第9話 魔界一の変わり者 魔女のおばば登場

 おいらたちは、暮田伝衛門のあとにくっついて、町はずれに移動していく。


 すれ違う人間と動物が、暮田伝衛門に手を振ったり挨拶したりしていた。山火事を一瞬で消せるほどの実力者を怖がっている様子はなく、年齢や性別に関係なく楽しそうに声をかけているのが特徴的だ。暮田伝衛門は、みんなに好かれているみたいだ。


「なぁ暮田伝衛門。どうやってペリペリを助けるんだ?」


 おいらが質問したら、暮田伝衛門は唇の前に人差し指を立てた。


「他人に聞かれたらまずいことをやって助ける。だから静かに移動しようか」

「静かに移動したくても、あんた人気者じゃないか」

「名声が一人歩きするのも困ったものだな……」

「空を飛ぶのはどうだい?」

「町中から飛ぶのはまずい。もう少しの我慢だな」


 てくてく目立たないように歩いていくと、町外れにやってきた。人間が利用する建物がごっそり減って林が増えていく。自然の香りが増えてきたから、サルのおいらとしては町中より心地良いな。


「ここまでくればもう目立たない。空を飛ぶぞ。身体を楽にしていい」


 暮田伝衛門は、おいらたち三匹を魔法で作った白い網で包むと、ふわっと目立たないように空を飛んだ。


 悠々と雲が伸びて、ひゅっと空気が冷たくなる。遠くの遠くまで見えるんだけど、世界の果てはなかった。自由に飛ぶ鳥たちが足元にいて、彼らの羽毛まではっきりと見える。さきほど歩いていた町は水たまりみたいに小さくて、山や森はどこまでも広がっていた。


「うっきっきー。すげーや」「ぺりぺりぃ、空を飛んだのは初めてだよ」「ひぇぇぇ、高いでやんすね……」


 おいら、ペリペリ、タヌ吉と初めての飛行に圧倒されていた。翼を持った生き物は、いつもこんな気持ちいい風景を見ているのか。羨ましいな。サルも空を飛べたらいいのに。


 背中に翼を生やして空飛ぶ妄想をしていたら、暮田伝衛門はぴゅーっと地上へ降りた。


 深い森の中だった。日差しも届かないほど濃密な緑が茂っている。生活を営む動物たちも、どことなく陰気なやつが多くて、おいらたちを遠めに見守っていた。


「むきゃー……なんか不気味なところだな……」「ぺりっ……暗くて怖いね」「性格のねじまがったやつが住んでそうでやんす」


 おいらたち三匹は、深い森を警戒していた。


「性格のねじまがったやつが住んでいる、は正解だ。おそらく魔界で一番の変わり者だ」


 暮田伝衛門が、ヘンテコな形の木をゴンゴンっと叩いた。どうやら木の皮が扉みたいに加工されているらしい。


「おばば、魔女のおばば。どうせ遠見の魔法で我輩の行動を盗み見していたんだろう。今すぐ出てこい」


 普通に考えたら、ヘンテコな形の木から魔女のおばばが出てくると思うだろう?


 でも空から降ってきた。


「ひょえひょえひょえ、魔界で一番の変わり者、魔女のおばばだよー。木から出てくると思ったんだろ? そんな普通の登場してたまるかい!」


 ひゅるひゅると枯れ葉が落ちてくるみたいに、紫色の服を着たおばあさんが空から降りてきた。箒にまたがって飛んでいるみたいだ。顔には長生きの大樹みたいに皺が刻まれていて、腐葉土みたいな唇から奇怪な笑い声がもれていた。


「おばばよ、今日はずいぶん化粧が濃いな……いつから準備していた?」


 暮田伝衛門が呆気にとられていた。


「二等書記官さんが地球でニュースを見ていたときから」

「そんな前から事態の先読みができていたなら、自分から我輩を手伝いにきてくれてもよかったのではないか?」

「あんたみたいな地位の高いグレーターデーモンに頼みごとをされると気分がよくなるから、絶対に自分から手伝うことなんてしないぞい」


 おばばは、にぃーっと毒草みたいに笑った。


 うん、おばばは性格のねじまがったやつだ。魔界で一番の変わり者というのも納得できた。


「とにかくおばばよ。高山への階段の封印を解いてくれ。このとおりだ、頼む」


 暮田伝衛門が頼みこんだ。


「わかってるだろう? あれは魔界と高山、双方の合意で封印したんだ。私的に使ったら魔王様に怒られるよ。最悪ころっと消されちゃうかもねぇ」


 おばばは箒をくるんっと回して、地面の石ころを払った。


「安心してくれ。おばばが手伝ってくれたことは伏せておく」

「おばばは老い先短いから、魔王様の逆鱗に触れて消し炭にされてもかまわんのさ。だがあんたはまだ若い。名誉も地位も肩書きまである。なのに、たった一匹のアルパカを助けるためにすべてを投げ捨てるのかい?」


 おばばのひび割れた瞳が、夕闇みたいに光った。ちょっと怖い。でもそうやって脅さなきゃいけないぐらい、暮田伝衛門は魔界って群れの掟に反することをしようとしている。ペリペリのために。


「本人に責のない理不尽から守れないでなにがグレーターデーモンか。たとえ魔王殿を怒らせても、我輩はペリペリを助けるぞ」


 暮田伝衛門は、めちゃくちゃかっこよかった。おいらの山で会ったときは、もっと間抜けなやつだったんだけど、本当はかっこいいやつだったんだなぁ。


「かっこいいぜ暮田伝衛門」「暮田さん、すごくいいヒトなんだね」「暮田の旦那、やっぱり男らしいお方でやんした」


 おいらたち三匹は感服した。


 魔女のおばばも、岩が爆発したみたいに大笑いした。


「ひょえー! かっこいいねぇ、かっこよすぎて目がつぶれちまいそうさ。いいだろう。おばばもたまにはかっこいいことしないとねぇ」


 おばばはヘンテコな木のお家に入るなり、サルが三匹ぐらい入れそうな釜に青い水を注ぎこんだ。そこへ深い森に生えている気持ち悪い植物をぽいぽいっと投入すると、ぐーるぐるぐーるぐると金属の棒でかき混ぜていく。


 うわっ、めちゃくちゃ臭い……。頭痛くなってきたぞ……。タヌ吉なんて目を回してひっくり返ったじゃないか。


 おばばは、ひょえひょえひょえと笑った。


「もうすこしだけ我慢しておくれ。封印を解除するための薬を作っておるんじゃ」


 釜の中で、ぼふんっと青い泡がはじけると、さらに臭さが強くなった。ついにペリペリもばたんっと失神。おいらも意識が、だんだん、乱れてきたぞ…………。


 ――ふと目を覚ますと、薬が完成していた。というかおいらも失神していたみたいだ。おばばの薬、恐るべし。


「おいおばば。おいらたちを失神させるほどの薬なんだから、効果はあるんだよな」


 おいらがいぶかしげに聞いたら、なんとおばばは釜を担ぎ上げて、一気飲みをはじめた。


 ぐびぐびぐびぐび。まるで甘い砂糖水を飲むような喉越しで、あの臭い液体を飲み干してしまった。


「ぷはー! ういー! キタキタキタキタ! あの薬はねぇ、おばばが一時的に若いころの魔力を取り戻すための滋養強壮剤なのさぁ! 封印を解くには、圧倒的な魔力が必要だからねぇ!」


 ズゴゴゴゴゴゴォオオオっとおばばの身体から青い湯気が凄まじい勢いで噴き出した! よくわからないけど、なんかすごいおばばになったみたいだぞ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る