第4話 新人歓迎会

 一ヶ月後、しぶとく四人は残った。去年の悪夢が蘇るがまた歓迎会を開かなけらばならない。宴は例のごとく土曜日の仕事の後開催された。最初のビール一杯目はやはり至福の味だ。


 和やかにスタートしスムーズに争うこともなく進行していく。仕事の話は敢えてしないので飲み食いとカラオケで盛り上がっている。


 その会場に一人の中途入社の男が現れた。支店で働いているKさんだ。初めて一緒に飲むことになる。普段はクソ真面目という言葉がふさわしいほど寡黙で実直に仕事をしている男でありみんなが知っている。


 彼は酒乱だった。飲むと本来持っている凶暴性が酒によって暴露され絡み酒になり時には暴力も振るう。


「よし、新人ども! モノマネやってよ。モノマネ! 俺がまずは手本見せてやるからさ」


 昔のプロ野球選手のバッターボックスの仕草のモノマネをするが誰もわからない。盛大に滑るが酔っている彼はドヤ顔だった。会場に戦慄が走る。


 渋々、戸惑いながら一発芸を披露していく新人達。中には上手い奴もいて板前のマイナーな仕草をコピーし爆笑をかっさらう猛者もいた。しかし突然の無茶振りで滑るものがほとんどだ。


「つまんねーんだよ! 」


 Kはおしぼりを顔面に思い切り叩きつけて文句を言う。冗談なのか、本気なのか目が笑っていないし顔を赤くして終始ヘラヘラしているので、はっきり言って非常に怖い危うさがあった。


 周りの人間がなだめてさっさと酔い潰そうと酒を進めるが逆に一気飲みを強要されたり、肩を抱かれて耳元で大声で叫んだりする。みんな酔っ払っているので会場は盛り上がっているように見えるが私は冷静だった。


 新人は明らかに不快感を示しKのそばに近寄らないようにしている。だが奴はそんな人間を目ざとく見つけ、マンツーマンになり仕事についての講釈を延々と語る。


「いいか、お前は仕事に対しての積極性がないんだ。俺が若い時にはな......」


 被害者が続出する。真面目な話をしているかと思いきや急に平手打ちをしてくるので油断できない。真剣を持って対峙し間合いを図る武士同士の決闘のようだな緊張感が生まれる。じりじりと近づくKとそれをさせない新人の静かな攻防。


「カラオケしましょう! カラオケ! 」


 三年生が気を使う。歌わせておけば夢中になるので安心だが油断はできなかった


「そこ。俺の歌ちゃんと聴いてんのか! 」


 グラスの氷やおしぼりが目にも留まらぬ速さで飛んでくる。リミッターが外れているのか力が強い。空気を読むのに長けている後輩はカウンターに逃げて店員と静かに談笑している。トイレに逃げ出す者、タバコを買いに行く者、黙って店を出て他の店で飲み直す者。最低の歓迎会になった。


 やがて元公務員の新人がカラオケを強要された。以外にも彼の選曲は「紅」だ。彼のイメージには合わないが眼鏡を外しマイクを持ち替え、立ち上がって叫ぶ彼の激しいイメーギのギャップによりライヴは盛り上がる。阿鼻叫喚、興奮坩堝、歓喜と狂乱にお座敷は満ちて物が乱れ飛び、みんなが一緒になって歌いグラスから酒が溢れる。


 いい仕事をした彼に惜しみない拍手が浴びせられみんなに祝福される。しかしKは自分が主役じゃないので気にくわないのか平常運転だ。


「やるじゃん。お前! すごいじゃん! 」


 背中をバンバンと力任せに叩く。行動と言葉が一致しない。逃げようとする新人を羽交い締めにして叩きまくる。新人が泣き出している。


「痛い、痛いですって! やめてください! 」


 なぜか般若のような顔をして暴力を振るい続けるKに私はキレてしまった。後ろから無言で近づきKの足首を持って思い切り引き上げて転倒させる。そして袈裟固めのような体制になりヘッドロックした。


「おっさん。新人が嫌がってるだろ? いい加減にしろよ」


 万力のように力を込めて頭を締め上げる。脱出しようともがき私の脇腹にパンチをするがアドレナリンが出ている私には効かない。


「ぎゃ〜〜〜〜! 」


 断末魔と共にKの力が抜けて大人しくなった。


「わかった。ごめん。俺が悪かった。謝るから許して! 」

「本当ですね? みんなに謝りますか? 」

「します。だからやめてください! 痛い。痛いですって! 」


 私も頭に血が上り渾身の力を込めていたが、みんなの視線に気づきKを解放した。ようやくKはシラフに戻り謝罪したが雰囲気は最悪ですぐに解散した。


「あいつも公の宴に呼ぶのはやめよう」


 全員が固く誓った。酒乱は怖いです。

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