第18話 決着、ニーズベッグの最期 また会おうな、ペリペリ
ニーズベッグが、ずりずりと後ずさりしながら驚いた。
「おまえ、サルなのに、火が怖くないのか!?」
どうやらニーズベッグは火が怖いらしい。あれだけ巨体で、力強くて、高山王の噛み付きもきかないのに、火は怖いなんて、ヘンなやつだ。
「おいらだって怖いさ。こいつの扱いを間違えると山火事になるからな。でも今は、みんなが手伝ってくれるから大丈夫だ」
王宮が燃えたときに備えて、高山王には逃げ遅れたやつらの避難をお願いしたんだ。ペリペリとタヌ吉もおいらがなにをやるかわかっていたから、素直に離脱した。
仲間の信頼にこたえるためにも、火でニーズベッグを倒すんだ。でもその前に、心の中で暮田伝衛門に謝る。これが本当の本当に最後の火だから許しておくれよ、と。
ぽいっと松明をニーズベッグの口へ投げた。
でもニーズベッグは、ぱたんっと口を閉じてしまった。
松明は、ぱしんっとニーズベッグの唇に弾かれて、王宮の床に落ちてしまう。しかも火が絨毯やカーテンに燃え移って、たくさん煙が出てきた。
「くそっ、失敗したぜ」
ニーズベッグは硬く唇を閉ざして、おいらにじりじりにじりよってきた。きっと体当たりで押し潰すつもりだ。噛みつき攻撃はもうやってこないだろう、火を投げこまれたくないから。
おいらはおいらで、次から次へ棚や段差に飛び移って、ニーズベッグと間合いをとった。途中で松明をもう一本発見して手にすると、天敵を突きつけてやるようにぶんぶんと振った。
やっぱりニーズベッグは火が怖いみたいで、松明の火が揺れるたびに、びくびくとまぶたを痙攣させた。
「これサルよ。なんて危ないことをしておるのじゃ」
高山王が、カーテンや絨毯の火事を、平然と踏み消した。
「なんだよ高山王。犬なのに、火が怖くないのかい? っていうか熱くないのかい?」
「炎の魔法が直撃しても痛くもかゆくもないのに、火が怖いとか熱いとかアホらしい」
「あんた本当に普通の犬じゃないんだな」
「うむ。それで、どうやってニーズベッグを倒す?」
「あいつの口に火を投げこむんだ。それで終わる」
「おお、名案じゃないかえ。しかしなぁ、やつの口にはうんちがついておるから、近づきたくないぉ」
「頼むよ、高山王が口をこじあけてくれれば、それであいつを倒せるんだ」
「むー、わかった。あとで余を洗っておくれよ?」
「任せてくれよ。おいら群れの仲間を温泉で毛づくろいするの得意だぜ」
さっそく高山王が、ニーズベッグに突撃した。目にもとまらぬ速さ。暮田伝衛門と同じ、いやそれ以上に早い。一瞬で顔まで到着すると、尻尾を唇の合間に差しこんで、ゴリゴリとこじあけてしまった。
「いまだっ!」
おいらはニーズベッグの口に松明をねじこんだ。
「あついいいいいいいいいい!」
ニーズベッグは、がしゃんがしゃんっと王宮を壊しながら、のたうちまわった。ごろごろ転がって壁に身体をたたきつけて、びょんびょん跳ねて天井と床を崩してしまう。
あまりに暴れるものだから王宮が崩れてきた。脱出しないと巻き添え食らっちゃうぞ。でも間に合うかな。出口まで結構遠い気がする。
「余の王宮が壊れるか。これはこれでよいな。退屈も今日で終わりかもしれん」
のんきなことをいった高山王は、おいらをぱくんっとくわえると、たったか外へ向けて走り出した。
すげーな、こいつ。力持ちだし足も速い。とんでもないやつなんだぁ、犬なのに。
あっという間に脱出。がらがらと王宮が崩壊。ニーズベッグは瓦礫でぺしゃんこになって、動かなくなっていた。
おいらは喜ぼうとしたんだけど、高山王が首をかしげた。
「…………おかしい。ニーズベッグのやつ、苦しんだ形跡が少ない」
くんくんと犬の鼻で匂いを嗅ぐと、また首をかしげた。
「お前らのうんちの匂いもしてこない。これはどういうことじゃ?」
おいらにわかるはずがない。こういうときのタヌ吉頼みだ。
タヌ吉は、動かなくなったニーズベッグをぺたぺた触って、推理した。
「ニーズベッグの大きな身体って、遠くから操っていたものだと思いやすよ」
高山王が尻尾をぱたぱた動かしながら、タヌ吉に聞いた。
「根拠はなんじゃ?」
「ウキ助さんが石を投げるときに観察していたんですがね、ニーズベッグの口の奥底で見慣れた光をわずかに見たでやんす。あれはなんなのか今思い出しやした。暮田の旦那が、あっしらを地球から魔界へ運ぶときの光に似ていたでやんす」
「転送魔法か。しかし、それがどうペリペリに関わってくる?」
みんなの注目がペリペリに集まった。
「え、僕? 僕、なんにも知らないよ」
しかしタヌ吉が、ぽんぽこと腹包みを打ってから、推理の続きを語った。
「たしかペリペリさん、魚を食べていたら、地球に飛ばされたんでしたね?」
「うん。いきなりだったんだ。魚を食べて、がりっとかじって……あれ、どうやってかじったんだっけなぁ。細かいことまで覚えてないよ」
「つまり、ニーズベッグの本体は魚でやんす。ペリペリさんにかじられそうになって、びっくりして、いつもニーズベッグを遠くから動かしていた魔法が暴発したでやんす」
名推理に、高山王が目を輝かせた。
「なんと! 地球のタヌキがこんなに賢いとは!」
「あっし、人間社会で鍛えられやしたから」
「しかしおかしな話じゃな、なぜニーズベッグは森の動物たちを食べていたのじゃ?」
「それは本人に聞いてみないとわからないでやんす。ウキ助さんの尻尾釣りでね」
というわけで、かつてペリペリが魚を食べていた川へやってきた。
規模の大きな川だ。水の流れは遅いけど幅があるから、反対側の岸まで泳いだらくたくたになるだろうな。砂利のある川辺は浅いみたいだけど、真ん中ぐらいだと水深が深いみたいで底は見えない。水質は抜群にいいから、川魚たちが気持ちよさそうに泳いでいた。
ペリペリをはじめとしたアルパカたちは、川の中州で魚を食べるそうだ。
おいらは、中州にジャンプで移動すると、尻尾を川面にたらした。釣りにはコツがあって、芋虫が間違えて水に落ちたような動きをする。じたばたともがく感じだ。
ニーズベッグは悪食だったから、きっと食べられるものはなんだって食べようとするだろう。他の魚を押しのけてでも。
さっそく、しゅっと吸い付く感触。でも、おいらの力だけじゃ引っ張り挙げられないぐらい重かった。
どうやら、大物らしい。
「みんな、おいらの尻尾をつかんでひっぱってくれ!」
ペリペリはおいらの足首をくわえて引っ張って、タヌ吉は肩でおいらの尻を押した。
よいしょ、よいしょ、魚と引っ張り合いだ。引っ張り負けたら、おいらが川に引きずりこまれるだろう。
「おい高山王。ぼーっと見てないで手伝ってくれよ」
「やれやれ、余をこきつかうなど、どうかしているサルじゃな」
ぶつぶつ文句をいいながらも、高山王はおいらの尻尾をくわえて――怪力で引っ張った。
すっぽーんと、一匹の魚が打ち上げられた。
「ち、ちくしょう。食い意地張ってやらかしたぜ」
大きめの魚から、ニーズベッグの声がした。サイズを地球でたとえるなら、池の主をやる鯉ぐらいあった。
しかし、どれだけ大きくても、陸に打ち上げられた魚はビチビチ跳ねるだけだ。
高山王が、暴れるニーズベッグを前足で抑えた。
「これニーズベッグ。なんで無意味に動物たちを食べた」
「魚は弱いからだ。アルパカみたいな弱っちい動物にだって一方的に食べられちまう。だから魔法を覚えて強くなって、お前たちに逆襲してやった」
「どんな魔法じゃ?」
「遠隔操作の魔法と、遠隔操作したやつの口を通したものがオレ様の口に入ってくるやつだ。おかげでここまで大きくなれた。昔のオレ様は、稚魚みたいに小さかったからな」
ぱくぱく開かれた鯉みたいな口には火傷のあと。遠隔操作したやつから松明の炎が本体に通って、燃えたんだろう。こうなるのが怖いから火を恐れていたんだ。水の中で暮らす魚にとって、高温は天敵だから。
「なるほど、なるほど。ところで余はお腹がすいたのじゃ。野生の掟にしたがって、いただきますと」
がぶり。ごくん。高山王は一口でニーズベッグの本体を食べてしまった。
あっけない最期だ。ニーズベッグは、ちょっとだけかわいそうなやつだったかもしれない。でも、あいつは腹が減ってないのに、他の動物を食べまくった。野生の掟からしたら、しっぺ返しを食らって当然だ。
だからこそおいらは、ほんのり悲しくなってしまった。これまで食べてきた魚や昆虫は、ペリペリやタヌ吉みたいに気の良いやつだったかもしれないと考えてしまったからだ。
ニーズベッグの本体と接するまで、おいらは自分が食べてきた生き物たちについて深く考えたことがなかった。
お腹が減ったら食べる。お腹が減ってなかったら食べない。
どんな動物だって野生の掟から離れて生きることはできない。だってお腹ぺこぺこになって死んじゃうもの。
おいらが食べた魚や昆虫だって、他の生き物を食べることで大きくなったんだ。
だったら、あらためて受け入れるしかないんだろう。野生の掟を。
おいらの身体を大きくしてくれた、魚と昆虫たちに感謝することで。
「約束だぜ、高山王。おいらたちはニーズベッグを倒すのに協力した。ペリペリは群れに戻る。いいよな?」
おいらは高山王に顔を近づけた。
ほんの少しだけ、高山王にニーズベッグを食べた感想を聞いてみたかった。でも無粋な気がしていた。もしニーズベッグが野生の掟に従って、腹が減った分だけ他の動物を食べていたなら、高山王は介入してこなかった気がするから。
そんなおいらの気持ちを悟ったかのように、高山王はこくこくうなずいた。
「無論、ペリペリが群れに戻ることを許可する。しかし大変なのはウキ助じゃ。冒険から得られた経験により、人間みたいな葛藤をするようになってしまったのだろう」
「それでもおいらは野生の掟と向き合うしかないんだ。だってサル山のサルだもの」
「それでよい。迷ったら次に食われるのはウキ助じゃ。さて、そろそろ客人を迎えにいこうか。高山への階段の封印を解いたやつに」
● ● ●
高山への階段前にいくと、暮田伝衛門が待っていた。グレーターデーモンな翼と尻尾を丁寧におりたたんで、恭しく会釈。
すると高山王が、暮田伝衛門に尻尾を軽く振った。儀礼的なやつで、本心じゃないのは伝わってきた。
「グレーターデーモンの二等書記官。何年ぶりかえ?」
「二百年ぶりでございます高山王さま」
暮田伝衛門も、どことなくよそよそしかった。あんまり高山王が好きじゃないらしい。
「敬語を使うなら外交かい。魔王はなんといっておる?」
「移動を制限しつつも、高山への階段は解放したままのほうがいいのではないかと」
「あやつ、高山への階段を解放したいのかえ。あれだけ問題が起きたから封印したのに」
「…………でないと我輩が処罰されてしまうので」
「ははー、おぬし魔王に無許可で封印を解いたのか。たった一匹のアルパカのために」
高山王の尻尾が、わずかだが好意的に振られた。
「恐れ入ります。それでお返事は?」
「好きにしろ。余は地球に興味がわいてきた。王宮も壊れてしまったし、しばらくは地球で遊ぶとしよう」
高山王がおいらの尻尾を軽く噛んだ。
「な、なんだよ」
「温泉で毛づくろいをしてくれるのじゃろう?」
どうやら地球までついてくるみたいだ。わけがわからないな。まぁいいけどさ、温泉で毛づくろいぐらいは。おいらもゆっくり休みたいし。
さて、地球に帰る前に、ペリペリとのお別れが控えていた。
「寂しくなるな」「長い旅でやんした」
おいらとタヌ吉は、ペリペリのもこもこした頭を名残惜しく撫でた。いくら高山への階段が解放されたままでも、地球と魔界は近いようで遠い。ペリペリは魔法が使えないんだから、自らの意思で二つの世界を行き来できないんだ。
今日で会えなくなると思ったほうがいいだろう。
もう、会えないのか。こんなに仲良くなれたのに。一つの大きな冒険を乗り越えたのに。
寂しいなぁ……もっと楽しい話をしたかったな……。
おいらとタヌ吉が、じわっと目の端に涙をためて別れを惜しんでいると、ペリペリが満開の花みたいに笑った。
「また会えるよ。だって僕たちは、最高の仲間だもの」
ペリペリは一滴の涙だって流さなかった。てっきり泣き虫を卒業したのかと思ったけど、かわいい蹄とちっちゃな尻尾がぷるぷる震えていた。どうやら泣くのを我慢しているみたいだ。
たぶん、泣いたら、おいらたちが気持ちよく地球に帰れないと思っているんだろう。
最高の仲間の想いを無駄にしないためにも、おいらとタヌ吉はごしごしと涙を拭くなり、ペリペリに手を振った。
ずっと、ずっと、手を振り続けた。
最高の仲間とまた会える日を信じて。
〈了〉
サルのウキ助が大冒険! ~迷子のアルパカが群れに帰るのを手伝うぜ!~ 秋山機竜 @akiryu
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