第3話 上京

 就職が目的の学生達は自分の進路を決めなければならない。私は県外で寿司職人になることを希望した。理由は簡単で板前姿がかっこいいからである。どうせなら寿司の本場で修行がしたかった。


 学校の掲示板に求人募集の張り紙が並び真剣な目で吟味する学生達。進路指導の先生との面談で希望を伝えて、さらに個別に求人情報を仕入れてくれた。私が気になったのはホテル勤務と老舗の寿司屋だった。


 どちらも給料に差がなく初任給十八万円、社会保険有り、月六〜八日休みという条件だった。ホテルの方が先に試験があるらしくその後で老舗の寿司屋に面接に行くことになった。二日滞在で近くのビジネスホテルを予約する。気合を入れて髪も短くして、不安と期待が入り混じり人生初の東京に向かう。


 当時はスマホはないので前もって自宅のパソコンで地図をプリントアウトし、念入りに脳内シュミレーションして都庁近くのホテルに向かう。乗り換えの駅で寝過ごしてしまわないか? 果たして無事にたどり着けるのか? そもそも試験とはどういうものなのだろうか? 不安でどうしても悪い方に考えてしまい落ち着かない。


 新宿の駅は馬鹿でかく、どこに出口かあるのか地図を見てもいまいちよく分からない。人が田舎の百倍近くいるんじゃないのか? なんでこんなに人がいるんだろう? 田舎者丸出しでキョロキョロしたものだ。


 駅からシャトルバスも出ていたが私はあえて徒歩で向かう。長い地下の通路を抜けて地上に出てみると都庁が要塞のようにそびえ立っていた。忙しそうに早足で歩くビシッとスーツ姿できめたビジネスマンと自分の安物スーツを比べて、なんて俺は似合っていないのだろう、とため息をつく。


 横断歩道を渡った先に目的の会場が見えてきた。一息つきたいがどこで休憩したらいいのかよく分からず我慢した。緊張していてやたら喉が乾く。会場にはスーツに身を包んだ若者が四十人程いた。受付を済ませ長椅子に四人ずつ座る。


 やがて採用担当者が出てきて挨拶を行い、ペーパーテストの問題用紙が配られた。内容は国語と英語と数学の基礎中の基礎の問題だった。特に試験対策を行わなかったので、ホッと胸をなでおろし答えを記入していく。


 昼食時間を挟んで合格者の番号が呼ばれ次の集団面接に進む。私の番号が呼ばれた。不合格者は退席し別室に移動させられた。


 次の集団面接では正直何を聞かれたのか覚えていない。他の受験者が模範解答を連発して行く中、私は全く答えられなかったと思う。緊張していたわけではなく私は途中で潔く諦めたのだ。


「もし採用されたら一年間はホールから働いてもらいますが、よろしいですか? 」

「できれば厨房がいいです」


 他の四人が


「はい是非やらせてください! 」

「問題ないです」


 などと答えていたが私は自分の欲望のまま答えた。予想通り落ちて最終面接には進めなかったが落ち込んではいられない。明日もう一つの面接があるのだから。気持ちを切り替えて私はビジネスホテルに向かった。


 時刻は夕方で薄暗く、ビジネスホテルの近くには目印になるような建物がなくて迷子になってしまった。タクシーがやたら狭い道を走り回り、これから出勤するのであろう和服姿やドレス姿の美女が街を闊歩し、キラキラ輝くビルの窓、marugenと書かれたネオンが光り、飲食店から出てくる黒服や恰幅のいい紳士、淑女が街に溢れ返り街は怪しい喧騒に包まれていく。


 私は焦り地図を確認しながら似たような道を何度も往復した。足が棒になり諦めかけた頃、薄暗い路地にひっそりと佇む目的のビジネスホテルを見つけた。チェックインして部屋に入り、すぐさま靴とスーツを脱ぎ捨てベッドに寝転び目を閉じた。


 二十分ほど身動きしなかっただろうか? 体は疲れているはずなのに気分がハイで眠れそうにないのでシャワーを浴びた。お腹が空いて迷ったが大人しくコンビニでおにぎりとお茶を買った。今日はもうこれ以上人と会いたくない。人にも街にも酔っていたのだと思う。


 その日は結局一睡もできず、一晩中ぺイチャンネルを見て暇をつぶす羽目になってしまった。我ながら馬鹿な事をしたものである。


 翌朝ホテルをチェックアウトして早めに会場の下見に行った。すぐに見つかりやることもないので散歩して時間を潰す。行き交う人々を見ると一人一人の服装が洗練しているように見えて眩しい。すぐに疲れてコンビニで立ち読みして時間を潰す。


 老舗の寿司の面接官は白髪の紳士だった。上等な縦のストライプの入ったダークブルーのスーツに身を包み、金縁の眼鏡をかけ、いかにも金を持っていそうな雰囲気を持っている。恐縮してしまい身構えるが


「趣味はなんだい? 親御さんは元気かね? 今日は天気がいいから散歩でもしたいね」


 世間話しかしない。十分ほどで


「お疲れ様でした。気をつけて帰ってね」


 拍子抜けである。ここも落ちてしまったのか? 絶望がよぎるがこの紳士があまりにも終始ニコニコして話してくるので毒気を抜かれてしまった。考えるのが馬鹿馬鹿しくなり、疲れていたので東京見物もせずにさっさと帰った。


 後日、専門学校に老舗寿司屋からの合格通知が届いた。


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