第2話 学生生活

 元電気工事士の方とクラスで話す機会が多くなっていた。二〇代後半だというのに頭が薄くなりメガネをかけたひ弱そうな男性だった。前職の仕事の待遇に嫌気がさしてこの学校に来たらしい。自分と同じガチ勢で人生の再起をかけている。人生のことについて熱い議論が交わされる。


 しかしここに割り込んでくる男がいた。太り気味で童顔の十九歳の若いIだ。パティシエ志望で比較的真面目な生徒だったが、どこか言動が幼く頼りない印象を受ける。私をなぜか慕いコミュニケーションをとってくるが、いかんせん空気が読めていない。


 最初は鬱陶しかったがあまりにもしつこいので話を聞いているうちにつるむようになってしまった。私の過去も根掘り葉掘り聞いてくる。大した過去ではないので正直に話したが、それを平気で他の生徒に吹聴していく。


「すごいですね〜」


 何がだろうか? キラキラした眼差しで見つめて来た。彼は自分の出来ない事をやってのける人間に強い憧れを抱く性質があり、実習だけではなく座学も真面目に受けている私に勉強を見て欲しいと言ってきた。


 正直、他人に構っている暇はなかったのだが私は彼とグループ実習でも組むようになり、なぜか仲良くなっていた。なんとなく危なっかしく放っとけなかったのだと思う。


 彼は空気の読めない発言をする悪癖でクラス内で敵を作ることが多く、ヤンキーに目をつけられて他の生徒ともトラブルをよく起こした。あの時言った、言わないの水掛け論になり、事態は先生も巻き込みややこしくなる。


「この人、嘘つきなんです! 」


 ヤンキー風のやる気のない女の子とその彼氏に何か悪口を言ったらしく、先生の前で吊し上げを食らうI。内容はくだらなすぎて書く気も起きない小学生の小競り合いだった。本当にどうでもいい。


「一緒に証言してください」


 私を巻き込まないでくれ。嫌だったが渋々事態の収束に乗り出した。私は学級委員長じゃないのだが......こういう事態を恐れて私を仲間に引き込んだのだろうか? クラス内で比較的優等生だった私の意見は尊重され、彼氏は何とか引き下がったが、彼女はまだIを睨みつけている。


「お前、口は災いの元だぞ。少しは自重しろよ」

「わかってはいるんですけど。実習で同じグループになった時にあの女の態度があまりに悪いから、我慢できなかったんですよ」


 確かに金髪に染めてマニキュア、ミニスカ、ハイヒールの彼女の授業態度は気だるそうで、真面目な生徒にとっては何か言いたくなるかもしれない。とにかく二人とも若いのであらゆる事に興味を持ってしまうのだろうか? 私クラスになると他人の行動なんていちいち気にしていないが。


 後日、彼女は学校を去った。理由はつまんないから、だそうだ。申し訳なさそうに終始頭を下げていた彼女のお母様が印象的だった。専門学校ではよくある事だ。彼女は今何をしているだろうか? 個人的にすごく気になる。


 専門学校ではつい最近まで高校生だった若い男女が多く、徐々に付き合う者達が現れた。生徒と若い講師との内緒の付き合いもあった。ちなみその生徒はアルバイト先の同僚だ。


「あいつがパチンコ好きでデートでもそこに誘うんですよ。信じられます? 」


 知らんがな。秘密じゃないんかい! なぜかよく相談を持ちかけられる。私の相談は誰にも聞いてもらえないのに。理不尽だった。


 実習で作るだし巻き卵やオムライスの出来が良く、先生にやたらと褒められるがバイト先で鬼のように作っているので何とも思わなくなった。技術は場数をこなさないと身につかない。そして必ず本気でやること。これがコツだ。失敗も成功も肥やしになるからである。


 ガソリンスタンドの社員の方が辞めることになった。この方は新人の頃に大変お世話になった方だ。実家の家業を継ぐらしい。


「あいつ、バカだよ......」


 店長が期待していた社員でよく目をかけていた分ショックが大きかったらしく、お別れ会のラーメン屋で悲しそう餃子をつまむ店長の横顔が哀愁を漂わせていた。


 また時代の流れからか、セルフ式のガソリンスタンドが台頭してきて、うちのようなスタンドは人件費を無駄遣いしていて売り上げが上がらないと本部に言われたらしい。


「近いうちにうちのスタンドはセルフ式にリニューアルオープンすることになると思う。おそらく社員は支店に転勤することになる。残念だよ」


 働きやすい職場だったが、私が卒業するまでは店は存続しているらしい。


 時間は容赦無く流れていく。





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