第14話 ペリペリが群れに戻れなかった理由

 兵士を巡回させるぐらい大事な王宮なのに、戸締りをおろそかにする犬が働いているようだ。


 まったく、おっちょこちょいなやつらだ。おかげでおいらは忍びこめるんだけどな。


 さっそく天窓に頭を突っこんだ。


 木炭の匂いがした。なにかの倉庫らしい。犬の兵士はいないみたいだし、さっそく倉庫へ降りた。


「夕方の騒ぎからして、くると思っていたぞ、地球のサルよ」


 箱の裏側から、一匹の犬が姿を現した!


「げっ、待ち伏せかよ……!」


 慌てて天窓から逃げようとしたんだけど、がぶっと尻尾を噛まれた! うわっ、やばい! 尻尾を手で掴んで振り放そうと思ったんだけど、犬の力が強すぎてビクともしなかった。なんだこいつ、押しても引いても微動だにしないじゃないか。


 まさかおいら食べられちゃうのか!?


「慌てるなサル。天窓は余があけておいたのじゃ」

「えぇ!?」


 おいらは、ぎょっとした。なんでわざわざ自分で天窓をあけるんだろう。


「余が高山王じゃ。自分の住処をどう扱おうが勝手じゃろ」


 高山王と名乗った犬は、青白い毛並みだった。柴犬と同じ大きさで、毛の長さも同じぐらいだ。尻尾は木の根みたいに長くて腰に巻きつけてある。つぶらな瞳なんだけど、じーっと見ると燃えるような暗さがあった。ぺろぺろと前足を毛づくろいすると、可愛らしい肉球が見えた。


 普通の犬に見えるな。噛む力と踏ん張る力はめちゃくちゃ強かったけど。


「あんた本当に高山王かい?」

「いかにも余が高山王じゃ」

「王様に飼われてる犬じゃないの」

「冗談ではない。なぜ気高き余が誰かに飼われるのじゃ」


 がるるるっと唸られてしまった。


「怒るなよ。っていうか、なんでおいらと会ってくれたんだい?」

「暇つぶしじゃ。余は王宮暮らしに退屈しておる」


 高山王は、お行儀よくお座りした。


「暇つぶしっていうなら、ペリペリについて教えてくれよ。地球に落ちちゃった迷子のアルパカのことだ」

「あの子に関しては、普段の掟よりも、少々特殊な事情がある。ニーズベッグという暴れん坊のモンスターに狙われていてな。あの子を群れに戻すと、群れごと襲われる危険性があったのじゃ」

「……ペリペリは、あぶないやつに狙われてるのか?」

「うむ。なぜ狙われたのかまではわからぬが、とにかくあの子を地球へ落としたのはニーズベッグじゃ。あのモンスターをどうにかしないかぎり、ペリペリの問題は棚上げじゃ」

「あんた王様なんだろ。強いんだろうから、ニーズベッグをやっつければいいじゃないか」


 おいらは、さきほど噛みつかれた尻尾を指先で撫でた。まだひりひりするぜ。


「無論、何度も噛みついてやったのじゃが、どうもニーズベッグには攻撃が通用していないみたいでな。ほとほと困っておった」

「顎の力が足りないのかい?」

「とんでもない。高山王の名前は伊達ではない、山だって噛み砕いてみせるぞ。しかしニーズベッグを噛んでも、まるで水を前足で押したように感触がないのじゃ」


 高山王は、倉庫に置いてった鉄の板をがぶっと噛んで切断してしまった。割れたり折れたりではなく切れたのだ。あんなに顎の力が強いのに、おいらの尻尾を噛んだのか……もし本気で噛まれていたら…………考えるのはよそう。


「ますます高山王がニーズベッグと戦ったほうがいいじゃないか。めちゃくちゃ強いみたいだし」

「どれだけ強い力も当たらなければ意味がない…………おおそうじゃ! いいことを思いついたぞ。地球のサルが、ニーズベッグに攻撃が通らない理由を調べておくれ」

「なんでそんな危ないことをおいらたちがやるんだよ。自分たちでやれよ」

「余と部下は調査のかぎりをつくした。もう発想としてなにをやっていいのかわからないぐらいに。だが地球からやってきたお前たちなら、別の発想を持っているのではないか?」

「そんなに他の群れの知恵がほしいなら、階段の封印、解いておけばよかったじゃないか」


 おいらはなにげなくいったんだけど、高山王はすごく嫌そうな顔をした。


「我々と魔王では考えが違いすぎる」

「そんなに魔王と仲悪いの?」

「あやつはすぐに仕事をサボる。魔界を統一するのは構わないし、支配下に入るのもどうでもいいのだが、仕事をサボるのが気に食わない。ああいう怠け者が大嫌いじゃ」


 高山への階段の封印を解除するときも、魔王はコウモリの姿に化けて仕事をサボってきたんだっけか。


「でも……それだけのことで階段を封印するのって、極端じゃないか?」

「それだけのことじゃと? 大事な理由ではないか。我々は高潔でいたいのじゃ。仕事をサボって適当に生きるやつが近くにいることに耐えられない」


 そういえばペリペリも人間から食べ物を盗むことを咎めていたな。やっぱ、考え方が根元から違いすぎると、ささいなことで喧嘩になるから、一緒に暮らせないんだな。


 サルの群れだって考え方が真っ二つにわかれると、群れを二つに分離することがあるもんな。


「でも交流そのものを閉じちゃうのって、もったいないと思うんだ。住み分けは、おいらたちだってやるからわかるけど」


 会話の途中で、どたばたと誰かが走る音が近づいてきた。援護を


 あ、もしかして見つかったか?


 おいらが、うっきーっとジャンプして天窓に戻ったら、ちょうど犬の兵士たちが倉庫に飛びこんできた。


「高山王さま! 大丈夫ですか!」

「うむ。有意義であったぞ」

「侵入者だ! であえ、であえー!」


 白亜の王宮のあらゆるところから、犬の兵士がアリみたいに湧いてきた! さっさと逃げなきゃ噛み付かれるぞ!


 おいらはひょいひょいと白亜の王宮の屋根から降りると、ペリペリたちのところへ戻った。


「悪い、見つかっちまった!」「はやく逃げようよ!」「逃げるが勝ちでやんす」


 おいら、ペリペリ、ウキ助の高山での逃避行がはじまった。

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