第15話 恐怖のニーズベッグ
おいらとタヌ吉は、高山への階段のときと同じく、ペリペリの背中に乗った。
「しっかり捕まっててね」
ペリペリはアルパカの足を活かして、夜半の厳しい斜面を駆け下りていく。暗闇で足元がおぼろげなのに、段差から段差へひょいひょいと乗り移っても、足首を痛めることがない。強靭な足腰と、たゆまない勇気である。
後ろから追いかけてきた犬の兵士たちは、落差の激しい段差と斜面に「夜中に、こんなところを降りたら、足を痛めてしまうよ」と及び腰になっていた。
まったく情けない犬たちだ。泣き虫ペリペリのほうが勇敢じゃないか。おいらはペリペリの頭と首をわしゃわしゃ撫でた。
「やるじゃないかペリペリ。もうすっかり段差の達人だぜ」
「うん、すっかり逃げるのにも慣れちゃったね」
ペリペリは堂々としていた。犬の兵士たちに追われているのにビビっていないのだ。すっかり強くなったんだなぁ。もう泣き虫じゃなくなったのかもな。
「ところでウキ助さん。なにか大事な情報はつかめたでやんすか?」
タヌ吉が、進行方向の闇夜を夜行性の瞳で偵察しながらいった。
「高山王本人が教えてくれたんだけどさ、ニーズベッグって悪いやつがいて、そいつのせいでペリペリは地球に落ちたみたいだぞ」
おいらが伝えたら、ペリペリは喉を懐疑的に鳴らした。
「えー。僕、ニーズベッグと関わりなんてないよ……?」
「高山じゃ有名なやつなのか?」
「なんでもバクバク食べる悪いやつだよ。絶対に近づいちゃいけないって、あらゆる種族の群れでいわれてる」
「悪食の食いしん坊かよ。動物の天敵みたいなもんだな」
ひゅっと空気が裂けて、光の束が飛んできた。翼の生えた犬たちだ。彼らは翼の光で斜面を照らして、おいらたち三匹を探していた。
下手に動くと目立つので、息を潜めて段差と段差の合間に隠れた。段差のすぐ上を翼の光が通過していく。一つや二つじゃなくて無数に光があるので、まだら模様の毛皮みたいに地面が照らされていた。
ようやく翼の光が遠ざかったところで、声を出さないように手振りだけで逃走方向の相談をしていく。
みんな、ひたすら白亜の王宮から離れることで一致していた。
落差の激しい斜面を抜けて、背の高い草が生えた草原へ入った。ホタルみたいな昆虫がいるらしく、ぽっぽっと発光していて、草の根元が照らされていた。
時々翼の生えた犬が上空を通過していくので、その都度おいらたち三匹は草原に伏せてやりすごした。
さらに草原を進んでいくと、陰鬱とした森に入った。
お化けみたいな樹木がびっしりと生えていて、土も湿地みたいに湿っていて気味が悪い。濃厚な青臭さは強くなっていくのに、夜行性の動物の気配がぱったり途絶えている。あれほど飛んでいた翼の生えていた犬の姿も消えていた。
様子がおかしい。
おいらたち三匹は、ひそひそと小声で作戦会議になった。
「なんかヘンだぜ」「どこかに隠れたほうがいいんじゃないの」「朝になるまで壁と屋根のあるところに隠れるでやんす。雨風もしのげやすし」
壁と屋根がある場所。洞窟がいいだろう。
しばらく森の奥へ進んでいけば、大きめの洞窟を発見した。
食料が豊富で、すぐそばに滝があった。水しぶきが夜の暗闇に散って、胸の奥がすーっとしてくる。音も少なくて、外敵が近づいてきたらすぐに気づけそうだ。森の中はおどろおどろしかったけど、洞窟の近くだけ爽やかだな。
これだけ条件が整っていれば、快適に朝を待てそうだ。さっそく洞窟へ入ったんだけど、おいらたち三匹は同時にからんっとなにかを蹴った。
骨だった。動物の骨だ。それも川原の砂利みたいにたくさん落ちていた。
まずい。凶暴な動物が寝床にしている洞窟だ。すっかり忘れていたけど、森で一番快適なところは、近くで一番強い動物が独占するんだ。
おいらたち三匹は、音を出さないように、抜き足差し足で洞窟から出ようとした。
「げははは。オレ様の根城に入ってきたな、うまそうな三匹がよぉ」
ぐぉおおっと唸る声が洞窟の奥から聞こえると、ぎらんと光が二つ点灯した。その光が巨大な目だと気づいたのは、化け物の顔が前に出てきたからだ。
なんと顔だけでアルパカのペリペリより大きかった。もじゃもじゃした紫色の体毛で覆われていて、ヘビにも見えるしクマにも見えるしネコにも見えた。攻撃性の強い動物の特徴を全部備えているような化け物だった。
そんな化け物の顔を見て、ペリペリが恐怖のあまりちょろちょろとおしっこを漏らしてしまった。
「に、ニーズベッグだよ……どうしよう……」
なんてこった。おいらたち、高山を悩ませるモンスターの寝床に迷いこんだのか。
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