついた。人には向き不向きがある。多分、彼はこれからも取り返しのつかないミスをし続けるのだと思われた。


 新人が一人辞めるとその負担のしわ寄せがくる。相談相手も少なくなり仕事の量も増えて疲弊する新人たち。次は元トラック運転手が辞めた。


 穏やかでいつもニコニコしている男だったが、忙しい時でも自分のペースで仕事をしてしまうトロ臭さがあった。よくそこを指摘されて怒られていた。負の連鎖が続く。





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