第10話 高山への階段

 魔女のおばばが、なんかすごいおばばになったことで、封印を解く準備は整った。


 暮田伝衛門が、鼻をつまみながらおばばに話しかけた。


「魔力が若いころに戻ったのはいいが、しばらく息を吹きかけないでくれ」

「つまり二等書記官さんは息を吹きかけてほしいんってフリだね? ふはー」

「くっさ! だから息を吹きかけるなといったろうが!」

「ひょえひょえひょえ、おばばはねぇ、ありあまるほどの魔力でテンションがおかしくなってきたよ!」

「テンションがおかしいのはいつものことではないか」

「ふはー」

「くささああい! だから息を吹きかけるなといったろう! ええいバカなことをやっている場合ではない。急ぐぞ、魔王殿に見つかったら一大事だ」


 みんなで、おばばのお家を出た。


 でもなぜか、おばばはお家を振り返って、ヘンテコな木の根っこを箒で指した。


「実はおばばのお家が封印された階段でねぇ。おばばの本来のお仕事は、高山との往来を監視することさ。でも階段が封印されて暇になったから、いろんなところで遊んでおった」

「おばばが遊ぶと、だいたい我輩が被害を受ける」


 暮田伝衛門が眉をひそめた。


「ひょえひょえひょえ。遊んでばっかりなのはお互いさまではないか」

「それはそれ、これはこれ。さぁ階段の封印を解いてくれ」

「任せとけぇ。今のおばばなら楽勝さ」


 おばばは箒を両手で持つと、うんにゃらふんにゃらと魔法を唱えはじめた。


 もう少しかかるみたいだから、おいらは暮田伝衛門に聞いた。


「なんで魔王ってやつは封印をといてほしくないんだ?」

「むやみに争わないためには住みわけが大事だからだ。サルの群れだってそうだろう?」

「そうさ。群れ同士は離れて暮らしたほうがいいんだ。群れの掟も微妙に違うことがあるし、餌の奪い合いになる」

「同じなのだ、魔界の事情も。たとえ魔界が統一されても、私生活の範疇では住み分けないと争いが起きてしまう。だから高山への階段を封印してあった――それを今日解く」


 おばばの箒が一際強い光を放つと、ヘンテコな木が姿を変えて、ぱーっと空まで続く階段になった。雪みたいに白い材質で、薄っすらと光っていた。びっくりだぜ、ヘンテコな木が階段になるなんて。


 暮田伝衛門が、翼と尻尾を手で揉みほぐして、準備運動をはじめた。


「お前たちは、なにも考えずにひたすら階段を上れ。たとえどんな敵が襲いおそいかかってきても、決して立ち止まるな」

「な、なんだよ。脅すようなこというなよ」


 おいらも、なんとなく尻尾を揉みほぐした。


「高山の連中は、階段に近づくものを問答無用で攻撃する。たとえなんの事情も知らない旅人が興味本位で足を踏み入れてでもだ」

「ペリペリは高山で生まれた動物なのに、攻撃されちゃうのか?」

「一度でも外に出てしまえば部外者だからな」

「……おいらたち、ちゃんと最後まで上れるかな?」

「大丈夫だ、我輩が囮をやる」

「囮って、大丈夫なのかい? タヌ吉みたいに大怪我したら大変だぜ」

「我輩は問題ない。強いからな」


 暮田伝衛門から、壮絶な迫力を感じた。冬眠に失敗したクマが赤ん坊に感じるぐらい獰猛な気配を感じた。そっか、本気を出すと、こんな怖いやつだったんだなぁ。


「おいらたちは、高山に到着したら、どうすればいい?」

「ペリペリを群れに戻したら、すぐに戻ってきてくれ。我輩は魔界の官僚だから、無許可で高山に入れない。もし入ったら……最悪戦争になってしまう」


 どうやら暮田伝衛門は高山に入ってはいけないらしい。きっと魔界も地球と同じく難しい社会が存在しているんだろう。


「なに問題ないさ。これまでもおいらたち三匹でやってきたんだから」


 おいらとタヌ吉は、ペリペリのもふもふした背中に乗ることにした。サルとタヌキはアルパカほど斜面を上るのが得意じゃない。中途半端に自力で階段を駆け上がっても、途中でバテて動けなくなってしまうだろう。


 その点、アルパカであるペリペリは斜面を登るのが得意だし、モノを持って動くための持久力がある。お互いの長所を活かさないとな。


「うっきっきー。いよいよ高山か。緊張してきたぜ」


 おいらはペリペリの丸っこい首にしっかりと抱きついた。


「ぺりぺりぃ。やっと群れに帰れるんだから、がんばって登らなきゃね」


 ペリペリは、ふしゅふしゅと鼻息を荒くした。最近のペリペリは、ちょっとずつ弱気なところが薄れてきた。クマに体当たりをかましたあたりから、勇敢な一面が出てきたんだ。


「怪我が治ってすぐに荒事。やれやれ高山ってところにおいしい食べ物があるといいでやんすねぇ」


 タヌ吉はペリペリの白い体毛を口と手でしっかり掴んだ。


 おいらたち三匹の準備は整った。暮田伝衛門も囮の準備が整った。魔女のおばばは切り株に座って一息ついていたのだが、魔法で生み出した水晶玉を見つめて、しょえーっと腰を抜かした。


 水晶玉の中では、一羽のコウモリが飛んでいた。不敵な笑みを浮かべた強気なコウモリで、空を飛ぶ鳥の群れも、森の動物たちも、みんなコウモリを怖がって逃げ出してしまう。


 暮田伝衛門は水晶玉を両手でつかんで舌打ちした。


「魔王殿がコウモリに変身して事務仕事から逃げてきたな……まだ封印を解いたことは気づかれていないが……高山への階段は目立つから、時間の問題だな」


 どうやらあのコウモリが魔王らしい。伝わってくる圧力からして、この魔界って群れで一番強いやつだ。サル山のボスみたいにみんなを導く立場なんだろう。そりゃ悪いことしてるの見つかったらヤバイよ。怒られちゃう。


「好きにしな、二等書記官さん。今日のおばばは、あんたに命を預けてるよ」


 おばばは、箒に手を触れないで、くるんくるんっと回転させた。


「よし。ならおばばは魔王殿と世間話をしながら階段から遠ざかってくれ。我輩は動物たちが階段を駆け上がるのを援護する」

「やれやれ、おばあさんになってからだと、若い男を誘うのは難しいってのにねぇ」


 おばば箒で空を飛んで森の向こう側へ飛んでいった。


 箒の先っぽが見えなくなるころ、暮田伝衛門が高山への階段に近づいていく。


 魔王が近くにいるなら、ゆっくりやっている暇はない。おいらたち三匹も予行練習もなしの一発勝負だ。


 おいらはツバを飲みこみ、ペリペリはふしゅふしゅと鼻息を荒くして、タヌ吉は人間みたいに手を合わせてお祈りを捧げた。


 絶対にペリペリを群れに戻してやるんだ。わけのわからない掟なんてぶっ壊して。


 ついに暮田伝衛門が、高山への階段の一段目に足を乗せた。


 閃光と轟音。光の束が洪水みたいに出現。とんでもない速度で暮田伝衛門に迫っていく。


「おのれ汚らわしい悪魔め! 我らの神聖な階段に近づくな!」


 光の束は、翼の生えた犬の集団だった。体毛は様々で、白も黒も茶も銀も金もいた。でも翼が発光していることだけはどの犬も同じで、まるで光が押しよせてくるように見えた。


「受けてたつぞ、高山の犬たちよ」


 暮田伝衛門が、翼の生えた犬たちの急降下突撃を、真正面から受け止めた。ずんずんずんっと空気が破裂して突風が発生。おいらたちの毛並みまでぶわっと揺れた。


「よしペリペリ、上るんだ!」「僕だってやってやるんだ!」「お供するでやんす!」


 おいらたち三匹は、一心同体となって、階段を駆け上がりはじめた。

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